小説家・孔枝泳(コン・ジヨン)が5年ぶりの新作『ヘリ』(全2巻)を発表した。舞台は著者の『トガニ 幼き瞳の告発』と同じ、架空の地方都市・霧津(ムジン)。冒頭、カトリック教団の運営する障害者施設で、独房に入れられた男が衰弱し力尽きる。一方、市内の高級クラブで狂態を演じる男たちの中には、カトリック神父の姿があった。
「この小説はフィクションだ」との但し書きはあるが、実際の事件に取材したことを作家は明らかにしている。韓国のカトリック教会は清廉なイメージを持つが、作家はそんな「常識」を覆してみせた。
「ヘリ」の主人公イナはインターネット新聞の記者。20年ぶりに故郷の霧津に戻るが、母親が入院するカトリック病院の入り口で、「娘がペク神父に殺された」と叫ぶ女性を目撃する。イナは高校生の時、ペク神父からわいせつな行為をされた経験があった。だが、現在のペクは「霧津の良心」として尊敬を集め、フェイスブックのページには、幼なじみのヘリの姿もあった。
ヘリは幼くして母を亡くし、父はアルコール中毒。ヘリは高校時代、裕福な家庭のイナに学費の援助を頼むが、イナは突き放していた。現在のヘリは「過酷な家庭に育ち、地域の有力者からは性的虐待を受けたが、数々の困難に打ち勝ち、障害者施設を運営し、捨て子を育てる慈愛に満ちた女性」として、美談の主人公となっている。ペクとヘリはセウォル号の遺族を哀悼し、朴槿恵(パク・クネ)退陣を叫び、女性や障害者の人権を語り募金を呼びかけている。
イナは友達限定のSNSに、匿名でペクの過去のわいせつ行為を明かす。その翌日、イナはネット上に自らの職場や家族関係、写真までさらされ、地域社会の攻撃の的となってしまう。イナはペクやカトリック教団の不正を暴こうとするが、その権力は地方のマスコミまで牛耳っており、手も足も出ない。絶望の中、イナが見いだした一条の光とは……。
作品の鍵となる言葉が、「解離性障害」だ。1人の人間に二つ以上の人格が宿る症状で、韓国語で「解離」を「ヘリ」と読む。登場人物のヘリも、解離性障害。偽善の仮面をかぶり巨額の寄付を着服する神父とカトリック教団もまた、「解離性障害」ではないのか。韓国社会の闇を覗きこむ力作だ。
ユダヤの村を舞台に、韓国詩人が綴る寓話
韓国の現代詩人として、一番人気のあるリュ・シファ。さすらいの吟遊詩人は、しばらくポーランドで過ごしていたらしい。「ときにはこんな寓話を書いてみたかった。私の生きる世の中の、おかしな真実に近づくために」と、あとがきにある。
ポーランドに実在する小さな村へウムを舞台にした「人生寓話」。挿絵はロシアのウラジミール・リューバロフが描いた。
世の乱れを嘆いた神が、愚かな者たちを集めて来いと天使に命じた。ところが天使の持った網が高い山の木に引っ掛かり、網が破れて人々が転げ落ちた。そうしてできたのがへウムの村、という設定だ。
根底には、語り部によって口伝されてきた物語がある。150年ほど前に発行された新聞や雑誌の中からも、拾い集めた。だから「創作寓話というより発掘寓話」と、作家は言う。
へウムの人々は、自分たちがこの世で一番賢いと思っている。問題が起これば、7人の賢者とラビ(司祭)が会議を開いて解決する。だからへウムの村は、今日も平和だ。
大雨が降り続いて困った。これからは雨ではなく、木と呼ぼう。我々はなんと幸せか。
洪水が起こったとき、議会では「危機」という言葉の使用を禁じた。その代わり「祝福された環境」と言うことにした。
村の会館を皆が利用できるように、村人だけでなく近隣の住民にまで鍵を配った。しかし泥棒が来て扉を壊したらどうしよう。7日間の討議の結果、扉を別の安全な場所に保管することにした。
時を告げる日時計は、神の原理と共に生きるための大切な道具なので、保護するために小屋を建て、扉を閉めておくことに決めた。
水に溺れた人がいた。直ちに会議が招集された。落ちた人はどの方向から来たのか。どんな角度で歩いていて落ちたのかを分析するために。
「屋根の上のバイオリン弾き」の作家ショレム・アレイヘムも、へウムの寓話を元に物語を書いた。ノーベル文学賞を受賞したアイザック・バシェヴィス・シンガーも、「へウムの賢いユダヤ人」を題材に作品を書いた。
ウクライナ国境に近く、ユダヤ教徒たちが多く暮らす村。かつてここでは戦争もあり、激しいユダヤ人の迫害もあった。過酷な時代の中で、語り継がれてきた寓話。
遠い国の、遠い昔の物語ではない。時を越え、国境を越えて、現代人が思わず我が身を顧みる45編のショートストーリー。揺らがぬものだけを追い続けるリュ・シファの目が、そこにある。
韓国のベストセラー
10月第1週 インターネット教保文庫 小説部門の集計
『 』内の書名は邦題(出版社)
1 돌이킬 수 없는 약속
『誓約』(幻冬舎文庫)
야쿠마루 가쿠 薬丸岳
この夏以来ずっと、ベストセラーの上位に君臨し続けている推理小説。
2 살인의 문 1
『殺人の門1』(角川書店)
히가시노 게이고 東野圭吾
これはソフトカバーだが、これとは別にハードカバーのセット本も売れている。
3 해리 1 ヘリ1
공지영 孔枝泳(コン・ジヨン)
信者なのに書くのか。信者だから書けたのか。カトリック界にメスを入れた。
4 인생 우화 人生寓話
류시화 リュ・シファ
人気詩人による大人のための寓話。愚かな人々の住む村で起こるドタバタ。
5 82년생 김지영 82年生まれのキム・ジヨン
조남주 チョ・ナムジュ
韓国にフェミニズム旋風を巻き起こした話題の小説。
6 살인의 문 2
『殺人の門2』(角川書店)
히가시노 게이고 東野圭吾
東野圭吾人気のものすごさ。小説部門ベストテンに4冊がランクイン。
7 나미야 잡화점의 기적
『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(角川文庫)
히가시노 게이고 東野圭吾
韓国ですでに100万部以上を売り上げ、いまだベストセラー続行中。
8 해리 2 ヘリ2
공지영 孔枝泳(コン・ジヨン)
登壇30年を迎えた作家が、宗教の「聖域」に挑んだ衝撃作(全2巻)。
9 매스커레이드 나이트
『マスカレード・ナイト』(集英社)
히가시노 게이고 東野圭吾
緻密な構成力とスピード感あふれる展開。中毒者続出。
10 참을 수 없는 존재의 가벼움
『存在の耐えられない軽さ』(集英社文庫)
밀란 쿤데라 ミラン・クンデラ
30年前に韓国語訳された名作のリニューアル版。作家のイラストが表紙に。