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育った街が一夜で「戦場」になる 銃社会アメリカ、生き残った子どもに何を教えれば

ホワイトハウスへ猛ダッシュ
「トラロン・センター」の夏休みのプログラムで、ヨガの授業に参加するカムロン君(4歳)=2021年7月20日、ワシントン、ランハム裕子撮影

ボランティアのセラピストによるカウンセリングが行われる間、コンピューターのモニターを見つめ懸命に作業するライアン・ニッケンズさん=2021年7月28日、ワシントン、ランハム裕子撮影

落ち着いた様子で、時に周囲で騒ぐ子供たちに厳しく注意したり、鳴り止まない電話に応対しながらこう語るのはライアン・ニッケンズさん(42歳)。首都ワシントンの黒人コミュニティーで知られる南東区出身。自らの経験に基づき、2018年、銃の暴力(gun violence)が原因でトラウマを抱える子供たちをアートやカウンセリングなどを通し支援する非営利団体「トラロン・センター」を同区に設立した。

「トラロン・センター」の夏休みのプログラムで、ヨガの授業を受けるクロエちゃん(右、4歳)=2021年7月20日、ワシントン、ランハム裕子撮影

PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむ子供たちが「『自分は大丈夫ではない』と言える空間が必要だ」と話すニッケンズさんはこの日も、子供たちが夏休みのプログラムに参加する様子を母親のような眼差しで見守っていた。

■すべてが変わった瞬間

ニッケンズさんは7人きょうだいの4番目に生まれた。誕生日やクリスマスは毎年全員揃って祝っていた。家族の絆はとても深く、いつも賑やかな家庭だった。

1993年12月3日、14歳だったニッケンズさんは昼寝をし、いつになく深い眠りについていた。その間に、1歳の娘を持ち、2人目を妊娠中だった姉のトレイシーさん(当時19歳)が、近所の路地で麻薬常習者の隣人と口論になり、その男性が突然トレイシーさんに発砲した。介入した母親や他のきょうだい2人も撃たれ病院へ搬送された。ニッケンズさんは家に残されたきょうだいに起こされ姉の死を告げられた。「地獄で目覚めたかのようだった」と当時を振り返る。比較的歳が近かったトレイシーさんは「どんな時も私を助け、守ってくれる存在だった」。

ニッケンズさんの姉のトレイシー・ホールさん(ニッケンズさん提供)

そんな姉の突然の死は、ニッケンズさんにとって「全てが変わった瞬間」を意味した。「家族とともに生まれ育ったコミュニティーが一夜にして『戦場』と化する」。銃を恐ろしいと思う気持ちや、自分も撃たれるかもしれないという恐怖より、「愛する人が突然奪われてしまうことに大きな衝撃を受けた」。家族はトレイシーさんが殺された家から引っ越すことを決めた。

体調が悪いという男の子と話をするニッケンズさん(左)=2021年7月28日、ワシントン、ランハム裕子撮影

「12月3日、人生が終わったも同然だった」。心の痛みから逃げるため、酒に溺れ、自暴自棄になり、自殺願望に襲われる日々が8年も続いた。気づけばクリスマスに家族が集まることもなくなっていた。

■「いつ殺されるのか」という恐怖

「私は優しい!私は美しい!私は強い!」

「トラロン・センター」の授業が行われるガラス張りの小さな部屋には、自己肯定の言葉を発し、時にふざけあいながらヨガに励む子供たちの姿があった。子供たちはこのようなプログラムを通し、アンガーマネージメント(怒りの抑制)や対立解決、過度の不安を感じた時の呼吸法などを学ぶ。その中に、少し恥ずかしがりながらもヨガの授業をそっちのけで興味津々にカメラを覗いてくる少年がいた。優しい目で柔らかい話し方をする少年の名はエイデン・ウィギンズ君(10歳)。

「トラロン・センター」で休み時間に他の子供達と遊ぶエイデン・ウィギンズ君(左)=2021年7月28日、ワシントン、ランハム裕子撮影

2018年12月13日、子供たちが学校から帰宅して間もない午後。当時15歳だったジェラルド・ワトソンさんが複数の男性に追われ、アパートの階段で17回撃たれて死んだ。敷地内にはワトソンさんが助けを求めてドアを叩く音と、直後に連続して銃声が大きく響き渡った。エイデン君はこの様子を偶然自宅の窓から目撃する。近所の人々は「彼が殺された!殺された!」と叫んでいた。

