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失われし故郷への相聞歌@パリ

Bestsellers 世界の書店から
photo: Semba Satoru

アフリカ中央部にブルンジという国がある。ルワンダとタンザニアとコンゴ(かつてのザイール)に挟まれた小国だ。ガエル・ファイの 『小さな国(Petit pays)』の舞台である。

昨年秋、権威あるゴンクール賞の最終候補に残った作品。賞は逃したものの、いまや本家と肩を並べて毎年話題をふりまく「高校生の選ぶゴンクール賞」に選ばれた。35歳になるルワンダ人ラップ歌手の処女作であることも耳目を引いた。

物語は、作者と同じように、ルワンダ人の母とフランス人企業家の父を持つ少年の目線で語られる。ツチ族、フツ族、ザイール人、西欧人、様々な民族が共存するブルンジで、マンゴーの濃厚な甘い香りに包まれ、少年は幸福な子ども時代を送っていた。ただ、遠くに見える不吉な雨雲のように、隣国ルワンダの終わりのない内戦が「小さな国」にも影を落としている。ルワンダからの亡命者である母は、フランスで安全に暮らすことを夢見ている。

アフリカの匂いがむせるように香り立ち、見たこともない遠い国が、まるでそこで生活しているかのように読者にも身近に感じられる前半部。そこから一転して、突如、主人公の日常に憎しみや暴力がなだれ込む後半部。1993年のクーデター、そしてツチ族とフツ族の殺し合いの連鎖に、「小さな国」の平和も粉々に砕け散る。一見無邪気な少年の語り口が、悲痛さをいっそう残酷に浮かび上がらせる。遊び友だちも分断され、敵か味方か、どちらかを選ばなければならない。その現実が、主人公の子ども時代の終幕を告げる。

主人公の少年同様、ファイもまた国を捨て、父の祖国フランスに逃げ込まねばならなかった。「戦争を逃れて亡命してきたアフリカ移民」というレッテルに傷つき、自分のアイデンティティーはそんなものじゃないと叫びたい思いに、ファイは長いこと苦しんだ。 歌うことと同様、書くことは、彼にとって少しも大げさではなく、生き延びるための手段だった。

「小さな国」は、無益な殺し合いや不安定な政治の悲惨さを訴える物語ではない。むしろ、失われてしまった故国、誰もが心に抱く遠いふるさとへの、胸が張り裂けんばかりの相聞歌として、耳の奥にいつまでも響き続ける。

次に紹介する二冊の作品は、どちらも殺人事件で幕を開ける。しかし、スリラーや探偵物ではない。日常の歯車がわずかに狂うことで、取り返しのつかない悲劇が起こる。その過程をそれぞれちがった手法で追求した作品だ。

レイラ・スリマニの『やさしい歌(Chanson douce)』は、ベビーシッターがふたりの子どもを殺害したという、アメリカで実際に起こった事件に着想を得たという。作者はまだ35歳の女性で、この作品で昨年のゴンクール賞を射止めた。

舞台はパリ。子どもふたりを産んだ後、弁護士の仕事に復帰しようと決意したミリアムは、理想的なベビーシッター、ルイーズに出会う。ルイーズは完璧に家事をこなし、どんなに遅く帰宅しても文句など言わず、子どもたちをしっかり見守ってくれる。ほとんどの女性が働くフランスで、週日はベビーシッターが、親より多くの時間を子どもたちと過ごす、こうした家庭は決して珍しくない。

ルイーズなくして、ミリアムの家庭は回らなくなる。ルイーズのおかげで、ミリアムと夫は存分に仕事に打ち込める。一方、ルイーズは夫に先立たれ、娘は、ぐれて蒸発してしまった身の上。 底なしの孤独と不安を抱える彼女にとっても、雇われた先の家庭はなくてはならないものになってゆく。

しだいに、雇用する側と雇用される側、頼る側と頼られる側の関係が微妙に変質してゆく。その変質の形に、いわく言いがたい恐ろしさが潜んでいる。ベビーシッターは、単なる子どもの世話係というだけではなく、社会的成功を目指すカップルの野心と家庭への愛情、そのふたつの間の桎梏(しっこく)や矛盾を体現するがゆえに、危険な存在ともなり得るのだ。


『刑法353条(Article 353 du code pénal)』は、不動産詐欺にはまって、プロモーターを船から突き落とし、殺人に至った男の話。予審判事の前で、男が事件を発端から淡々と語り出す、一人称の物語だ。 ブルターニュ半島突端の荒涼とした風景、海軍工廠の閉鎖でさびれてゆく町、小金を渡されて解雇された男たち、崩壊する家庭、父親の絶望を見つめる息子の視線。作者タンギー・ヴィエルの得意とする舞台設定だ。脂の乗り切った40代、その筆は冴えわたり、よどんだりつんのめったりする男の語り口、そこに時々はさまれる予審判事の反応や言葉が、ひとりの凡庸な男の人生、つまりは私たちの人生を、みごとに炙り出してゆく。



フランスのベストセラー(フィクション部門)
3月8日付L’Express誌より


1. L'amie prodigieuse(t.III)
Elena Ferrante エレナ・フェランテ
幼友だちの女性ふたりのその後を描く伊作家のナポリタン・シリーズ3巻目。

2. Nuit
Bernard Minier ベルナール・ミニエ
TVドラマにもなった『氷結』の警部が、今回は北欧を舞台に殺人犯を追う。

3. Ta deuxième vie commence quand tu comprends que tu n'en as qu'une
Raphaëlle Giordano ラファエル・ジョルダーノ
人生に行き詰まった人たちにスキルを伝授するコーチング小説。

4. Chanson douce
Leïla Slimani レイラ・スリマニ
ベビーシッターを雇ったことから起こるドラマ。昨年秋にゴンクール賞受賞。

5. Arrête avec tes mensonges
Philippe Besson フィリップ・ベッソン
80年代。地方の高校生だった同性愛者の悲痛な初恋を描く自伝的小説。

6. Petit pays
Gaël Faye ガエル・ファイ
アフリカでの幸せな子ども時代が内戦に引き裂かれる。ラッパーのデビュー作。

7. Le cas Malaussène
Daniel Pennac ダニエル・ペナック
1980年代から続くマロセーヌ・シリーズ。ペナック・ファン待望の新作。

8. Article 353 du code pénal
Tanguy Vielタンンギー・ヴィエル
殺人事件で逮捕された男が、予審判事の前で淡々と過去を振り返る 。

9. Dans l'ombre
Arnaldur Indridason アーナルデュル・インドリダソン
アイスランドの大御所ミステリー作家が三部作に挑む、その1巻目。

10. Les Furies
Lauren Groff ロラン・グロフ
オバマ大統領も推薦し、ロングセラーとなった米小説。