1. HOME
  2. Learning
  3. 学校に通ったことがない女性がケンブリッジで博士号を取った話 NYから

学校に通ったことがない女性がケンブリッジで博士号を取った話 NYから

Bestsellers 世界の書店から
Photo:Nishida Hiroki
Photo:Nishida Hiroki

Educatedは、宗教上の理由で学校に一度も通ったことのなかった女性が、英国ケンブリッジ大学で博士号を取得するまでを綴った回想録だ。著者のタラ・ウェストオーバーは、アイダホ州の山麓に住むモルモン教原理主義者の両親のもと、7人きょうだいの末っ子として育った。前文にも記されているが、本書はモルモン教を批判するものではない。彼女の父親が極端な原理主義的信仰の持ち主だったという特殊なケースである。

タラの生い立ちは過酷だ。父親は自らを預言者とし、家族のすべてを決定していた。政府を敵とみなすサバイバリスト(生存主義者)であり、来るべき世界滅亡を信じ、食料や燃料を蓄えていた。家族が大怪我をしても病院には行かせず、自然療法で対処した。

タラには出生証明書がなく、政府に洗脳されるという理由で学校にも通えなかった。家庭で学んだのは、19世紀のモルモン教教典を読むことだけ。10代になると父親の廃品集積場でスクラップ収集の仕事を始めた。兄のひとりからは虐待を受けた。やがて、家計を助けるために町でアルバイトを始めたタラは、自分がいかに特殊な環境にいるかを知る。別の兄の勧めで独学で受験勉強し、17歳で大学に入った。

入学後は自分の無知を思い知らされた。ホロコーストの存在や、ヨーロッパが国ではなく地域であることを初めて知った。タラの心に新しい価値観が芽生えていく。心理学の授業では父親が双極性障害ではないかと考えるようにもなった。歴史学の教授は彼女の聡明さと学業への情熱を見逃さなかった。

博士号取得のため英国に渡ったが、ついに両親と自分の考えのちがいに折り合いをつけることはできなかった。タラは恥と罪と裏切りの意識に苛まれ続ける。

本書は自らの意思と努力で大学に進学した女性が、教育によって自分自身を発見していく成長の物語だ。凄惨な経験が語られるが、著者の口調は快活で、感傷的なところはない。米社会の都会と田舎の格差について考えさせられる点は、昨年のベストセラー、JD・ヴァンス著『ヒルビリー・エレジー』と同じだ。

表題「Educated」とは「教育を受けた者」という意味だが、それは著者の誇りのようにも、両親からの批判のようにも聞こえる。

先住民を巡る歴史の暗部

Killers of the Flower Moonは、1920年代、オクラホマ州のアメリカ先住民オーセージ族の居留地で起きた連続殺人事件を追ったノンフィクション。当時は司法省内の一部局にすぎなかったFBIがこの連続殺人事件の捜査を機に独立捜査機関としての地位を確立していく様子も描かれている。20174月の発刊以降、現在もベストセラーリストの上位にランクインしている。マーティン・スコセッシ監督とレオナルド・ディカプリオがタッグを組み、映画化も決定済み。現在ロシア疑惑の捜査でFBIが注目を集めていることも本書の人気を後押ししているように思える。

オーセージ族は、19世紀末、連邦政府から割り当てられた居留地に油田が発見されたことから、その採掘権を石油会社に売ることによって巨額の収入を得るようになった。彼らの暮らしは非常に裕福で、シャンデリアのある邸宅に住み、車を所有し、白人の使用人を雇うといった具合だった。だが、白人と同様に人権が認められていたわけではなかった。先住民たちは金銭を管理するだけの知的能力が劣っているとして、ほとんどの部族民には白人の保護者がつけられ、一定額以上のお金を使う際は、保護者の許可を得なければならなかった。保護者になるのは地元の政治家や有力者で、白人男性がオーセージ族の女性と結婚し、保護者となるケースも多かった。

1920年代、オーセージ居留地で、銃殺や毒殺、家の爆破などで少なくとも24人以上の先住民が次々と殺害された。公にされなかった者を含めて合計60人以上が殺されたと言われている。犯人は一向に捕まらなかった。当時、警察制度が確立されていないなか、居留地は先住民たちの富を妬み、彼らを搾取しようとする白人たちで溢れていた。町の保安官や死亡鑑定をする医者はもとより、先住民たちが雇った探偵のなかにも、彼らの利権を狙う白人側の人間がいた。目撃者は賄賂で買収され、先住民側についた人間は白人であっても殺された。

本の後半では、FBIによる調査について詳しく語られる。当時、FBIの初代長官に就任したジョン・エドガー・フーバーは、若き捜査官ホワイトを居留地に派遣。ホワイトはチームを作り、潜入捜査によって3人の白人たちの関与を突き止める。犯人のひとりは、母親と2人の姉を殺された被害者家族の夫だった。彼らは裁判によって有罪となったが、死刑は免れ、恩赦によって早くに出所した。

膨大なリサーチをもとに当時のアメリカ先住民たちが置かれた状況が生々しく描かれている。また、FBIが捜査方法を近代化し、科学技術を導入していった様子も詳しく語られている。興味深い写真も数多く掲載されている。米国先住民に対する差別を知る上で、アメリカ史を学ぶ学生には必読とも言える本だろう。

