ロシアに接近する中国の和平案は茶番?ウクライナ侵攻終結の道筋は描けるか【後編】
最終回の後半では、ロシアに接近する中国の思惑と、ウクライナ侵攻の終結はどのように描けるかを考えます。(以下、敬称略)
中川 後編は、ウクライナ戦争についてです。すでに1年以上が経って、戦争の行方がどうなるのか、「独裁」を敷くプーチン大統領が勝つのか、民主主義陣営に支えられたゼレンスキー大統領が勝つのかは、今後の国際秩序を決する上でも最大の焦点だと思います。
欧米諸国では、プーチン政権が弱体化しているだとか、プーチン大統領が追い詰められているという論調、分析が多いですが、長く中東で勤務し、独裁国家の怖さを知っている私としては、独裁国家はそんなにやわではないということを強調しておきたいと思います。
そして長期戦になればなるほど、そのしぶとさを発揮していくと私は思います。もちろん、プーチン大統領も侵攻を始めた当初は、短期決戦で勝利できると考えていたふしはあり、誤算もあったと思いますが、その段階を過ぎて持久戦になれば、侵攻者側の意思決定の強さ、それが分散しないほど、有利になります。
例えば、2011年のアラブ諸国の民主化運動「アラブの春」では、反政府デモが最初に発生したチュニジアはベンアリ大統領(当時)がわずか数週間で亡命、エジプトもムバラク政権が3週間足らずで倒れました。ムバラク政権は早々とアメリア・オバマ政権から見放されました。ただシリアは、アサド政権が倒されそうになりましたけど、プーチン大統領の強力な介入、つまり軍事支援があって息を吹き返しました。今では、シリア国土のほとんどを制圧しています。
アメリカはその後、シリアから撤退する道を選びました。要は、独裁国家は外部勢力からの強力な介入がないと倒れないということです。その意味で、中国の習近平主席が、プーチン大統領をどこまで、どのように支えるのか、軍事支援を行うのかもポイントになります。
パックン シリアにおけるオバマ大統領の当時の判断は正しかったと僕は思っています。もしアメリカがロシアに対抗して、シリアに介入したら、それこそ代理戦争になっていたでしょう。ロシアとの大国同士の対戦を避けるためのオバマ大統領の判断は、弱腰に見えるけど、そうなったら、シリア、中東地域だけでなく、世界も巻き込む戦争に発展しかねなかったからです。
中川 今のウクライナも、シリアと同じ状況だと思うんです。アメリカは、ウクライナに軍事支援を行っても、米軍自身がウクライナに派遣されて、ロシア軍と戦うわけではないし、ましてやロシア本土に攻め入るわけでもありません。1991年の湾岸戦争、2001年のアフガニスタン戦争、2003年のイラク戦争と、アメリカは自身で戦ってきました。
でも、今はそうではない。良くも悪くも、今の世界は、その本質的なところが変わってしまったわけで、そこが、このウクライナ戦争を長期化させている大きな要因の一つで、さらに長期化する可能性があると私は思います。「力」による戦争を終わらせられるのは、やはり「力」しかないと私は思います。この戦争の行方を決めるのはやはり最後はアメリカ以外にはないと思うんです。
パックン この戦争は、独裁者に有利です。国力の差を比較すると、ウクライナはロシアの1/3ぐらいの人口だと思うんですけど、GDPでいうと、戦争前で1/10とかそれぐらいの大差を付けられています。一方、ウクライナには、巨額の欧米の支援が入っていて、それで何とか持ちこたえているんですが、長期的には、民主主義国家の民意が変わると、政府の立場も変わります。
各国政府の行動が変わって、支援が少しずつ減ってくる可能性もあります。この戦争が長期化すると、弱い立場のウクライナが、今みたいに前線を保てるかというと難しいかもしれません。戦場となっているウクライナの経済はガタガタで、GDPが半減しています。一方、ロシアは欧米の制裁下とは言え、抜け穴だらけで逆にGDPは緩やかに成長路線に戻っています。だから長期的には、このままだとウクライナは長持ちしないはずです。
