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習近平氏は「プーチン化」?胡錦濤氏が退席、慣例破りの3期目…松田康博教授の分析

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
中国共産党大会の閉幕式で、係員に腕をつかまれて退席を促される胡錦濤前総書記。隣には習近平総書記が座っていた
中国共産党大会の閉幕式で、係員に腕をつかまれて退席を促される胡錦濤前総書記。隣には習近平総書記が座っていた=2022年10月22日、北京の人民大会堂、金順姫撮影

胡錦濤氏が退席させられる一連のシーン=ロイター提供

――党大会の閉幕式で、胡錦濤前国家主席が退場する場面がありました。

体調不良という指摘もありますが、退場する足取りはしっかりしていました。外国メディアの入場を待って、抗議の意思を示し、内部の分裂をわざと国外に見せつけたのだと思います。

閉幕式は党中央委員メンバーが確定した後に行われました。そこには李克強首相と汪洋全国政治協商会議主席の名前がありませんでした。

胡錦濤氏は開幕式には柔和な表情で参加していました。おそらく、彼は途中まで、習氏に李克強氏らの留任も含めた妥協案を見せられていたのだと思います。

実際、外部では「汪洋氏の首相起用案」などのうわさが飛び交っていました。ところが、最後になって習氏に裏切られたため、胡氏はあのような行動に出たのだと思います。

李克強氏と汪洋氏
李克強氏(左)と汪洋氏=朝日新聞社

しかもこの段階ではまだ、胡錦濤氏に近い共産主義青年団出身の胡春華副首相が中央委員に選出され、政治局常務委員会入りする可能性がまだ残っていました。

それが、党大会直後の第1回中央委員会総会で、逆に政治局からも排除されていることが判明しました。

胡錦濤氏にしてみれば、「だまし討ちに遭った」に等しい思いだったでしょう。習氏に抵抗する勢力は、おそらくこうして排除され、大勢は決したのだと考えられます。

その代わり、習氏に近い李強・上海市党委員会書記が政治局常務委員に起用され、序列第二位になりました。

李強氏は年内に開かれる全国人民代表大会(全人代)常務委員会で副首相になり、来年3月に首相に就任するかもしれません。

昨年の全人代で、全人代組織法が改定され、5年に1度の本大会ではなく、2カ月に1回の常務委員会でも副総理を交代できるようになりました。おそらく、この時から李強氏の起用を考えて準備していたのでしょう。

――今回の共産党大会は中国の内政にどのような影響を与えるでしょうか。

鄧小平氏の改革以降、中国は30年にわたって「長老の意見の尊重」「バランスを重視した人事」「年齢制限」「後継者育成」などのルールを積み上げてきました。

習近平氏は、それらのすべてを破壊してしまいました。今後、中国ではルール無用のむき出しの権力闘争しか残らないでしょう。

さらに、習氏は今回の人事で、市場メカニズムや国際ルールを尊重する経済テクノクラートを排除しました。おそらく「共産党の天下を潰さないため」でしょう。

今後は、共産党の利益のみを考え、市場メカニズムや国際ルールを軽視した経済政策運営を行うでしょう。

習近平氏は今後、4期目どころか、恐らく死ぬまで指導者の地位にとどまるでしょう。

4期目以降、政治局常務委員ではなく、毛沢東時代をまねて党主席ポストをつくり、人前に出ない指導者になっていく可能性があります。

その方が権威を高め、会議や演説なども減らすことができるため、体力を温存できます

中国国内にはもちろん、反発する声もあります。しかし、SNSで不穏な情報を発信したら、すぐにアカウントを抹消されてしまいます。

「ゼロ・コロナ」政策を理由に導入した携帯電話のアプリで、全国民を1日24時間、365日にわたって監視し、行動を制限できる制度を作り上げてしまいました。

当局にとって都合の悪い人間をすぐに拘束できますから、誰も抵抗できません。

――対米関係はどうなりそうですか。

楊潔篪中央政治局委員の代わりに、王毅外相が中国外交のトップに就きます。外交の連続性は担保されますが、40年以上対米外交のキャリアがある楊氏に比べ、王氏は英語力や対米人脈が十分ではありません。

中国の建国70周年の式典に参加した王毅国務委員兼外相(左)とグテーレス国連事務総長=昨年9月、米ニューヨークの国連本部、藤原学思撮影

外交部長(外相)の人選にもよりますが、米国とのパイプは細るかもしれません。

米国が呼びかけている核兵器を搭載できる中距離弾道ミサイルの削減交渉には応じないでしょう。

現時点で中国が約300発を配備しているとされるのに対し、米国はゼロです。この有利な状況を自ら放棄することは考えられません。

核軍縮交渉にも応じないでしょう。中国は、ウクライナ危機を見ています。米国がロシアのウクライナ侵攻に直接介入しなかったのは、プーチン大統領による核の脅しが効果を上げたからだと考えています。

