■2022年の世界の動き、スケジュールを押さえよう
中川:あけましておめでとうございます。
2021年6月から始まったこのコラム企画(計7回実施)。
年末には、2021年の世界を振り返る記事も掲載できました。
2022年もよろしくお願いします。
今年のこのコラム企画での私の目標は、より「オリジナリティ」を出していくことです。
多くの新聞・雑誌では、どうしても米中対立やアジアを中心に取り上げています。
もちろんそれも大事なんですけど、パックンにはやはりアメリカの外交・内政の動きを、他のメディア媒体より丁寧に説明していただきたいです。
私は外交官でしたが、今はシンクタンカーとビジネスコンサルタントをしています。
「国際情勢」と「ビジネス」視点という二刀流で、bizble読者層であるビジネスパーソンに、より有益な情報を届けたいと思います。
国際情勢の中では、私の専門である「中東」を軸に、世界の動きを見ていきたいと思います。
中国と中東はコインの表裏の関係だと思うんです。
アメリカ外交を語る際、ややもすると、直接的に「表」の中国を扱う傾向にあります。
ですが、アメリカはこの20年間、外交の相当なリソースを「テロとの戦い」「中東」に費やしてきました。
これらの課題をどう上手くマネージできるか。
中東という「裏」の情勢をしっかりフォローしておかないと、「表」の中国を正しく把握できません。
このコラムではもちろん表の中国も扱っていきますけど、絶えず裏も意識したいと思います。
加えて、エネルギーや原油の動向、コロナなど幅広く取り上げたいと思います。
また、メディアではあまり扱われていないネタもやりたいんです。
特に決めごとはなく、パックンと相談しながら進められればと思います。
もちろん、このコラムの原点にあるのは「分かりやすさ」です。
メディアで普通に出てくる専門知識、用語も丁寧に解説していきたいと思います。
今日は2022年の第1回なので、今年の世界の動き、そのスケジュールと注目点を洗い出します。
その後に、私たちのオリジナリティである、アメリカと中東の話に移りたいと思います。
まず1月20日、バイデン政権が2年目に突入しました。
バイデン大統領は3月1日に一般教書演説を行う予定で、その内容にも注目が集まります。
2月4日からは北京オリンピック。
外交的ボイコットの実際の動きがどうなるか。
3月は韓国の大統領選挙で、結果次第で日韓関係に影響が及びます。
4月はフランスの大統領選挙です。
6月にはG7首脳会議がドイツで開催されます。
2021年もこのコラムでは、G7とG20をよく扱いました。
メルケル首相の退陣した新生ドイツが、どこにプライオリティを置いてくるのか注目したいと思います。
2022年後半には、中国で5年に1度の共産党大会が予定されています。
1月13日に日本記者クラブで行われた記者会見で、林芳正外務大臣が「おそらく習近平氏が3期目も続投する」と述べました。
外務大臣の発言、見方には重みがあります。
10月にはG20首脳会議がインドネシアで開催されます。
そして11月8日には、今年最大のイベントかもしれませんが、アメリカの中間選挙があります。
最後に11月21日から、スポーツイベントですが、サッカーのワールドカップが中東カタールで始まります。
いつもは夏に開催しますが、カタールは夏が暑すぎるので、冬開催となりました。
地域的には、アメリカ、ヨーロッパ、ロシア、中国、朝鮮半島、インド太平洋、中東とあります。
テーマ的には、石油、OPEC、コロナ、SDGs、脱炭素、DXなど。
読者のみなさんには、まず多様なメニューを頭に入れていただきたいと思います。
その中でも昨年同様、アメリカ・バイデン政権の内政、外交の行方が鍵になると思います。
内政では最近、中間選挙に向けた郵便投票の方法をめぐるニュースが目立ちます。
共和党が各州議会で法改正を主導するなど、仕掛けてきているようです。
