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自分は実在するのか、が怪しくなる 最新のフランスSF、従来の「文学」の枠を超えた

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
相場郁朗撮影

昨秋のゴンクール賞はエルべ・ルテリエ(63)の『L’Anomalie(異常)』に授与された。同賞歴代受賞作の中ではマルグリット・デュラスの『愛人』に次ぐ好調な売れ行きを見せている。

売れる理由はいくつかあるだろう。赤帯で知られる仏文学の老舗ガリマール社の看板に似合わず、サスペンスいっぱいのSFであること。どこかコミカルであると同時に、哲学的で思索的、読者を飽きさせない仕掛けが満載されていること。コロナ禍で夜間外出禁止令が続くフランスの長い夜を過ごすのに、最適の読み物かもしれない。

最初、複数の登場人物の人生が、各人物に合わせた文体で切り取られ、形の見えないパズルを構成する。平凡な父親の顔を持つ殺し屋、ニジェールのポップスター歌手、地道に書き続けて突如脚光を浴びることになる作家、戦地に送り込まれては戻ってくる軍人の夫の妻、末期がんを宣告された男……。なんのつながりもない彼らは、パリ発NY行きのAF006便に同乗したことで、とんでもない「異常事態」に巻き込まれる。だれもが死を覚悟したほどの前代未聞の激しい嵐に翻弄(ほんろう)される。そして……。この先は明かしてしまうと驚きが半減するのでやめておこう。

作者ルテリエは数学者、言語学者でジャーナリスト。ウリポ(潜在的文学工房)の代表でもある。ウリポというのは1960年に立ち上げられた文学者グループで、創設者のひとりはレーモン・クノーだ。数学を文学に取り入れたり、言語遊戯的手法を追求したり、文学の新しい地平を模索している。

そんな作家の手になる以上、従来の「文学」に安住することなく、数学のセオリー、物理学やハイテクの最先端、宗教論議も総動員して、緻密(ちみつ)な構成で物語は展開する。しかも、それを学識豊かな人だけでなく一般人も楽しめる作品に仕上げている。

科学的思考を極めると、宇宙の神秘にぶつかる。宇宙の神秘はすなわち私たち人間存在の謎でもある。『L’Anomalie』は、この謎を私たちひとりひとりに突きつけてくる。私たちは本当に存在するのだろうか? この現実は本当に現実なのだろうか? 一見軽そうでいて、実はこわい物語かもしれない。

■性暴力を通じて描く、あるフランスエリート社会の内実

続いて紹介する2作は、いずれも性暴力をテーマとした作品である。まずカミーユ・クシュネルの『La Familia grande(ファミリア・グランデ)』は、約30年前に起こった、母親の再婚相手である義父による近親相姦(そうかん)を告発する問題作だ。

告発本がなぜ「フィクション」に分類されるのか、疑問を感じられる方もいるかもしれないので、最初に断っておきたい。単に事実を並べた記録ものなら「ノンフィクション」でまちがいないが、これは「レシ」(物語)としての位置づけなのだろう。著者が記憶の糸をたどりながら、文学的な努力を払って過去の再構築を試みた作品だからだ。

さて、著者のカミーユと「ヴィクトール」はふたごのきょうだいで、兄がひとりいる。この3人の父親は、「国境なき医師団」の創設者で後に外務大臣の座に上り詰めるベルナール・クシュネル。母親は法学者で硬派フェミニストのエヴリーヌ・ピジエ(一時期、キューバのカストロの愛人であったともいわれる)。これだけでもすごいカップルだ。ふたりの離婚後、母親は政界と太いパイプを持ち、メディアでも活躍する政治学者オリヴィエ・デュアメルと再婚する。(本書の中では「義父」とだけある。)母親の妹はスター女優のマリフランス・ピジエ、父親の再婚相手は、メディア界で一時は「女王」と呼ばれたジャーナリスト、クリスチーヌ・オクラン。左派インテリ層のキラ星オンパレードである。

1980年代、90年代のことである。子どもたちは、自由、女性の自立、性の解放を叫ぶこうしたおとなたちに囲まれて育った。夏ごと、南仏の大きな家には親族だけでなく友人たちが一堂に会し、一種の共同体(ファミリア・グランデ)を形成していた。ミッテラン大統領率いる左派政権が確立し、政界やメディア界に強い影響力を持つカップルの周りには、野心あふれる人々が群がっていた。そうしたおとなたちが饗宴(きょうえん)を広げるさまが、子どもの視点で内側から描かれる。

議論を戦わせる傍ら、プールサイドでおとなも子どもも裸体をさらし(むしろ隠すと解放されていないと批判され)、踊り明かし、絡み合い、性の歯止めなき解放こそが「自由」だと、どこかで勘違いしていた人たち。

