幼稚園に通う6歳の娘が、勤務先から帰宅したばかりの私にこう言った。
「オンマ(お母さん)!チング(友達)はどっかに通っているんだって。私だけ家にいなきゃいけないの?どっか連れてって」
共働きの我が家では、娘は幼稚園から帰った後のひととき、ベビーシッターのお世話になっていた。母親がそばにいる家庭のように、今日は水泳、明日はテコンドー、その次は音楽というように気軽に習い事に連れて行くのは難しい。
それでも娘の気持ちに負けて苦心した末、子どもがたくさん住み、教育インフラも整った地区に引っ越した。ここなら、幼稚園の授業が終わった午後3時から、私が帰宅するまでの間、いろいろな塾に通わせることができると思ったからだ。
塾といっても勉強ばかりするわけではない。韓国では子どもが通う塾(韓国では学院と呼ぶ)には様々な種類がある。音楽、美術、バレエ、テコンドー、英語などなどだ。おかげで娘は毎朝、幼稚園のカバンの他にその日の午後に通う塾のカバンも持って通園するようになった。娘のうれしそうな顔を見てほっとした。
閉園時刻になると、幼稚園の前には様々な塾のシャトルバスが集まってくる。どの車もスクールバスカラーの黄色で塗装されている。塾の担当者たちが、それぞれ子どもたちをバスに乗せて連れて行く。
私の携帯電話には「お子様がスイミングスクールに到着しました」という文字メッセージが流れてくる。この塾のウェブサイトをクリックすれば、娘が泳いでいる映像をリアルタイムで見ることができる。
しばらくすると、また携帯電話にメッセージが来る。「お子様が帰宅します」。映像を見たら、娘が塾の出口でカバンに付けた電子タグをセンサーにかざしている姿が目に入った。
テコンドー教室では、小さな子どもたちのために綱引きや鬼ごっこ、縄跳びなど多様なプログラムも用意している。必要があれば、次の塾まで送ってくれるサービスもある。
昔はシャトルバスがらみの事故が社会問題になったこともあったが、2015年1月から、バスに運転手のほか、保護者が必ず1人は同乗するよう義務化された。
少し前に日本に戻った日本人オンマが「韓国のシャトルバスサービスがうらやましい。日本では子育てが大変だ」と話していた。
韓国では、「私教育」と呼ばれる塾通いが深刻な社会問題になっている。度が過ぎた競争社会が子どもの自由な時間を奪い、精神的にも肉体的にも大きな負担をかけている、という問題だ。
ただ、共働きのうえ、両親にも頼れない私にとって、このサービスがなければ子育てが難しいことも事実だ。韓国では、母親の帰宅時間が午後6時以降になる場合、子どもが最低1つは塾通いをするのが当たり前の風景になっている。ベビーシッターに任せるのも一つの手段だが費用もかさむ。
友達とも遊ばせたいと思えば、やはり塾は有効な手段にならざるを得ない。韓国では放課後、子どもは皆、塾に通うため、公園に行っても遊ぶ友達を見つけられないからだ。
韓国の塾のシステムは、競争社会が生んだ結果だ。コインの両面とでも言おうか。成長していく娘はこれから、どんな言葉を私に投げかけるのだろうか。