少し前に見た、外国人の韓国旅行記を紹介するテレビ番組がとても印象に残っている。
韓国に住むドイツ人青年のところに故郷の友人たちが訪ねてきた。明日ドイツに帰る友人たちに「どこに行きたい」と尋ねると、「ソウル全体が見渡せる場所!」という答えが返ってきた。
彼らが訪れた場所は、観光名所の南山タワーでもなく、韓国で最も高い123階建てのロッテワールドタワーでもなかった。ソウルの中心に位置する北漢山。高さ840㍍足らずで、韓国市民が週末に気軽に登山を楽しむ場所だ。
彼らは都心にそびえた山の風景に興奮し、山頂からソウル市全景を眺めて歓喜の声をあげた。当時の気温は34度。ドイツ人青年たちは半袖半ズボン姿、運動靴という格好で登山を楽しんだ。
ところが、彼らの前後を行く、韓国のアジョシ(おじさん)、アジュンマ(おばさん)とのコントラストが目を引いた。アジョシたちの格好と言えばーー。登山専用服に登山靴、スカーフ、サングラスに登山用ストック!
ドイツ人の青年たちは、ヒソヒソと会話をしていた。「ヒマラヤ遠征隊かな……」。彼らの目には、蒸し暑い真っ昼間から、完璧な登山服姿で挑む韓国人の姿は、さぞ不思議な存在に映ったことだろう。
韓国のサムスン・ファッション研究所によれば、2014年当時の韓国アウトドア市場の規模は7兆㌆(約7千億円)。世界では米国に次いで第2位の規模にまで成長した。
海外に出て、空港や博物館、教会などの観光地で韓国人を見分けるのは難しくない。彼らの姿が登山服だったら、韓国人だ。
ある旅行社が欧州旅行を前に、団体観光客に対して「欧州は登山する場所ではありません。美しい都市を旅行する場所です。登山服は避け、所持品のなかでもっとも明るくて華麗な服をご準備ください」と連絡し、インターネット上の話題をさらったこともある。
「旅行に行くのに、服装まで指図されなければいけないのか」「こんな連絡をしなければならないほど、登山服だらけなのか」という様々な声が出たことを覚えている。
この旅行社は「登山服を着れば、旅行客だと見破られ、スリになどの事件に見舞われやすいからです」と釈明して、この騒ぎは一段落となった。
韓国人の登山服を愛する気持ちは、国土の70%を山地が占める環境とも無関係ではない。
実際、韓国人が最も好きな趣味は「登山」だ。韓国山林庁が15年に発表した「山林に対する国民意識調査」によれば、韓国人10人のうち2人以上が毎月1回以上、登山を楽しんでいるという。
このような猛烈な登山愛好熱に押されたのか、文在寅政権は長く立ち入りを禁じてきた大統領府後方の仁王山を市民に開放した。1968年1月に起きた北朝鮮工作員による大統領府襲撃事件のルートに使われた山だ。
文大統領が韓国記者団と一緒に登山したときに着用したジャケットは品切れになるほどの人気を呼んだ。
だが、韓国人の登山愛好史には悲しい思い出もある。
韓国は1997年、外貨準備高が底を突く「IMFショック」に見舞われ、大量の失業者を出した。当時、人員整理の憂き目に遭った多くの父親たちは毎朝、家族には何事もなかったように振る舞い、背広姿で「山」に出勤した。
華麗で洗練された登山服に身を包んで、山を闊歩している最近のアジョシたちの姿を見ると、そんな歴史を知る者の1人として、慰められる気持ちを持つのは私だけだろうか。
こんなに活況を呈してきたアウトドア市場だが、17年の市場規模は4兆5千億㌆(約4500億円)と、ここ数年間の約半分にまで減った。ファッション業界はこの不況を打開するため、韓流スターを広告モデルに起用するなど悪戦苦闘している。人気テレビ番組でも、アイドルがアウトドア姿で出演する場面をよく見る。ここにも韓国を覆う不況の影が差し始めている。
果たして、登山服人気は復活できるのか。
家族が集まる場にたびたび、登山服姿で登場する父に、登山服の魅力について聞いてみた。
「夏に暑く、冬は耐えられない寒さに襲われるウリナラ(我が国)で、登山服ほど機能的で完璧な服なんてないじゃないか!」