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フランス文学界の「反逆児」が新作で見せた、心の砂漠から救われる道

Bestsellers 世界の書店から
『Anéantir』書影
相場郁朗撮影

ミシェル・ウエルベックは文学界のスターと言われ、新作を発表するたびに大きなニュースとなる。今回の『Anéantir(殲滅)』も出版前からメディアで騒がれた。

性の解放や自由市場など、自由の名のもとに実体が空洞化してゆく現代社会を鋭く切り取り、孤独に浮遊する人間たちを容赦なく描き続けてきた。称賛する人たちがいる一方、さんざんにこき下ろす人たちもいる。文体でも「文体そのものがない」と批判されるかと思えば、あえて「平板な文体」がいいという評もある。

作家、詩人だけでなく、ミュージシャン、映画人と多様な顔を持つ。発言は過激でしばしば反動的。『素粒子』(1998年)では女性をモノ扱いしていると多くの人の反感を買い、イスラム政権がフランスに誕生する近未来小説『服従』(2015年)など、ウエルベックの反イスラム的発言にショックを受けた人も少なくない。

730ページにおよぶ新作は、ネット社会の裏をかくテロリストたちと国の格闘を描く政治サスペンスの様相で始まるが、しだいに主人公ポールの内面の物語に移行してゆく。ポールは経済大臣の信頼厚い側近で、仕事はまあ充実しているものの、伴侶との関係は破綻している40代後半の孤独な男性だ。舞台はこの春の大統領選から5年後、次の大統領選前。真意がはっきりしないテロ事件が不穏な影を落としている。

ポールは疎遠だった父親が半身不随になってしまったことで、かえって、諜報機関でキャリアを築いた父親に徐々に心を寄り添わせてゆく。カトリックの信仰心あつい妹、野心いっぱいのジャーナリストの妻の尻に敷かれている弟、父親の若い伴侶など、ポールとその伴侶も含めて、家族は少しずつ絆を取り戻してゆく。しかし、50歳になろうという時、ポールは末期がんの宣告を受ける。

現代社会に広がる心の砂漠を残酷なほど生々しく描いてきた果てに、作者は、そこから救い出される道は人と人との絆にしかないという普遍的な真理を受容したかのようだ。作品中、いまの社会でどのように高齢者が扱われているかも淡々と描かれる。

反逆児ウエルベックも60代半ば。死を身近に感じる年齢に達した作者が生み出す、かすかながら希望のにじむ、秋の色が美しい作品である。

■ゴンクール賞に選ばれた、初めてのブラックアフリカ出身作家

数あるフランスの文学賞の中でも、ゴンクール賞は最も権威ある賞と格づけされている。 大手出版社の作品に授与されることが多いのだが、2021年は小さな出版社から世に送り出された、セネガル人作家モハメッド・ンブガール・サールの『La Plus Secrète Mémoire des Hommes (人間たちの最も秘められた記憶)』が射止めた。

作者は31歳。若さもさることながら、サハラ砂漠以南に位置するブラックアフリカ出身の作家が受賞したのは初めてのことであり、それだけでもひとつの事件であった。内容的にも、「書く」という行為を突き詰めた非常に文芸性の高い作品で、批評家も一般の読者も、文句なしの選考結果と受け止めた。

作者の分身であろう主人公ディエガンヌは、文学を志し、パリで生活する青年。「黒いランボー」とも呼ばれるT.C.エリマンヌというアフリカ人作家に魅了されている。一時フランス文壇を騒然とさせ、なんらかの理由で潰され、文壇から排除され、その後忘れ去られてしまい、いまは著作も手に入らないという謎に満ちた作家である。

著名なセネガル人女性作家との偶然の出会いから、主人公ディエガンヌはエリマンヌの問題作を手に入れる。そして、エリマンヌの真相に迫るため、偶然と必然に導かれるようにして、この作家と親しかった人たちや関係者を追跡してゆく。その過程が、日記や証言や手紙などさまざまな文体を駆使して語られ、記憶の輪郭が徐々に浮かび上がってゆく。

語彙(ごい)は驚くほど豊かであり、文体は時にシンプル、時に高潔、作者の研ぎ澄まされた言語感覚にしばし圧倒され、ページをめくる手が止まるほどだ。ストーリー展開ばかりが優先される昨今の著作物とは、はっきり袂を分かつ作品である。