ロシア軍による住民らへの虐殺が起きたとウクライナが主張するキーウ近郊のブチャ。両軍が激しく戦った通りには、黒ずんだ焼け跡が残っていた
ロシア軍による住民らへの虐殺が起きたとウクライナが主張するキーウ近郊のブチャ。両軍が激しく戦った通りには、黒ずんだ焼け跡が残っていた=4月8日、竹花徹朗撮影

米国がロシアとの軍備管理で手足が縛られている一方で、中国には何の制約もありません。中国は台湾有事の際、米国に介入させないだけの核保有の増強を急ぐでしょう。

一方、ウクライナを巡って、ロシアに軍事支援をしない従来の立場は維持するでしょう。中国の産業は西側経済と結びついています。米国のセカンダリー・ボイコットを避ける必要があるからです。

ただ、半導体のように軍用にも使えるデュアル・ユース(軍民両用)製品の提供はすでに、ひそかに行っているかもしれません。

――北朝鮮の7回目の核実験が迫っているという情報がありますが、中国は北朝鮮の核保有を認めるでしょうか。

中国は北朝鮮の核保有を支持せず、不快感も示すかもしれませんが、黙認する可能性が高いと思います。

北朝鮮が核実験に踏み切った場合、国連安全保障理事会で新たな制裁決議を提案しても、中国は決議を棄権するでしょう。

そればかりか、ロシアのように拒否権を行使する可能性すら否定できません。

いずれにしても、北朝鮮を支持するなかで、核開発だけは許さないとしてきた中国の戦略の大きな転換になると思います。

新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」の試射を指導する金正恩・朝鮮労働党総書記。朝鮮中央通信が配信した
新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」の試射を指導する金正恩・朝鮮労働党総書記。朝鮮中央通信が配信した=2022年3月、朝鮮通信

――台湾情勢にはどのような影響を与えますか。

中国は依然、「平和統一」を目指していますが、話し合いによる合意形成ではなく、軍事力委を背景にして相手を屈服させる「強制的平和統一」にかじを切ったと思います。

そのため、中国は現在猛烈な軍事力の増強を続けています。

中国が台湾を武力統一するためには、まだ空軍力や海軍力が十分ではありません。中国は、台湾占領に必要な強襲揚陸艦を8隻保有する計画を持っていますが、まだ3隻目が就役したばかりです。

台湾も非対称戦能力を積み上げていますから、武力侵攻は容易ではないでしょう。

従って、今後数年のうちに、台湾に全面侵攻する蓋然性は低いと思います。習近平氏は今後、最低で10年間は指導者の地位にとどまるつもりでしょうから、焦る必要はありません。

当面は軍事力を強化しながら、米国で孤立主義的な傾向を持つ、くみしやすい政権が登場するのを待つと思います。

――日本は中国とどう付き合えばよいのでしょうか。

習近平氏は日中関係を好転させたいと思っています。米国との戦略的対立のなかで、日本はまだ利用価値があると考えているからです。

ただ、日本が懸念を深めている尖閣諸島の領有権問題で譲歩する考えはありません。

尖閣諸島問題で日本を屈服させたうえで、日中関係を良くしたいという独善的な態度です。こんな状況で日中関係が好転することは考えにくいでしょう。

尖閣諸島の(手前から)南小島、北小島、魚釣島
尖閣諸島の(手前から)南小島、北小島、魚釣島=2012年9月、沖縄県・尖閣諸島、朝日新聞社機から

日本が今やるべきことは、米国などと協力して、中国による台湾への武力行使のコストとリスクを高めることです。

習近平氏が最も重視しているのは共産党支配の継続です。「台湾に武力侵攻すれば、米国などの介入を招き、共産党支配がかえって崩れてしまう」と思わせれば、中国の武力侵攻を遅らせたり、抑止できたりします。

そのために、日本は防衛力を強化する必要があります。日本はほぼ確実に、台湾有事に巻き込まれると思うからです。

在日米軍を攻撃すれば、それは対日本攻撃を意味します。日本の防衛力が強ければ強いほど、中国は反撃を恐れて二の足を踏むのです。

防衛費の増額は1兆円か2兆円かという議論ですが、ウクライナを見ればわかるように、戦争が実際に起きれば、簡単に100兆円規模の被害が発生します。金額を惜しんでいる場合ではありません。

日本は防衛関連施設の抗たん性を高め、継戦能力を強化し、反撃能力を保有するなどの努力を進めるなど、抜本的な防衛力強化に踏み切るべきです。

そのうえで、米国が必ず、東アジアの安全保障に関与するよう、同盟関係を強化していくべきです。

習近平氏がこれまで積み上げたルールを全て破壊し、また経済や対外関係を悪化させ続けることで、「ポスト習近平」の中国は混乱に陥り、対台湾武力行使の余裕などなくなる可能性があります。

それまでの間、日本は米国などと協力して抑止力を増強して時間を稼ぐことが何よりも重要になると思います。