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ドイツの人気作家の最新スリラー「カレンダーガール」児童虐待と多様な親子の絆を描く

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
セバスチャン・フィツェックの『カレンダーガール』
セバスチャン・フィツェックの『カレンダーガール』=関口聡撮影

ベストセラーを連発するドイツの心理スリラー作家セバスチャン・フィツェック氏。邦訳作品も多く、日本にも大勢のファンがいることだろう。本書『カレンダーガール』は著者の最新作。

大学で心理学を教えるオリヴィアは、幼いころの事故で子どもを産めなくなった。そこで結婚後、アルマという女児を養子に迎えた。実親の素性は決して明かされないという特別な条件のもとで。ところが11年後、最愛の娘アルマが白血病に。骨髄提供の適合者が見つからず、オリヴィアは藁(わら)にもすがる思いで役所に赴き、アルマの実親の身元を知りたいと懇願するが、冷たくあしらわれる。絶望して役所を出たところで、フードを目深にかぶった女性に声をかけられる。「カレンダーガールを知っていますか?」

「カレンダーガール」はインターネット上でささやかれる都市伝説。ここでの「カレンダー」とは、クリスマス前の4週間(アドベント)に使われる「アドベントカレンダー」のことだ。カレンダー上には1日につきひとつの扉があり、子どもたちは毎日その日の扉を開けて、中に入ったお菓子やプレゼントを楽しみながら、クリスマスを待ち望む。

都市伝説によれば、「カレンダーガール」は、人里離れた家で数字が書かれた扉をアドベントカレンダーのように順番に開けることを何者かに強制されたという。扉の向こうにはお菓子ではなく、「自分の爪をはがせ」「生き物を殺せ」といった残酷な命令が待っていた。

オリヴィアは、教え子の大学院生のなかで最優秀だが変わり者のエリアスの協力を得て、「カレンダーガール」が実在すること、彼女がアルマの実母であることを突き止める。そして、アルマの命を救うため、わずかな希望にすがって「カレンダーガール」を捜し始める──。

とにかく読みだしたら止まらないすさまじい吸引力だ。血まみれの死体がベッドから消えたり、死んだ祖父が孫に秘密を打ち明けたりと、物語の前半は超常現象にしか思えない場面の連続で、著者は最後にどう風呂敷を畳むのだろうかと心配になったが、もちろん杞憂(きゆう)だった。

「カレンダーガール」を捜すオリヴィアの現在進行形の物語と並行して、ヴァレンティナという女性の過去の物語が語られる。17歳のときに寄宿学校の校長からアドベントカレンダーを使った壮絶な虐待を受けたヴァレンティナは、それから10年後のアドベント期間に田舎の家を借りて、謎めいた行動に出た。後に「カレンダーガール」の都市伝説の舞台となるその家で、ヴァレンティナになにが起きたのか。ヴァレンティナはアルマの母なのか。なぜアルマは養子に出されたのか。

オリヴィアとヴァレンティナ、11年の時を隔てたふたりの女性の物語は、中盤から徐々に交差し始め、最後には息をのむ驚きの数々と、謎が解けたカタルシスが待っている。さすがはベストセラー作家、精巧きわまるストーリーテリングだ。

「犯罪は大きいほど露見しにくい」とは作中の言葉。校長の残虐行為から救ってもらおうと、ヴァレンティナは寄宿舎から父親に電話をかけたが、あまりに信じがたい娘の訴えに父は耳を貸さなかった。その後も警察も含めて誰ひとり、彼女の話を信じようとはしなかった。人は自分の想像力を超える残虐性を認められない。認めれば、自身の世界像が崩壊するからだ。

本書はまた、さまざまな形の親子関係を通して、児童虐待という深刻な社会問題を描いた小説でもある。たとえ犯罪者であっても親は子を、子は親をかばうものなのか。虐待は親から子へと連鎖するのか。連鎖を止めることはできるのか。つらい物語のなかで、オリヴィアと夫とアルマという血の繫(つな)がらない家族の固く深い絆と、最後に明かされるもうひとつの繋がりに、希望が見える。

ドイツのベストセラー

Der Spiegel誌2024年12月20日号

「フィクション・ハードカバー」ベストセラーランキングより

  1. Das Kalendermädchen カレンダーガール

    Sebastian Fitzek セバスチャン・フィツェック

    白血病の養女の実親を探して、養母は都市伝説とされる「カレンダーガール」を追う。

  2. Man kann auch in die Höhe fallen 上に落ちることだってある

    Joachim Meyerhoff ヨアヒム・マイヤーホフ

    脳梗塞(こうそく)を患った劇作家の「僕」はなじめないベルリンを去り、ひとり田舎の母のもとへ。

  3. Der Buchspazierer 本と散歩する男

    Carsten Henn カールステン・ヘン

    何十年も常連客の家に本を届けてきた書店員。あるとき書店が存続の危機に見舞われ……。

  4. Das Mädchen aus Yorkshire ヨークシャーから来た娘

    Lucinda Riley ルシンダ・ライリー

    英ヨークシャーの田舎出身のリアはモデルとして成功を収め、華やかな生活を手にするが……。

  5. Dunkles Wasser 暗い水

    Charlotte Link シャルロッテ・リンク

    「非リア充刑事」ケイト・リンヴィル・シリーズ第5作。海岸で襲われた家族の運命は。

  6. Zwischen Ende und Anfang 終わりと始まりのあいだ

    Jojo Moyes ジョジョ・モイエス

    完璧な人生に満足していたアドバイス本作家のリラ。ところが夫に別れを切り出され……。 

  7. Pi mal Daumen 親指の円周率

    Alina Bronsky アリーナ・ブロンスキー

    貴族で16歳の天才少年と労働者階級の54歳女性が、大学の数学の講義で出会う。

  8. Zauberberg 2 魔の山2

    Heinz Strunk ハインツ・シュトルンク

    トーマス・マンの傑作『魔の山』へのオマージュ小説。現代ドイツの療養所が舞台。

  9. Vergissmeinnicht – Was die Welt zusammenhält 忘れな草――世界をつなぐもの

    Kerstin Gier ケルスティン・ギア

    ファンタジー小説『忘れな草』3部作完結編。クヴィンとマティルダの冒険の結末は。

  10. Hey guten Morgen, wie geht es dir? やあ、おはよう、元気?

    Martina Hefter マルティナ・ヘフター

    重病の夫の介護をするダンサー兼俳優のユノの日常。2024年ドイツ書籍賞受賞作。