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奴隷時代から続く性暴力の歴史 DNA研究で明らかに

ニューヨークタイムズ 世界の話題
Slave shackles are seen in a display case during a media preview at the National Museum of African American History and Culture on the National Mall in Washington September 14, 2016. The museum will open to the public on September 24. REUTERS/Kevin Lamarque
国立アフリカ系アメリカ人歴史文化博物館に展示されている奴隷の拘束具=2016年9月14日、米ワシントンDC、ロイター

大西洋をまたぐ奴隷貿易に終止符が打たれて150年以上が経ち、奴隷にされた人たちに対する処遇がいかに残酷だったかが、彼らの子孫のDNAに刻み込まれていることが新しい研究で浮かび上がった。

5万人以上を含み、そのうち先祖がアフリカ人である3万人についての研究報告は、アフリカのどこから連れてこられ、アメリカのどこで奴隷にされたかに関する歴史的な記録と整合した。だが、いくつかの驚くべきことも明らかになった。

たとえば、米国からの研究参加者たちのDNAは、そのかなりの量がナイジェリアにルーツがあることを示した。これは予期していなかった発見である。歴史的記録には、ナイジェリアから米国に直接連れてこられて奴隷にされた人の証拠が示されていないからだ。

研究者と一緒に調べていた歴史家たちは当初、「米国におけるナイジェリア起源の(遺伝子)量を信じられなかった」とスティーブン・ミケレッティは言う。この研究を主導した「23andMe」(訳注=米カリフォルニア州に拠点を置く遺伝子分析やバイオテクノロジーの企業)の集団遺伝学者である。

研究者は別の歴史家に意見を求め、奴隷にされた人たちはナイジェリアからカリブ海のイギリス領に送られ、その後、米国へ引き渡されたのだということを知った。これによって遺伝学上の分析結果の説明がつくとミケレッティは言っている。

今回の研究は、世界史の最も暗い側面の一つに光を当てた。1250万人が祖国から無理やり引き離され、何万隻ものヨーロッパの船で連行された過去だ。歴史的記録と遺伝子記録を照合することで、どちらか一方だけより、さらに重層的で詳細なストーリーを伝えていることも示した。

米科学誌「American Journal of Human Genetics(アメリカン・ジャーナル・オブ・ヒューマン・ジェネティクス)」で7月23日に発表されたこの研究は、「過去の物語を伝える遺伝子の寄与について、私たちの捉え方における本当の前進」を提示した。米ニュージャージー州のプリンストン大学高等研究所の社会科学教授アロンドラ・ネルソンは、そう指摘する。彼女は、この研究には関与していない。

今回の研究は、23andMeの調査担当シニアディレクター、ジョアンナ・マウンテンの夢のプロジェクトとして着手された。同社がまだ顧客を獲得していない段階でのことだった。彼女とそのチームは10年以上かけて遺伝子のデータベースを構築した。もともと、この研究の参加者は23andMeの顧客であり、彼らの祖父母は大西洋横断奴隷制における地理的領域の一つで生まれた人たちだ。参加者は全員が、この研究に各自のDNAが使われることに同意した。

この新研究では、ミケレッティのチームは遺伝子データベースと歴史的記録「Slave Voyages(奴隷の航海)」とを比較検討した。この記録には、(奴隷にされた人たちの)乗船地と下船地、そして男性、女性、子どもそれぞれの数など、奴隷に関する膨大な情報が含まれている。

研究者はまた、データのギャップを埋めるため、歴史家たちに意見を求めたとマウンテンは言う。歴史家たちは、たとえば、アンゴラやコンゴ民主共和国といったカギになる地域の提示も必要だと研究者に伝えた。研究チームは、西アフリカの機関とつながりがある学者たちと協働してそのデータを見つけた。