だから、クリミア半島や東部地域(ドンバス地方)の一部を諦めてロシアの領土として認めて、そこで新しい国境を描き直すという妥協案も考えられます。もちろん、僕はこれを考えるだけでもとんでもない気持ち悪さを覚えますよ。悔しいし。
でも、自国民が多数死んで、国が焦土になるまで戦い続けて勝っても、何のために勝ったのかになりますよね。いつか合理的な妥協を選ぶ日が来るかもしれないと思っています。
でも今は、ウクライナ側もロシア側も、戦争を止めるほどの絶望感を抱いていないと思います。
僕は、ロシアが全面降伏することはまずないと思います。
なぜか。ロシアはこの戦争で、自国の領土をまったく傷つけていないからです。この戦争、仮にロシアがウクライナで奪った領土から追い出されたとしても、戦争に負けたことにはなりません。この戦争前のウクライナ領土であるクリミアまで奪還されたら、それは負けることになるかもしれないですけど、その可能性は1~5%ぐらいの非常に低い数字だと思います。
ですから、侵略戦争を起こして国際社会から反感をくらい、経済制裁とか軍事面以外の面でのダメージを受けることはあると思いますが、戦争に「負けた」と断言するのはたぶん非常に難しい。「侵略」は失敗に終わったとはなると思いますけど。
全面降伏しない限りは恐らく、ロシアが賠償に応じることもないでしょう。そうすると、誰があのウクライナを再建する責任を持つのか、それが欧米なのか。僕は、復興資金を立て替える代わりに、ロシアのエネルギー輸出に1割の復興税を課す案を提案しています。その代わりに、ほかの経済制裁は全部取り消し、エネルギー輸出にだけ10%復興税を納めてくださいという形だったらいけるかなと思っています。
中川 中国が2月に和平案を出しましたけど、誰がプーチン氏とゼレンスキー氏の間に入って止められるのかというこの点、トルコのエルドアン大統領が、地政学的にも有利な位置にいて、これまでも両国へのパイプも生かして、小麦の輸出の問題も国連と一緒に解決しました。
そこで、中国が双方の仲介者の役割を果たし得るのかどうか、今までは、ロシア寄りとの印象を世界に与えてきましたが、中国が本気でロシアを止めようと思ったら止められるのか。本当にプーチンにどこまでものを言えるのかという点は注目ですね。(注:習近平主席は3月20~22日にロシアを訪問)
パックン 中国とインドが対ロシア制裁回避に協力しなくなったら、それはロシアにとって、経済的に大きなダメージになると思うんですよ。あるいは、中国が、変な話、欧米側に並んでウクライナを支援するぞ、と宣言すれば、それでプーチン氏を止めることができるかもしれません。
しかし、プーチン氏と習近平氏は「真の友人だ」と公言しています。1年前の戦争開始前も、「無限の友好関係」を確認しています。それをいきなりウクライナを支援するというスタンスの転換は考えづらいです。中国が本気でこの戦争を早く終わらせたいのであれば、ロシア側に強力に加担して、「無限」の武器供給をすれば、ウクライナにとっては絶望的な展開になります。
しかし、ロシア側に加担した後の中国にうまみがあるわけではありません。世界から嫌われます。でもロシアを負けさせると、ゆくゆくは台湾問題などで自国の首を絞める、悪影響を与えかねないと思います。それはできないから、ロシアに緩やかな非軍事的支援をしながら自然な終戦を待つというところだと思います。
中川 そういう意味では、中国の和平案というのは完璧なパフォーマンスでしょうか。
パックン あれは茶番劇ですよ。侵略者の勝利を認めるものです。