書くという行為の意味はどこにあるのか。作家であろうとすることの意味、ましてやフランス語で書くアフリカ人作家であるということの意味はどこにあるのか。これはフランス文壇で認められなければセネガル人作家としての地位は確保できないという、フランスを宗主国として仰いでいたアフリカ諸国の立場を今現在に引きずる政治的なテーマでもある。かといって、気難しい作品ではないことはお断りしておく。460ページを長いと感じさせない語りのおもしろさと構成力がある。 

文学が生きることを問う行為だとしたら、この作品はその問いそのものであり、「最も権威ある」といわれる文学賞を授与されるにふさわしい。作者がある意味で「外」の人間だからこそ、その問いは凝縮され、内なるエネルギーを無限大に高めて、類いまれな濃厚な文芸作品に昇華されたのだろう。

■庭の石が語る、家族の物語

スタイルもテーマもまったくちがうクララ・デュポンモノの『S'adapter(適応すること)』は、「高校生が選ぶゴンクール賞」やフェミナ賞を受賞した。フランスの南、山に囲まれたセヴェンヌ地方に暮らすある家族の物語だ。

平凡な家庭に、重度の障害を持つ子どもが生まれた。3年くらいしか生きられないだろうと言われながら10歳まで生きたこの子どもの存在によって、家族がどのような変容を遂げ、各自がどのような道をたどっていったか。メロドラマになりがちな親密なテーマだが、家族を見守る内庭の壁石に語らせるという手法を取り、鉱物が内蔵する永遠に近い視点を導入することで、物語に普遍性を与えることに成功している。

石は語り継ぐ。まずは障害を持つ弟を守り続けた長男のこと。そして、一生赤ん坊のように首も座らず目も見えない弟への嫌悪感を隠せなかった2番目の娘のこと。最後に、障害を持った子の死後に生まれ、年が離れているので一人っ子のように育てられた末っ子のこと。きょうだいの関係というのは、それぞれが独立しながらどうしようもなく影響し合い、相互の放つ磁力で引きあったり反発したりする。その関係の言うに言われぬ微妙さや宿命的な軌道が、作者独特の透徹した感性で、石たちの言葉として紡ぎ出されてゆく。

石が大地から切り出されるように、人もまた土地の産物であり、風土によって徐々に彫り込まれてゆく。さらには、ともに生きる一族の間の相互作用によって各自の人となりが形成されてゆく。愛情も憎しみも、すべてのドラマの出発点は家族とその土地にある。そうしたことを声高にならず、石という動かないもののささやきとして淡々と読者の耳元で語る、親密でありながらどこか神託の厳かさを秘めた作品である。
 

フランスのベストセラー (フィクション部門)
L'Express誌2月3日号より

1 Anéantir
Michel Houellebecq ミシェル・ウエルベック
舞台は5年後の仏大統領選。政治と個人の両側面から鋭く現代社会を切り取る。

2 La Décision
Karine Tuil カリーヌ・チュイル
シリアから戻って逮捕された若者を裁く女性司法官の揺れ動く心情を描く。

3 Paris-Briançon
Philippe Bessonフィリップ・ベソン
パリとブリアンソンを結ぶ夜行列車の中ですれちがった人々が紡ぐ物語。

4 Numéro deux
David Foenkinos ダヴィド・フェンキノス
『ハリー・ポッター』映画化にあたり、主人公の選考で次点だった男のその後。

5 La Plus Secrète Mémoire des Hommes
Mohamed Mbougar Sarr モハメッド・ンブガール・サール
31歳のセネガル出身作家による、昨年のゴンクール賞受賞作。

6 Ton absence n'est que ténèbres
Jón Kalman Stefánsson ヨン・カルマン・ステファンソン
著者はアイスランド人。記憶を失った男の物語を通して生の意味を問う。

7 Une sortie honorable
Eric Vuillard エリック・ヴュイヤール
インドシナ戦争を舞台に、緻密な調査と簡潔な文体で各国間の駆け引きを描く。

8 S'adapter
Clara Dupont-Monod クララ・デュポンモノ
重い障害を負った子を抱える家庭の物語を石が語る。複数の文学賞受賞作。

9 L'Inconnue de la Seine
Guillaume Musso ギヨーム・ミュッソ
セーヌ川で溺れかけた女性の正体は? ベストセラー作家のサスペンス。

10 La Carte postale
Anne Berest アンヌ・ べレスト
送り主不明の一枚のはがきをたどる先に、ユダヤ人一家の過去が立ち上る。