昨年も触れた教育問題では、CRT(Critical Race Theory=批判的人種理論。「差別は個人の心の問題だけでなく、法律や制度を通じて社会に組み込まれ、構造的に存在し続けている」という考え方)が新たな火種になっているようです。
不法移民問題で苦しむハリス副大統領の立場はどうなるのでしょうか。
関心は尽きませんが、パックンいかがでしょうか。
■今年の注目ポイントは「民主主義」対「権威主義」
パックン:今年もよろしくお願いします。
まず中川さんが説明された今年のメニューですが、スポーツファンとしては、北京オリンピックとカタールのサッカー・ワールドカップを楽しみたいと思います。
特に北京オリンピックに関しては、私は外交的ボイコットに賛成しますが、一方で視聴ボイコットまでするつもりはありません。
しかし、政治の世界では、昨年に続いて「民主主義」対「権威主義」「専制主義」の争いや対立が深刻な問題だと思います。
今年も注目ポイントになると思います。
先ほどのメニューにはありませんでしたが、ハンガリーでも今年4月に総選挙があります。
連続4期目を狙うオルバン首相が勝利できるか、その選挙を公平・公正に行えるかが注目です。
ハンガリーは今、明らかに民主主義が後退しています。
昨年12月にアメリカが主催した「民主主義サミット」にも招待されませんでした。
ハンガリーからは、トランプ前大統領とは良好な関係だったために、嫌がらせで呼ばれなかっただけだから招待されるべきだ、というクレームがありましたが、バイデン政権は受け入れませんでした。
ハンガリーの民主主義の後退傾向は、EU内でも批判の的になっています。
近くEUからの制裁もあるかもしれません。
EUは今まで、ハンガリーの非民主主義傾向を笑い飛ばしてきましたが、ハンガリーの行方はEU内の民主主義を揺るがす問題だ、と意識が変わってきました。
ハンガリー国民が総選挙でどう判断するのか、政権が公正な選挙を実施するのか、要注目です。
アジアでは、同様に非民主主義傾向の強いフィリピンの選挙が5月に実施予定です。
ドゥテルテ大統領の娘(サラ)さんが世論調査でトップでしたが、立候補を見送ったため、かつての独裁者マルコス元大統領の長男・ボンボン元上院議員がトップに躍り出ました。
いずれにせよ、フィリピンは民主主義国家からますます遠ざかっています。
さらに、インドで一番大きな州であるウッタルプラデシュ州(人口約2億人)でも選挙が予定されています。
モディ首相率いる政権与党の地盤で、現在、ヒンドゥー至上主義を強めている地域です。
今度の選挙で住民からどういう反応があるのか、民主主義の成熟度を測る上でも重要になると思います。
全国区の選挙は2年後ですが、今回の州選挙でモディ首相の与党が負けたら、軌道修正を迫られることになるでしょう。
圧勝なら、インド全体でもヒンドゥー・ファーストが強まり、イスラム教徒の立場は苦しくなっていくかもしれません。
いま挙げた3カ国だけでも、「民主主義」と「非民主主義」の戦いが見えると思います。
そういう意味で、今年はますます世界の二極化が進むかもしれません。
中国についても、北京オリンピックでの外交的ボイコットにひるむ様子はまったくありません。
アメリカと中国で、そのはざまにいる国を取り合う構図になるかもしれません。
1年後のこの対談では「2022年が大きな節目の年になった」と言っている可能性もあると思います。
中川:2021年12月の民主主義サミットの前に、中国はアメリカの民主主義を批判し、中国こそ民主主義をリードする、という決意を示しました。
その意味で今年は、アメリカ式民主主義と中国式民主主義の争いのスタートになるかもしれませんね。
パックン:民主主義という言葉は響きがいいんですよね。
共産主義国家でも、専制主義国家でも、理想として掲げています。
北朝鮮の正式名称も「朝鮮民主主義人民共和国」ですが、実際は民主主義でも人民共和国でもありません。
でもそれを国名に入れたくなるくらい、「民主主義」は魔法の言葉なんです。