中川 一国の指導者にとって、領土を譲るっていうことの怖さ、勇気は大変なものがあります。私も中東で、例えばパレスチナ問題をやって、今年は1993年のイスラエルとパレスチナが和解した「オスロ合意」から30年ですけど、当時のイスラエルの指導者であるラビン首相は、占領した領土をパレスチナに譲る決断をしたことで、合意が成立したわけですけど、その2年後の、1995年には、極右のイスラエル人青年により、ラビン首相は暗殺されました。
イスラエルの極右の考えでは、1948年のイスラエル建国時のすべての領土がイスラエルのもので、パレスチナに譲歩する余地はまったくない、つまりゼロサムゲームでした。領土を譲ると命を失う、これが中東の常識です。
ゼレンスキー大統領にとってみれば、国が焦土になっても領土を守るのかという問題があると思うんですが、ロシアに奪われた領土を、戦争を終わらせるために譲歩したとなれば、譲ったものは絶対に戻ってこないというのが中東の歴史から分かりますし、戦争っていうものの厳しさっていうのをすごく痛感します。日本ではなかなか領土の大切さ、命の大切さがまだまだ実感しにくいですね。日本が平和な社会なのは素晴らしいことだと思いますが、そういう点をこれからも考えていきたいと思います。
パックン 一方で、僕はいたずらに領土意識をあおるのもどうかと思うんです。確かに、日本も領土問題を抱えていますけど、領土を譲って平和が訪れる場合もあるんです。分かりやすいのは、フィンランドです。1939年、「冬の戦争」と呼ばれます。フィンランドは、今回のウクライナと同じような感じで当時のソ連から侵略されたんですけど、想像以上に、ソ連に応戦ができたんです。
侵略したロシアの方が戦没者、犠牲者をたくさん出して、一時期、フィンランドが優勢となったんですけど、そこで、いったん停戦して、再び交戦するタイミングに合わせて、フィンランドは領土をソ連に譲って終戦条約を結びました。
しかも、ソ連がもともと要求していた領土よりも多くの領土を差し出して、その後、70年以上の平和な関係が築けました。そういう例もあります。
ですから、領土を譲るという選択肢もゼレンスキー大統領にはあるんじゃないかなと私は思います。
今回のロシアの決意の固さも相当なものです。1979年、ソ連がアフガニスタンに侵攻した際には、ソ連軍の死者は約10年間で1万5000人ぐらいだったんですが、ウクライナ戦争は、この1年ほどで、ロシア軍はその10倍ぐらいの死者を出したという試算があります。それでも、撤退しない。
アフガニスタン侵攻の場合は、10年かかったんですけど、撤退しましたよね。でも、今回のウクライナ戦争は、1年でその10倍ぐらいのダメージをくらいながらも、撤退するようすはうかがえないんです。ロシアも、ウクライナの領土にすごくこだわっていることが分かります。領土の大切さ、領土を争う時の怖さは、本当にこの1年間のウクライナ戦争でよく分かったと思いますね。
中川 日本も今、周辺を北朝鮮、中国、ロシアと囲まれて、世界でも最も危険な国の一つと言われていますけど、そうした領土問題、また、戦争と平和とは何かについて、自分事として考えないといけない時代に突入したと私は思っています。世界のニュースに、絶えずアンテナを張って、自分の身の回りで起こっていることを肌で感じ、行動を起こしてほしい、それが、結果的には日本を戦争ではなく、平和に導くのではないかと私は思います。今回とりあえず20回でこのコラムを終わりますけど、またパックンとはね、いろんなところでこういう深いテーマもやっていきたいと思います。
パックン はい。ぜひぜひ。この「世界のニュース」の読者も、この先、国際問題にちょっと目を向けて、日本の政府の動き、メディアの動きにも少しでも影響を及ぼしていただければうれしいですよね。また、どこかで中川さんとも、こういう勉強になるような対談させてください。ありがとうございました。
(注)この対談は3月8日にオンラインで実施しました。対談写真は岡田晃奈撮影。