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子どもへの性的虐待問題、「そのこと」を語る言語とは 義父を告発した著者の証言

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
ネージュ・シンノの「Triste tigre(悲しき虎)」
ネージュ・シンノの「Triste tigre(悲しき虎)」=関口聡撮影

子どもへの近親姦および性的虐待に関するフランスの独立委員会(CIIVISE)が、2023年11月、3年にわたった調査の報告と提言を発表した。約3万件の証言に耳を傾けた成果である。

フランスでは年間約16万人の子どもが性的虐待を受けており、その約8割は家庭内で起こっていると言われる。しかし、社会はプライベートなこととして目をつぶり、被害者は罪悪感と恥にまみれて、残りの人生を沈黙して生き延びることを余儀なくされてきた。

この問題に正面から切り込んだネージュ・シンノ(46)の「Triste tigre(悲しき虎)」が、フェミナ賞、高校生によるゴンクール賞他を受賞し、高い評価を受けている。

フィクションに分類されているが、この作品は7~9歳ごろ(記憶は定かでない)から14歳まで義父から性的虐待を受けた著者の証言である。著者は犯罪の現場を逃れるかのようにアメリカへ渡り、今はメキシコで生活する。

成人になって義父を告発。何より幼いきょうだいを義父から守りたかった。義父は9年の禁錮刑を言い渡される。これは実にまれな例で、被害者が告発したとしても、加害者が処罰されるのは裁判件数の約1%にすぎない。

「証言」だと書いたが、単なる証言ではない。語り得ないことを語る時、果たしてそれを語る「言語」は見つかるのか。どんなオプションが可能なのか。これまでどんな作家が、どんなふうに「そのこと」を語ってきたか。クリスティーヌ・アンゴ、トニ・モリスン、バージニア・ウルフ─。ウラジーミル・ナボコフの「ロリータ」のナレーション構造も鋭く分析される。

著者は書くという自分の行為に疑問を投げかけながら、絶えず自分の立ち位置を検証し、読者を子どもの性的虐待という行為の傍観者にせず、理解し得ないことを理解しようとする相棒のように読者に語りかける。

シンプルな文体とは裏腹に、シンノの作品が「文学」であるのは、書くことが「そのこと」を語るための言語を探る凄惨(せいさん)な格闘の軌跡として立ち現れるからだ。著者は書くことによって救われるとは少しも信じていないが、文学が著者を支えてきたのは確かだ。

自分を守る術を知らず、自分というものさえまだ定かでない子ども時代に絶対的な立場にある近親者から受けた性的虐待は、いくら時間が経っても毎刻毎刻その人とともにあり、その人を脅かし、ほかの一切の事象を消してしまうほどの力を持つということを読者は理解する。

多くの被害者が精神を病み依存症や自己破壊的行為に走るという事実からも、著者は目をそらさない。拷問や虐殺を含めた、人間性を破壊するありとあらゆる暴力にまで考察を広げている。

著者は被害者である自分より、加害者を理解しようともがく。圧巻なのは、子どもへの性的虐待という悪の正体が、セックスの問題というより、相手をモノとして所有し踏みにじる支配欲の暴走であることを認め、その果てに加害者の脆(もろ)さと平凡さが垣間見える地点にまで読者を引き連れてゆくところだろう。

子どもへの性的虐待が、国の財政にどのくらいの負担になっているか。警察、司法、社会福祉、精神的なケアを含めて、今でも年間100億ユーロ(約1兆5500億円)は下らないと算出されている。虐待の経験は、被害者にせよ加害者にせよ、世代から世代へ受け継がれる。これは個人の問題ではなく、私たちの問題、社会の問題なのだということを、先のCIIVISEも訴えている。近親姦を語ることがタブーである時代は、もう終わらなければならない。

フランスのベストセラー

(フィクション部門)2023年1130日付L’Express誌より

  1. Veiller sur elle 

    Jean-Baptiste Andrea  ジャンバティスト・アンドレア

    彫刻家とその傑作ピエタ像をめぐる深遠な物語。本年のゴンクール賞受賞作。

  2. 13 à table !

    Collectif共著

    貧困者に無料で食事を提供するNGOが作家たちに依頼して毎年暮れに出版する短編集。

  3. Triste tigre 

    Neige Sinnoネージュ・シンノ

    義父から子ども時代を通じて受けた性的虐待を思索する。フェミナ賞など受賞。

  4. Ne me remerciez pas !

    Martial Caroffマーシアル・カロフ

    地質学者の著者が地質学の世界で起こった犯罪を描く。探偵小説賞受賞作。

  5. Son odeur après la pluie 

    Cédric Sapin-Defour セドリック・サパンドフール

    犬との出会いが主人公の人生を変えた。動物や自然と人間の境界を問う秀作。

  6. Lux

    Maxime Chattam マキシム・チャタム

    米ベストセラー作家がSFとファンタジー小説のはざまで地球の今を問う。

  7. Troublemaker (t.1)

    Laura Swanローラ・スワン

    10代でネットデビューした作家。いじめを受ける高校生が主人公の最新作。

  8. Les Armes de la lumière

    Ken Follettケン・フォレット

    18世紀産業革命期の英国を背景に束縛から逃れようともがく主人公たちの姿を描く。

  9. La Syphonie des monstres  

    Marc Levy   マルク・レヴィ

    ロシア・ウクライナ紛争のさなかの児童誘拐を主軸に据えた家族の物語。

  10. Murtagh et le monde d’Eragon 

    Christopher Paolini クリストファー・パオリーニ

    「エラゴン」から20年、ファンタジー小説の鬼才が放つドラゴンライダーの新冒険。