これも先ほどのメニューにありませんでしたが、民主主義サミットは今年も開かれるはずで、こちらも注目です。
ハンガリーで強権のオルバン政権が負けた場合、民主主義の進展と見なされ、今年は招待されるかもしれません。
昨年招待されたフィリピンは、今年の選挙が公正に行われなかった場合、脱落するかもしれません。
一方、フィリピンはアメリカにとってアジアの大変重要な軍事パートナーでもあるので、難しい判断となりそうです。
■アメリカ中間選挙は世界の岐路に
パックン:今年のアメリカ内政は、すべて11月8日の中間選挙をにらんだものになりそうです。
アメリカ国内の選挙制度の問題があるほか、トランプ派が中間選挙で勝って、アメリカ自体が専制主義傾向に走る可能性もあります。
今年4月のフランス大統領選挙は、親EUのマクロン大統領と反EU派の戦いになります。
つまりヨーロッパ圏内での協力主義なのか、フランス・ファーストの孤立主義なのか。
マクロン氏は、ドイツのメルケル首相退任に伴い、事実上ヨーロッパのリーダーとされる存在です。
アメリカとフランスの今年の選挙は、世界の岐路にもなりうるイベントです。
中川:アメリカ国内の選挙制度の問題ですが、特に共和党が、郵便投票などを規制する州法を各州で定めようと動いています。
一方、バイデン大統領はこれを「投票権の抑圧」と批判しています。
中間選挙に向けた共和党の狙いは何でしょうか。
パックン:この問題は日本のみなさんから見れば、まったく解せないと思います。
例えば、ブルースター・カウンティ(Brewster County)というテキサス州の郡があるんですけど、面積は日本の都道府県で2番目に大きい岩手県を上回ります。
2020年に「郡に1つしか事前投票の投票箱を設置してはいけない」とテキサス州知事が決めました。
岩手県に1つしか投票箱がないのと同じです。
そうなると山岳部とかに住んでいる人は投票を諦めかねません。
投票する際の身分証明書提示の義務化、厳格化と合わせて、大きな投票抑制策になります。
2020年の大統領選挙では、コロナ禍もあって全部の州で郵便投票を可能にしました。
その結果、投票率がぐんと上がりました。
仮に郵便投票ができないとなると、投票所に行くしかないんです。
アメリカの選挙は日本とは違い、休日ではなく平日に行われます。
では平日に休みをとってまで、投票に行く人はどういう人でしょうか。
時給で働いている貧困層ではありません。
正社員とか中間管理職とか、わりとお金持ちの方でしょう。
なので郵便投票を禁止すると、お金持ちが投票して貧困層は投票しなくなると予想されます。
お金持ちは共和党、貧困層は民主党に投票する傾向にあります。
この傾向はアメリカの長い歴史でずっと続いているんです。
民主党は福祉制度強化を掲げ、労働組合の保護を主張します。
その支持者は貧困層が多く、この貧困層に投票させないというのが共和党の戦略なんです。
さらに都市部にある投票所の数を減らせば、その投票所には数時間待つような列ができます。
これも投票に行かせない作戦の1つです。
投票所で待っている人にお菓子や水を配ってはいけないという規制や、日曜日の投票を禁止する州まで出てきました。
先ほどの身分証明書の提示義務化も、どんな人が投票できるかをコントロールする手段です。
例えば、運転免許証を持っていればいいけど、車を運転しているのは田舎に住んでいる人や富裕層に多い。
彼らは圧倒的に共和党支持者です。
州によっては銃の保有免許も選挙の際の身分証明書として認められるんですが、これを持っているのも圧倒的に共和党支持者です。
では、学生証はどうでしょうか。
これも州の機関が発行していますが、州によっては選挙で身分証明書として認められません。
そして学生の多くは民主党に投票する傾向にあるのです。
アメリカでは大統領選挙、議会選挙とも州単位で運営します。
民主党が州議会多数派を占める州では、共和党に対抗する形で同じようにやればいいんですけど、民主党は公正さを重視するんです。