「トラロン・センター」でのコミュケーションの授業で、他の子供たちと話をするエイデン・ウィギンズ君(10歳)=2021年7月20日、ワシントン、ランハム裕子撮影

エイデン君の祖母マリリン・ウィギンズさん(61歳)は、この事件をきっかけにエイデン君がすっかり変わってしまったと話す。「『殺されたくない』と繰り返し、夜眠れず、突然泣き出したり、怒ったりすることが増えた」。エイデン君の症状は今だいぶ改善されたというウィギンズさんは「近所に住む少年が撃たれて殺される様子を目撃したことで、自分もいつかこのような境遇に遭うという恐怖を抱いたに違いない」と事件当時を振り返り、険しい表情を浮かべた。

■終わりのない過程

「一つの銃弾が人生を永遠に変える」。南東区で多発する銃撃事件についてニッケンズさんは訴える。誰かが撃たれる時、被害者は本人だけでない。「その人には両親、または娘や息子、きょうだい、いとこ、甥、姪、友人がいて、その一人一人が悲しみを乗り越えなければならないからだ。特に小さな子供たちは、その過程が『地獄のように辛い』と誰かに話せる空間を必要としている」。

「トラロン・センター」の夏休みのプログラムで、ヨガの授業を受けるブリアナちゃん(8歳)=2021年7月20日、ワシントン、ランハム裕子撮影、

「トラロン・センター」に通う約30人の子供たちのほとんどは小学生だ。2018年の設立以来、ずっと通い続ける生徒も多い。それは、ワシントンで繰り返される銃撃事件が大きな原因だとニッケンズさんは説明する。やっといい方向に向かっても、新たな銃の暴力を見聞きすれば振り出しに戻ってしまう子供は少なくない。

「銃弾から逃げる体験や、家族の死、友人の死、近所の人の死を重ねる度に傷が深くなっていった」とニッケンズさんは自らの経験を振り返る。今でもワシントンの銃撃事件のニュースを耳にするだけでトラウマの「引き金」になってしまうことがあるというニッケンズさんは、「何が自分の『引き金』かを知ることが大事だ」と語る。ただ、クリスマスは姉のトレイシーさんと毎年ツリーを飾った思い出が強いため、未だにクリスマスの「引き金」を制御するのは困難を極めるという。ニッケンズさんは続けた。回復の過程は、「愛する人がいなくなっても、残された自分がその後の人生をどう楽しく生きるかを自分に教えるプロセスだ」。

■「生き残るため」ではない人生を

ニッケンズさんの経験を、「泥沼から這い上がったサクセス・ストーリー」だという人がいるが、本人は全くそう思っていない。小さな頃から銃の暴力や殺人を目撃して育った。大好きな家族や友人が銃によって次々に奪われた。それでも「今の自分へ導いてくれたのは、このコミュニティーであり、私の両親、家族、先生など、この地域で私を守ってくれた人たちだ」と語る。ノースキャロライナで大学を卒業したニッケンズさんが、自分の故郷であるワシントンの南東区へ戻ってきたのはこの理由からだった。「私の物語は、家族とこのコミュニティーを愛するラブストーリーだ」。

「トラロン・センター」の創始者、ライアン・ニッケンズさん=2021年7月28日撮影、ワシントン、ランハム裕子撮影

大好きだった姉の「トレイシー」さんと兄「ロン」さんの名前を組み合わせ、「トラロン・センター」と名付けた。ニッケンズさんが「トラロン・センター」に込める思いは2つある。

1つは、自分がやりたいことを実現できぬままこの世を去ったきょうだいの死を無駄にすることがないよう、彼らが生きた証を自分が残していきたいという思い。「『トラロン・センター』は彼らのことを永遠に忘れないという、『トレイシーとロンの記念碑』でもある」。

夏休みのプログラムの休み時間に遊ぶ「トラロン・センター」の子供たち=2021年7月28日、ワシントン、ランハム裕子撮影

2つ目は、銃の暴力によりトラウマを抱える子供たちに、自由を謳歌して生きることの素晴らしさを教えたいという思いだ。「黒人の歴史は『サバイバル』の歴史だ。南東区の黒人の子供たちは今でもサバイバルの試練の中で成長している。育った地域にとらわれず、恐怖を捨て、自分が望む道へ進んで欲しい。人生は『生き残る』ためではなく、楽しむためにあるのだから」。(続く)

【続きを読む】子どもの死因、1位が「銃」というアメリカの現実 変える策はあるのか