未解決の連続殺人犯を追うノンフィクション

Ill be Gone in the Dark1970年代から1980年代にかけて、カリフォルニア州のサクラメントやオレンジ・カウンティなどで起きた、未解決の約50件の性的暴行事件と10件以上の殺人事件の犯人を追ったノンフィクション。著者のミシェル・マクナマラは、本書の執筆中だった20164月、自宅で睡眠中に46歳の若さで急死した。夫は映画「レミーのおいしいレストラン」の主人公の声を務めたことでも知られる俳優でコメディアンのパットン・オズワルドだ。

これらの事件の犯人は、事件の発生した地域と時代によって異なる名称で呼ばれていたが、DNA鑑定の進歩や警察の連携によってやがて同一犯であることが判明。マクナマラは、犯人を「ゴールデン・ステート・キラー(黄金州の殺人鬼)」と名付け、10年近くにわたり彼の犯行を追跡。自身のウェブサイト「トゥルー・クライム・ダイアリーtruecrimediary.com」やロサンゼルス・マガジンにも分析記事を発表していた。

事件の手口は非常に似通っていた。犯人は深夜に付近を徘徊して被害者宅を綿密に下見。住宅街の平屋を狙い、庭から鍵を壊して室内に侵入。目無し帽にテニスシューズ。懐中電灯と拳銃を手に、しゃがれた低い声で被害者を脅し、被害者の手足を紐で手足を拘束。暴行の前後には冷蔵庫の中のものを飲み食いし、犯行後は金品ではなく被害者の私物を持ち去った。最初は女性だけを狙った性的暴行事件が、カップルを標的とするようになり、やがて被害者を殺害するようになった。

マクナマラは、取り憑かれたように犯人の足跡を追っていた。犯行現場を地図で調べて実際に足を運び、当時、事件を担当した警察関係者や目撃者、近所の住人などを探し出して話を聞いた。あらゆる可能性を考え、犯行現場近くの学校の卒業名簿や当時の電話帳も調べた。

著者の死後、夫のオズワルドは「この本は完成させるべきだ」と感じ、著者のリサーチャーと犯罪ジャーナリストに残りの執筆を依頼。ふたりはマクナマラが残した走り書きのメモや、約3500以上ものコンピュータ上のファイルを調べ、本書を完成させた。

本文には、多くの箇所に編集者のコメントがあり、著者本人の執筆でない部分はその旨が明記されている。第3部には彼女が残した今後、確認するべきことや、犯人の人物像を整理したリスト、今後の調査方法の可能性などが記されている。巻末には殺人事件の犠牲者や、犯人が残した証拠品の写真も掲載されている。

本書は前文を寄稿したギリアン・フリンやスティーブン・キングなど多くのミステリー作家からも賞賛された。マクナマラが本書の執筆を決めたのは、自分が犯人を見つけたいからではなく、犯人が捕まって欲しいからだったという。

果たして本書の発刊の約2ヶ月後、そしてマクナマラの死の約2年後となる2018424日、40年以上の時を経て容疑者が逮捕された。逮捕の決め手は、犯行現場に残されたDNA型が容疑者のものと一致したことよる。容疑者特定までの経緯は、本書でマクナマラが予測した通りだった。インターネットの家系図追跡サイトの遺伝子情報と、これまでの捜査による犯人のDNAをもとに容疑者が割り出されたのだ。サクラメント地区当局の記者発表では、マクナマラの著書について特にコメントはされなかったものの、容疑者の呼称には、彼女が名づけた「ゴールデン・ステート・キラー」が使われた。マクナマラの読者の間では、この事件を改めて多くの人々に知らしめた彼女の功績が賞賛されている。と同時に、生きて犯人逮捕を見ることのなかった彼女に数多くの哀悼の言葉が寄せられている。

米国のベストセラー(eブックを含むノンフィクション部門)

2018325日付 The New York Times紙より

『 』内の書名は邦題(出版社)

1 Ill be Gone in the Dark

Michelle McNamara ミシェル・マクナマラ

米西海岸で起きた未解決の連続殺人事件を女性ジャーナリストが追う

2 Educated

Tara Westover タラ・ウェストオーバー

宗教上の理由で外界と隔絶されて育った女性が博士号を取得するまで

3 Fire and Fury

『炎と怒りートランプ政権の内幕』(早川書房)

Michael Wolff マイケル・ウォルフ

関係者の取材をもとに1年目のトランプ政権の内幕を暴露。

4 Bachelor Nation

Amy Kaufman エイミー・カウフマン

人気恋愛リアリティー番組「バチェラー」の裏側を描く

5 Enlightenment Now

Steven Pinker スティーブン・ピンカー

著名な実験心理学者が最近の人類の幸福度の上昇について説く

6 The Last Black Unicorn

Tiffany Haddish ティファニー・ハディッシュ

ロサンゼルスのスラム街出身の人気コメディエンヌの回想録

7 Astrophysics for People in a Hurry

『宇宙へようこそ ー宇宙物理学をめぐる旅ー』(青土社)

Neil deGrasse Tyson ニール・ドグラース・タイソン

宇宙を司る法則について最新理論をもとにわかりやすく解説

8 Killers of the Flower Moon

David Grann デイヴィッド・グラン

1920年代にオクラホマ州で起きた米国先住民連続殺人事件の真相

9 Obama

Pete Souza ピート・ソウザ

ホワイトハウスの公式カメラマンによるオバマ前大統領の写真集

10 Unmasked

Andrew Lloyd Webber アンドリュー・ロイド・ウェバー

「キャッツ」など数々の有名ミュージカルの作曲家兼監督の自伝