そんな中、義父は14歳前後だった「ヴィクトール」を標的にした。もちろん暴力行為はなく、やさしく、愛情をこめて。カミーユは事実を知って凍りつき、さらには「ヴィクトール」に口止めされる。両親の自殺で精神の平衡を失っていた母親をなんとしても守りたかった。秘密の重みにさいなまれ、苦しみ、それでもそれぞれ家庭を築いて自分たちも親になった時、ふたりはかつて起こったことの耐えられない重さに戦慄(せんりつ)し、母親に告げることが急務だと決心する。

悲劇は、母親が事実を認めながら義父と別れようとはせず、非難の矛先を被害者である彼らに向けたことだ。家父長支配と闘った女性が、夫が弱者を性の奴隷にしていた事実には目をつむる矛盾。周囲のおとなたちもみな沈黙した(不審な死を遂げた母の妹以外は)。

母の死後、著者はようやく近親相姦とそれに続く煩悶(はんもん)と苦しみの日々に作品という形を与える勇気を得た。本書は、1年前に発表されて本欄でも取り上げたヴァネッサ・スプリンゴラの『同意』に次ぐ、性暴力に対する時空を超えた抵抗の叫びだ。出版後、#MeTooIncesteには数え切れない証言が寄せられ、大統領夫妻も性被害者たちに支援を表明し、未成年者をよりよく保護するための法改正が急ピッチで進むという政治的な展開を見せている。

当の「義父」は、政治学院の財団組織の会長職ほかすべての職を辞任。パリ政治学院の院長をはじめ、事実を知りながら目をつむっていた周囲の人々の、公のポストからの辞職や退任も相次いだ。

しかし、本作品に暴露本という言い方はふさわしくない。なぜなら、本書の核は、「ファミリア・グランデ」に集まった人々の姿に象徴される、あの時代の自由礼賛思想の光と闇であり、子どもを性の対象にしてなんら罪の意識のないおとなたち、また権力を手にした左派インテリ層の内実を、ある時は愛情をこめて、ある時は冷徹に、あますところなくえぐり出しているところにある。

高校生が選ぶゴンクール賞を受賞した『Les Impatientes(我慢する女たち)』もまた衝撃的な作品である。著者ジャイリ・アマドゥ・アマルはカメルーンの作家。カミーユ・クシュネルの描いた世界と対極をなす作品だ。

親が選んだ相手との結婚を強制され、レイプとしかいいようのない夫婦生活を強いられ、一夫多妻制に苦しむ女性たちの姿が描かれる。

暴力を受けて助けを求めても、周囲はひたすら我慢する美徳を説くだけ。出口のない生き地獄のような女性たちの生涯に、戦慄せずにはいられない。

著者自身、17歳で結婚を強要され、2度目の夫には報復として子どもを奪われた過去を持つ。八方塞がりの状況から脱出を試み、傷を負いながらも自立した生を獲得した、勇気ある闘う女性である。

フランスのベストセラー (フィクション部門)

L’Express誌2月11日号より

1 La Familia grande

Camille Kouchner カミーユ・クシュネル

母の再婚相手が義理の息子に加えていた性的暴行を語る問題作。

2 L’Anomalie

Hervé Le Tellier エルベ・ルテリエ

ゴンクール賞受賞作。この世はシミュレーションにすぎないのか?

3  ... mais la vie continue

Bernard Pivot ベルナール・ピボ

仏文学界に長年君臨したジャーナリストが老年を迎えた時に見えてくるもの。

4 Le Parfum des fleurs la nuit

Leïla Slimani レイラ・スリマニ

ベネチアでの一夜を舞台に作家が自身の内面に深く降り立つ。

5 Le Dernier Enfant

Philippe Besson フィリップ・ベソン

末っ子が家を出る日、母親の胸に去来する思いをきめ細かに描く。

6 Arsène Lupin, Gentleman cambrioleur

Maurice Leblanc モーリス・ルブラン

Netflixシリーズ物の大ヒットで、元祖アルセーヌ・ルパンがトップテンに浮上。

7 Les Impatientes

Djaili Amadou Amal ジャイリ・アマドゥ・アマル

親族の圧力で結婚を強いられ、夫の暴力にさらされるカメルーン女性たちを描く。

8 La vengeance m’appartient

Marie Ndiaye マリー・ンディアイ

子を殺害した妻の弁護を依頼する男と女性弁護士の過去に一体何があったのか。

9 Serge

Yasmina Reza ヤスミナ・レザ

ユダヤ系フランス人一家、3人きょうだいの悲喜こもごもを描く。

10 Le Bazar du zèbre à pois

Raphaëlle Giordano ラファエル・ジョルダノ

自己啓発本と文学の間を巧みにスラロームするベストセラー作家の最新作。