保育の質を測るものさし 米国生まれの「保育環境評価スケール」とは

この日の評価実習に「評価者」として参加したのは、他の園の保育士ら9人、ひよし保育園の保育士1人、記者である私、そして指導者の埋橋の計12人。評価されるのは、ひよし保育園の保育士2人、5歳児22人のクラスだ。
評価者たちは午前8時45分に保育園に集合し、埋橋から評価の仕方について説明を受けた。3歳以上は次の35の評価項目がある(以下、「新・保育環境評価スケール①」から引用)。
※)走ったり泳いだりといった全身を使う運動
評価者は午前中の3時間、評価シートを片手に、黙って保育の様子を観察する。そして、評価シートに書かれた設問について「はい/いいえ」を選択し、書き込んでいく。設問は、35項目それぞれに10数個ずつ。例えば、30番目の項目「保育者と子どものやりとり」の設問は次の通りだ。
1〈不適切〉
1.1保育者は子どもに対して応答的ではなく、関わろうとしない(例:子どもを無視する;距離をおくか冷たい態度である)。
1.2子どもとのやりとりはしばしば不快なものである。
1.3身体的な接触がしばしば否定的なものである(例:よくない行動をとる子どもを荒々しく扱う;場所を移るように言葉で言わず身体を押す;子どもの望まない抱きしめやくすぐり)。
1.4 個別に、あるいは小グループの関わりが少なく、一斉活動でのやりとりのほうが主な関わりである。
3 〈最低限〉
3.1 個別の子どもと保育者の肯定的なやりとりがある。
3.2 否定的な身体的接触がない。
3.3 保育者は子どもといることが楽しそうである(例:子どものすることに興味を示す;子どもの発言を注意して聞き、適切に応答する)。
5〈よい〉
5.1 観察時間中、しばしば保育者と子どもの肯定的なやりとりがあり、長い間やりとりが絶えたままということがない(例:温かいまなざし;ほほえみ;興味を共有する)
5.2 通常、くつろいだ気持ちの良い雰囲気がある(例:緊張したりあわただしいような雰囲気はほとんどない;保育者と子どもに落ち着きがあり、何事も楽しんでいる;苦痛を感じるような時間がほとんどない)。
5.3 保育者は、適切な身体的接触を通してあたたかな雰囲気を伝える(例:泣いている子どもを抱く;手を握って話を聞く;肩をトントンと叩いて励ます)。
7 〈とてもよい〉
7.1 保育者は子どもを尊重し肯定的に指導する(例:行動面での問題に落ち着いて妥当なやり方で対処する;子どもの発言を最後まで聞いて応答する;子どもがしてくれたことに感謝する)
7.2 保育者は子どもに対して支持的であり、子どもが不安・怒り・恐れを感じていたり傷ついたりしたときは慰める(例:友だちとのいざこざがある子どもの理解に努める;怒っている子どもに忍耐強く接する)。
7.3 保育者は子どもの言葉にならない素振りに敏感であり、適切に対応する(例:集まりのときに身体を動かしたいようであればそのような活動をする;興味を失っているようであれば活動を変える)。
評価シートに「はい/いいえ」をチェックすれば、あとは自動的に7点満点で点数が決まる。
1〈不適切〉でひとつでも「はい」があれば評価は「1」。すべて「いいえ」なら3〈最低限〉へ進み、そこで「はい」が半分以上あれば「2」になる。すべてが「はい」なら5〈良い〉へ進み、「はい」が半分未満なら「3」、半分以上なら「4」、すべてが「はい」なら7〈とても良い〉へ。そこで「はい」が半分未満なら「5」、半分以上なら「6」、すべてが「はい」なら満点の「7」だ。
午前9時から観察・評価が始まった。
最初の1時間は室内で自由に遊ぶ時間。5歳児たちは積み木をしたり、絵を書いたり、思い思いに遊んでいる。評価者たちは室内の掲示、本棚に並ぶ絵本、絵筆やハサミといった道具をじっくり観察している。ある子の手が汚れ、保育士が「おてて、あらってきて」と言った。そんな会話にも耳をそばだてている。
午前10時すぎからはみんなで遊ぶ時間だ。保育士はオルガンをひいてみんなで歌った後、アサガオの絵本を読み始めた。前日にタネを水に浸し、近く植えるのだという。ほとんどの子は絵本に関心を示し、何人かが質問を投げかけた。保育士は絵本の読み進めを中断してひとつひとつ丁寧に答えているが、下を向いて他ごとをしている子もいた。
午前11時からは園庭で遊ぶ時間。特定の遊技に集中することなく、ペットボトルを坂で転ばして遊んだり、図鑑を持ってきて読みあさったり、思い思いに遊んでいる。子ども同士が接触して転び、保育士が駆けつける場面もあった。
評価者たちは黙って観察し、評価シートに書き込んでいく。私も「はい/いいえ」をチェックしていくのだが、評価シートの言葉と目の前で起きている現実がなかなか重ならず、判断は難しい。
この日は評価者が多く、保育士も子どもたちもやや緊張していた。通常は4人程度で評価するという。
みんなで昼食をとりながら情報交換をした後、いよいよ話し合い開始だ。
評価者と評価された保育士が一緒にテーブルを囲む。埋橋が司会をし、評価者はひとりひとり、項目ごとに採点結果を発表して理由を説明する。話し合いがかみあってきたところで、埋橋が最終的な点数を決めていく。
評価者からは時折、「『おてて、洗ってきて』という言葉は適切だったのか。手が汚れたらどうしたらいいか、自分で考えられるような問いかけが必要だったのでは」「先生主導で『こうしよう』というフレーズが多く聞こえた」などの厳しい評価も飛び出す。評価された保育士の顔が曇る場面もあった。
この日、いちばん議論になったのは、「保育者による絵本の使用」の項目だ。評価者の1人が「途中で内容を説明してしまうと、子どもは興味を失う。一回は読み通して感動を一緒に味わうのが絵本だ」と指摘すると、別の評価者は「私はとらえ方が違う。子どもたちは前日にアサガオのタネを水に浸していた。この絵本は観察と科学の本だ。ひとつひとつ確認しながら読み進めるやり方で良かったと思う」。議論を踏まえ、埋橋の裁定は5点だった。
2時間が過ぎ、評価はひととおり終わった。最後はみんなで保育士をねぎらいつつ、1人ずつ感想を語った。
「自分の保育を振り返る機会となった」
「子どもたちがたくさんの遊びの中から自由に選択しているのに感動した」
「保育の基準がないと取り組み方が漠然となる。このスケールがあれば、ひとつでも自分の園でやっていけることを増やそうと思う」
私は「採点そのものよりも、みんなで議論することを通じて問題意識を共有するプロセスが大事だと感じた」と述べた。
埋橋は10年以上、こうした評価実習を重ねている。「保育のノウハウがシェアされ、どんどん良くなっていく。それが楽しい」という。
最後に、この日評価されたクラスの担任の保育士2人が感想を語った。埋橋が次に別の保育園で行う実習に、今度は評価者として参加するという。