このプロジェクトのデータセットの規模は「桁外れだ」とハーバード大学の遺伝学教授デービッド・ライクは言う。彼は同プロジェクトに関わっていない。

数百万人の消費者直結型データベースから研究参加者を集めたので、この研究では「過去についての、そしてそれぞれが互いにどう関係しているかについての質問と回答」を得ることができたとライクは指摘し、自分のような学者にはそうした質問はできなかっただろうと言っている。学術プロジェクトでは、数百人か数千人規模の研究がせいぜいだし、一般的に、データには23andMeの研究参加者が提供した家系上の情報が含まれないのだ。

研究結果は歴史的記録との顕著な整合性を示している。たとえば、歴史家は西アフリカからアメリカに570万人が連れてこられたと推計している。そして遺伝子記録は、西アフリカの人たちとアメリカ在住でアフリカにルーツを持つすべての人とのきわめて強いつながりを示した。

歴史家は、アフリカからラテンアメリカに連れてこられた人たちは中央アフリカ中西部から乗船したが、多くはもともとSenegambia(セネガンビア=セネガルとガンビア)やBight of Benin(ベナンの湾岸)といった地域から連れてこられた人たちだったことにも注目した。新たな遺伝学上の証拠がこのことを裏付けており、ラテンアメリカで奴隷にされた人たちの子孫はおおむねアフリカのこうした地域の2カ所ないし3カ所と関連する遺伝子を持っていることが示された。

これとは対照的に、歴史的な証拠は、米国やカリブ海のイギリス領で奴隷にされた人たちはアフリカのもっと多くの地域から連れてこられたことを示している。今回の研究によると、彼らの今日の子孫は、アフリカの六つの地域の人たちとつながりがあることがわかった。

歴史的記録は、南北アメリカ大陸で下船した奴隷1070万人(航海中に200万人近くが死亡した後の下船者数)のうち60%が男性だったことを示している。しかし、遺伝子記録は、現在の遺伝子プールに寄与したのは主に奴隷にされた女性たちだったことを示している。

奴隷にされた人たちに男女で不釣り合いがあったことは、よく知られている。男性奴隷は自分の子どもを持つ前に死んでしまうことがよくあった。女性奴隷の場合はしばしば、レイプされて子どもを産むことを強制された。

今回の23andMeプロジェクトはこうした一般的なパターンを明らかにしたが、男性と女性の経験には南北アメリカ大陸間で驚くべき違いがあることも突きとめた。

科学者たちは、米国で奴隷にされた女性は男性奴隷と比べ、アフリカ系の人たちの今日の遺伝子プールに1.5倍多く寄与したとの数字をはじき出した。ラテンアメリカのカリブ海地域では、女性奴隷の寄与は13倍だ。南米北部だと、17倍も寄与した。

さらに言えば、米国では、ヨーロッパ系の男性はヨーロッパ系女性よりも、3倍多くアフリカ系の人たちの現代の遺伝子プールに寄与している。カリブ海のイギリス領の場合は、25倍だ。

科学者が言うには、この遺伝学上の証拠は、現地の慣行によって説明できるかもしれない。米国では奴隷にされた人とヨーロッパ人とは隔離されていたため、奴隷にされた母親の子どもは奴隷の父親を持つ可能性がより高かった。ところが、奴隷にされた男性が子孫を残す可能性が低かった地域では、稲作農耕のような危険な慣行――労働環境は過酷で、泥地は溺れやすく、マラリアも珍しくなかった――のため、多くが子どもをもうける前に死亡してしまったのかもしれない。

ラテンアメリカの一部地域では、政府が意図的にアフリカ人の遺伝子を減らすために、奴隷にされた女性との間に子どもをつくる男性をヨーロッパから迎え入れる政策を取った。

この研究は、肉体的および性的な暴力が奴隷制度の一部であり、私たちの社会にそれらがいまなおいかに組み込まれているかを例証したとネルソンは言う。彼女は、「何世代にもわたって続いてきた虐待や差別、性的虐待、暴力」が確認されたとし、そのことに多くの人々がいま、抗議しているのだと指摘した。(抄訳)

(Christine Kenneally)©2020 The New York Times

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