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尹錫悦氏が大統領を罷免される 韓国憲法裁判所が全員一致、60日以内に大統領選

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
大統領職を罷免された尹錫悦氏
大統領職を罷免された尹錫悦氏=2022年3月18日、ソウル、東亜日報提供

韓国憲法裁判所は4月4日、尹錫悦(ユンソンニョル)大統領に対する弾劾訴追を裁判官8人(欠員1)の全員一致で認めた。尹氏は即日、大統領職を罷免された。弾劾によって罷免された韓国大統領は2017年3月の朴槿恵(パククネ)氏以来、2人目。韓国では60日以内に次期大統領選が行われるが、現時点では進歩(革新)勢力の最大野党「共に民主党」の李在明(イジェミョン)代表が有力視されている。今回の弾劾審判は、韓国で深刻化する政治の両極化を浮き彫りにした。トランプ米政権の登場で米韓同盟が不安定になるなか、韓国は厳しい局面に立たされている。(牧野愛博)

韓国国会は、昨年12月3日に尹氏が宣布した非常戒厳が韓国憲法に反する行為だったとして同月14日に弾劾訴追を決議していた。法律論でみた場合、当初から尹氏の大統領職罷免は動かないとみられていた。当時、憲法が非常戒厳の前提とする戦争状態や大きな事変が起きていたとは言い難いほか、手続きとして必要な国務会議(閣議)の開催に不備があったことや、尹氏が非常戒厳下でも政治活動の自由が保障されている国会議員らの拘束を目指したことなど、「数多くの明白な証拠」(韓国政府元高官)がそろっていたからだ。憲法裁も4日、今回の非常戒厳が憲法の要件や手続きに反し、司法権の独立や軍統帥権、国民の基本的人権などを侵害したと断定した。

ところが、おおかたの予想に反して、憲法裁の審理は非常に慎重だった。

自ら出廷した尹氏が長時間にわたって展開した主張を遮ることなく、最後まで聴取した。当初、「2月中にも」と言われていた審判は3月半ばまでずれ込んだ。3月も当初は「14日」と言われていた日程が、最終的に4月4日にずれ込んだ。

共に民主党議員の一人は、憲法裁の審理が慎重になった背景について「激化する韓国の政治対立への配慮だ」と語る。弾劾が認められれば保守勢力、棄却・却下されれば進歩勢力が黙っていない。審理結果がどうなろうと政治的な不満が出る以上、審理の過程が批判を受けないよう、「審理を尽くした結果だ」と世論に納得してもらう必要があったというわけだ。4日もソウル市内では尹氏の支持派と反対派が集会を続け、警察官1万4千人が動員されて厳戒態勢を敷いた。

実際、憲法裁の結論が出る直前の14日、来日した保守勢力の幹部は「弾劾訴追が棄却・却下されるのは間違いない」と確信に似た言葉を漏らしていた。共に民主党議員の一人は「政治的な対立が激しくなりすぎて、自分たちの陣営に都合の良い話しかしなくなった結果だ」と語る。

尹氏は大統領職を罷免された。韓国世論の関心は弾劾の是非から、5月中にも実施されるとみられる大統領選挙に移る。尹氏に対する関心は急速に低下し、今後、数年間は続くとみられる内乱罪を巡る公判の際に話題になる程度の存在になるだろう。

現在、有力視されている次期大統領候補は共に民主党の李在明代表だ。李氏は前回2022年の大統領選挙の過程で虚偽の発言をしたとして、公職選挙法違反事件を抱えていたが、3月26日の二審判決で無罪を勝ち取った。一審は、李氏に懲役1年執行猶予2年の有罪判決を出しており、そのまま大法院(最高裁)で有罪が確定すれば、李氏は大統領選の被選挙人資格を失う。

ただ、大統領選前に最高裁判決が出る可能性はほとんどない。野党陣営では一審の有罪判決自体が、李氏追い落としを狙った「政治弾圧」という見方が強く、李氏が二審でも有罪判決を受けても、そのまま李氏が大統領選に立候補するだろう。大統領選では、保守勢力が候補を一本化するならともかく、現在は、与党「国民の力」元代表で、現在は改革新党代表を務める李俊錫氏が立候補の考えを崩していない。このまま選挙戦が進めば、李在明氏が当選する可能性が極めて高い。

5月にも誕生する韓国新政権の課題は米韓関係だ。韓国内には、日韓関係を極度に悪化させた文在寅政権の政策に対する批判が依然残る。尹政権が改善に成功した日韓関係には現在、関係を新たに悪化させる大きな政治課題はない。李在明氏は「政治的な支持を得ることを最大の目標にする政治家」(側近の一人)であり、世論が大きく支持しない限り、日本に攻撃的な政策は取らないだろう。

問題は米韓関係だ。韓国が北朝鮮の核兵器の脅威の中に取り残される危険が高まっているからだ。トランプ米大統領は1月20日の就任以降たびたび、北朝鮮を「核保有国」と呼んでいる。北朝鮮の核保有を黙認して米朝国交正常化を実現し、念願のノーベル平和賞の受賞を狙うつもりのようだ。

この考えは、トランプ氏の個人的野心によるものだが、トランプ政権の安全保障戦略にも合致している。国防総省ナンバー3の国防次官(政策担当)に指名されたエルブリッジ・コルビー氏の承認に向けた公聴会が3月4日、上院軍事委員会で開かれた。

コルビー氏は韓国について「はるかに強力な軍隊を保有した信頼できるモデル」と持ち上げた。防衛省幹部は「米国の総力を中国に集中して対抗する一正面作戦こそ、コルビー氏らトランプ政権の安全保障戦略。ロシアや北朝鮮とは安定した関係を築きたいと考えている」と語る。

そのうえで、もし北朝鮮が暴発した場合は、韓国軍にすべてを任せたいと考えているようだ。それがコルビー氏による「韓国と韓国軍への称賛」につながっている。

米朝国交正常化による北朝鮮核の黙認という事態は、北朝鮮の核・ミサイルの脅威にさらされている日本と韓国の国益を大きく損なう可能性がある。日本と韓国は協力し、そのような戦略を取らないよう、機会があるたびに米国を説得する必要がある。