お人よしと言えるかもしれません。
例えば民主党が伝統的に強いカリフォルニア州議会は、公正さを保つために、選挙運営については第三者委員会を設置して決めることになっているのです。
中川:11月8日の中間選挙に向け、民主党はあくまでも公正さや民主的な制度を維持しようとするでしょう。
一方で共和党はいろいろなカードを切って、攻撃は激しさを増しそうですね。
バイデン政権、中間選挙で敗北か。党内に抵抗勢力も
パックン:正直、中間選挙でバイデン政権は絶望的です。
民主党の対抗策である、投票抑制策を禁じる連邦法を下院はすでに可決しました。
一方、定数100の上院では、50票+ハリス副大統領の票で、理論的には可決できるはずと思いきや、審議妨害策である「フィリバスター(filibuster=オランダ語で「海賊」を意味する言葉が由来)」が邪魔しています。
フィリバスターというのは本来、長時間の演説をすることで、採決に持ち込ませないよう邪魔するものです。
つまり、採決できなくするために、1人が延々としゃべらなきゃいけないという時代があったんです。
しかし今は「フィリバスターします」と宣言するだけで、採決させない仕組みになっています。
フィリバスターを止めるためには、現状のルールで60票必要です。
上院は民主党と共和党の勢力が拮抗していて、民主党はこの60票を確保できません。
そこで民主党は、このルールを変えようとしています。
フィリバスターの阻止をしやすくしようとするものです。
ところが、いずれも民主党の上院議員であるアリゾナ州のシネマ氏と、ウェストバージニア州のマンチン氏が、この変更にOKを出さないんです。
民主党内も一枚岩ではないということです。
一方で、フィリバスターの規則変更は両刃(もろは)の剣でもあります。
オバマ大統領時代、連邦判事の承認をめぐってフィリバスターで対抗する野党・共和党に対し、与党・民主党は、フィリバスターを阻止しやすくする規則変更をしました。
それにより、当時は民主党が多くの判事を決めることができました。
ところがその後、共和党のトランプ氏が大統領選に勝利すると、共和党は民主党以上に半端ない数の判事を決めました。
トランプ大統領時代の4年間で、オバマ大統領時代の8年間に近い数の承認ができました。
そして、共和党はさらにルール変更して、最高裁判事もフィリバスターを許さずに3人承認しました。
民主党がルール変更を始めたら、後で自ら痛い目にあった例です。
先ほどのシネマ議員とマンチン議員は、その再来を恐れて今回のルール変更に反対しているのか。
それとも、2人は以前からフィリバスターを維持すると公言しているから、それを守るためなのか。
本当のところは分かりません。
特にマンチン議員は、バイデン大統領の命運を握る、例の「大型経済政策(Build Back Better)法案」にも不支持を表明し、上院での通過を彼の1票で止めています。
この法案はすでに下院で可決されたんですが、上院では可決に必要な50票に1票足りていません。
それがマンチン議員というわけです(予算関連法案には特別ルールがあり、50票で通ることが認められている。ただし1会期1回のみ)。
マンチン議員はもともと、大型経済政策法案は予算規模が大きすぎる、と主張していました。
いわゆる「大きな政府」に反対していたのです。
ところが、その意見を尊重し、予算規模を当初の4兆ドルから1.7兆ドルに縮小した法案でも、まだ首を縦に振らないんです。
大型経済政策法案(福祉の充実、教育の無償化、富裕層に対する増税など)は、世論調査でも大変支持率の高い法案です。
にもかかわらず、野党・共和党の抵抗に加え、マンチン議員の党内反抗により、成立させられない状況にあるのです。
これらが、バイデン政権の前途は暗いと言わざるをえない理由です。
※この続きの【後編】はこちらからどうぞ。対談は1月14日に実施しました。(対談写真はいずれも上溝恭香撮影)
(この記事は朝日新聞社の経済メディア『bizble』から転載しました)