1. HOME
  2. 特集
  3. 5歳までの「旅支度」
  4. 幼児教育=早期英才教育にあらず 人生の土台作りだ

幼児教育=早期英才教育にあらず 人生の土台作りだ

World Now
photo:Sako Masanori
photo:Sako Masanori

幼児教育には三つの側面があります。子どもを預かることで女性の社会進出を後押しする「労働」政策、貧しい家庭を支援する「社会」政策、子どもの学びを助ける「教育」政策です。近年は教育の面が各国で強調されています。

かつて学校教育は小学校から始まると考えられていました。しかし子どもの脳は0歳から4歳までの間にたくさんのことを学びます。北欧では1990年代ごろから、教育(エデュケーション)と保育(ケア)は一体で切り離せないものとして「エデュケア」という考え方が注目され、世界に広まっています。

日本では、幼児教育といえば早期英才教育といったお勉強をイメージするかもしれません。私たちが考える幼児教育は違います。漢字などの知識を詰め込むのではなく、学びや人格形成の基盤をつくることが大切です。

視察したポルトガルの幼稚園では、子どもたちが話し合って「今週のルール」を決めていました。「友達をたたかない」といった簡単なものです。金曜日にルールを守れたか、子ども同士が話し合います。

ある子どもが「けんかをしてルールを守れなかった」と反省しても、相手は「自分は守った」と言うかもしれない。なぜ違う答えが出るのか話し合う。こうして、正解がない状況で友達と話し合って解決策を探る力、自分をコントロールする力が身につきます。

日本はGDPに対する幼児教育への公的支出が圧倒的に少ない。一方で幼児教育と保育にかかる費用を政府と保護者だけでなく、勤め先の企業も負担するように義務づけるオランダの例もあります。

幼児教育の成果はすぐには目に見えない。しかし子どもが人生を積み上げていく土台として、とても重要なのです。(構成・左古将規)

「良い幼児教育」を測るものさし

詰め込みではなく、主体性が大事という。けれど、しつけもある。「良い幼児教育」ってなんだろう?

その「質」を測る指標に、米国であみ出された「保育環境評価スケール(尺度)」がある。これを日本語に訳し、広める活動に取り組むのが同志社女子大学教授の埋橋(うずはし)玲子だ。

視察が相次ぐ埼玉県松伏町の「こどものもり」を一緒に訪れた。幼稚園と保育園が一つになった認定こども園だ。

5歳までの「旅支度」_早期英才教育にあらず_2
こどものもり園長の若盛正城。子ども同士が育ちあう「異年齢保育」にこだわる photo: Samejima Hiroshi

ここでは異なる年齢の子どもが同じ空間で一緒に過ごす。水色の服の年長の子たちが、ピンクの服の年少の子たちとあちこちで手をつないでいる。

「年長さんが年少さんの世話をします。年長さんはあこがれの存在。いつかあのようになりたいと思うんです」。こう語るのは、園長の若盛正城。先生の声は大きくない。なるべく見守り、小さい子の手伝いを自らしてあげたいと思うよう仕向けていく。

昼食は子どもが自ら食べる量を決めるビュッフェ。異なる年齢の6人が一つのテーブルを囲む。組み合わせは、先生たちが毎日話し合って変える。子ども同士でおしゃべりしながら食べているが、全然やかましくない。

押し付ければ反発する。自ら決めたら責任を持つ。住職でもある若盛が重んじるのは「生きる力を引き出す」ことだ。

埋橋は「急にこのレベルに達するのは難しいけれど、だんだん良くしていくことが大切。そのためにも保育の質を測る客観的な物差しが必要です」と語る。

評価スケールをつくったのは、米国ノースカロライナ大学名誉教授のテルマ・ハームスらだ。埋橋はこの大学で学び、2004年に翻訳。口コミで広がり、数百の園に招かれて実習を重ねてきた。

保育士数人を他の園に連れて行き、午前は黙って観察・採点する。評価スケール(3歳以上)は「室内空間」「安全」「語彙の拡大」「絵本に親しむ環境」「音楽リズム」「数字の経験」など35項目。

例えば「保育者と子どものやりとり」の項目には「子どもといることが楽しそう」「適切な身体的接触を通してあたたかな雰囲気を伝える」「言葉にならない素振りに敏感」など13の設問が並び、「はい/いいえ」をチェックしながら7点満点で採点する。午後は評価された保育士も交えて話し合い、最終的な点数を決める。

「初めは点数化されるのを嫌う園が多かった。やってみると問題意識が共有され、評価は落ち着く所へ落ち着く。点数は目的ではない。話し合って改善点に気付くプロセスが大事です」と埋橋は言う。評価された園の保育士を、今度は評価する側として別の園に連れて行く。アイデアがどんどん広まる。保育の経験の「シェア」だ。

この評価スケールは、英国、スウェーデン、ドイツ、インド、シンガポール、チリなど世界各地で使われている。評価結果を公表し、親が園を選ぶのに役立てている国もある。日本では保育園の「量」が優先課題とされ、「質」を上げるための評価の仕組みは根づいていない。

ただ、評価スケールはあくまでも指標だ。冒頭の「こどものもり」の園庭は斜めに細長く、隅々まで見渡せなかった。杓子定規に当てはめれば点数は低くなる。「でも、斜めの方が子どもの興味が湧くでしょう。『こどものもり』では先生や子ども同士がしっかり見守っているので点数は低くなりません」と埋橋は言う。保育園の表面的なランク付けや画一化につながらないように、その扱い方には十分な注意が必要だ。