奴隷制支持した南軍由来の米軍基地、バイデン政権で改名議論が本格化
黒人差別反対運動の一環として、以前から一部の人々が問題視していた米陸軍基地の名称を変更するよう求める声も高まった。すなわち、南北戦争に際して奴隷制度を擁護しようとした南軍側で活躍した軍事指導者たちの名称が付されている基地の名称を廃して、人種差別的であるとの疑念を生じさせない名称を新たに付すべきである、という主張だ。
国防総省と陸軍長官をはじめとする軍当局は、このような動きに呼応して、直ちに下記の10カ所の陸軍基地の名称を「改名候補」としてリストアップした。以前より、いくつかの基地の名称に関しては問題提起がされてはいたが、今回、反人種差別運動が全米に広がりを見せたことを受けて、ことある毎に人種問題では後進的と批判されている軍当局が、そうした批判を避けるために先手を打って積極的に動いたものと思われる。
【「改名候補」にあげられた10カ所の陸軍基地】
キャンプ・ボーリガード、ルイジアナ州
(ピエール G.T.ボーリガード南軍准将)
フォート・ブラッグ、ノース・カロライナ州
(ブラクストン・ブラッグ南軍大将)
フォート・ポーク、ルイジアナ州
(レオニダス・ポーク南軍中将)
フォートA.P.ヒル、バージニア州
(アンブローズ・パウェル・ヒル南軍中将)
フォート・ピケット、バージニア州
(ジョージ E.ピケット南軍少将)
フォート・フッド、テキサス州
(ジョン・ベル・フッド南軍少将)
フォート・リー、バージニア州
(ロバート E.リー南軍大将)
フォート・ラッカー、アラバマ州
(エドモンド W.ラッカー南軍大佐)
フォート・ゴードン、ジョージア州
(ジョン・ブラウン・ゴードン南軍中将)
フォート・ベニング、ジョージア州
(ヘンリー・ルイス・ベンニング南軍大将)
国防総省はこれらの基地の改名作業に取りかかろうとしたが、トランプ大統領(当時)は永らく基地の名称として親しまれてきた歴史的名称を変更する必要はないとして、国防長官をはじめとする軍首脳に対して、基地改名作業に取りかかることを中止する命令を発した。
それに対して連邦議会では、上院の共和党も加わって、基地の名称の妥当性に関して検討するための委員会を発足させることを決定した。この委員会は、国防総省が選定する4人の委員と、上下両院軍事委員会が選定する4人の委員、あわせて8人で構成されることとなった。
ちなみにこの委員会の名称は下記のように極めて長い名称である。
「Commission on the Naming of Items of the Department of Defense that Commemorate the Confederate States of America or Any Person Who Served Voluntarily with the Confederate States of America」(南部連合または南部連合に自発的に貢献した者を記念する国防総省の事柄の名称に関する委員会)
2021年1月8日、トランプ政権のミラー国防長官代行が選定した4人と、上下両院で選定された4人(共和党推薦2人、民主党推薦2人)によって委員会が発足した。しかし、すでにトランプ大統領からバイデン新大統領へ交代することが確定していたため、この委員会は実質的に活動を始めることはなかった。
バイデン政権が発足し、オースティン退役陸軍大将が国防長官に就任したため、2月12日、オースティン国防長官は新たに下記の4人をこの委員会の新メンバーに選定した。
元海兵隊総司令官 Robert Neller海兵大将(退役)
元ヨーロッパ・アフリカ海軍総司令官 Michelle Howard海軍大将(退役)
元陸軍士官学校歴史学部長 Ty Seidule陸軍准将(退役)
元国務省政策計画副部長 Kori Schake博士
そもそもバイデン大統領が黒人初の国防長官としてオースティン退役陸軍大将を選任したのも、反人種差別運動の盛り上がりに応えるとの側面があることは確かである。もっともバイデン大統領の閣僚級人事では女性や非白人からの任用がかなり目立っている。オースティン長官の場合、アフガニスタンで指揮を執ったこと以外にはさほど目立った存在ではなかった。国防長官は、国防戦略や政策全体のかじ取りをしなければならない。最重要要素であるべき資質よりも人種によった人事なのではないのか?という見方も出ている。
そのオースティン長官が任命した4人のメンバーの顔ぶれにより、トランプ前大統領が歴史を尊重するといった理由で抵抗した「基地名称から南軍の将軍を追放する」動きは、確実なものになったと考えることができる。
なぜならば、以下に記すように、連邦議会が選定した4人のメンバーのうち2人は民主党が選定した、基地名称から南軍将軍名は排除すべきであるとしている論客である。そのうえ、オースティン将軍が選定した4人の新メンバーは、下記のように、軍隊内から人種差別的な疑義を持たれる可能性がある要素を排除すべきであるという動きをかなり強力に推進することが確実な人々だからである。ただし、改称の可能性がある基地周辺では名称の元となっている軍人への愛着や誇りを持っている人々も少なくないため、改名の議論によって再び市民の間の亀裂が深まる状況も考えられる。また、「南軍=人種差別主義者=悪」というレッテルに対して再考を求める修正史観を支持する人々も少なくないため、基地名改称作業は前途多難な情勢だ。
Michelle Howard海軍大将(退役、黒人女性)
黒人女性で初めて米海軍軍艦の艦長を務めた。黒人女性で初めて海軍少将、海軍中将に任官し、海軍兵学校を卒業した女性のうちで、初めて提督(海軍大将)に任官した。海軍副作戦部長という海軍軍人ナンバー2の地位にまで上り詰め、まさに人種差別や性差別に打ち勝った象徴としての人物であるみられている。いまだに黒人女性で彼女のようなポジションを歴任した者はおらず、後続者が期待されているという意味合いもあるとみられている。
Ty Seidule陸軍准将(退役、白人男性)
ウェストポイント(陸軍士官学校)の歴史学部長を務め、戦史に造詣(ぞうけい)が深く、とりわけ南北戦争を専門としている。現役の軍人時代から、南軍にも大義があったとする修正史観主義者たちを猛烈に批判。南北戦争は奴隷制度に反対する勢力と維持しようとする南軍との戦争であり、南軍側は単なる反逆者にすぎず、擁護する余地は全く存在しない、という持論を展開し続けている。
Kori Schake博士(白人女性)
ブッシュ政権に参加した共和党員で、尊敬される国家戦略家かつ歴史家として名をはせた。国家安全保障会議や国防総省統合参謀本部の戦略計画政策局などで国防戦略の立案に関与した。その後、大学で国際関係論などの講座をいくつか担当した。トランプ政権で国防長官を務めた(後にトランプ大統領と対立して罷免)マティス海兵大将(退役)と共同で編纂した「戦闘者と市民:アメリカ市民の目に映るアメリカ軍」といった著書もある。トランプ政権が発足すると強烈なネバー・トランパー(反トランプ派の共和党員)として鳴らした。
Robert Neller海兵大将(退役、白人男性)
海兵隊総司令官の時期には、人種問題などで議論を展開したり、物議を醸したりするようなことは何もない、海兵隊の典型的な将軍だった。しかし、昨今の人種問題を受けて現海兵隊総司令官バーガー大将が、海兵隊内部において南軍軍旗を掲揚したりステッカーを貼ったりすることを禁じた動きに関連して、自身が総司令官だったときにこのような措置を取ることに思いをはせなかったことは失策であった、という反省を公表した。それ以降、南軍軍旗などの人種差別的とみられているシンボルや南軍を美化したり擁護したりするような考え方を軍隊内部から排除する活動を展開している。