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「中国共産党が日本の学問の自由を浸食」専門家が危機感 北海道教育大の元教授拘束から2年

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中国当局に拘束された袁克勤さん=袁さんの長男、成驥(せいき)さん提供
中国当局に拘束された袁克勤さん=袁さんの長男、成驥(せいき)さん提供

鈴木賢・明治大供給=ハフポスト日本版提供
鈴木賢・明治大供給=ハフポスト日本版提供

――中国政府は袁さんをスパイ罪で起訴した、と発表していますが、詳しい内容はわかりません。いったい何が問題視されたのでしょうか。

袁さんがしていた研究は1940~1950年代の東アジアを扱っていて、特に中華民国が台湾に移り、日本と講和を結んだころの歴史研究なんです。

中国政府にとってはデリケートな台湾問題に関係しているわけです。推測でしかないのですが、当然、研究上の資料収集などもそのあたりに関係するでしょうから、それがスパイの容疑になったのではないかなと想像します。

実は今、特に歴史研究者は中国当局から警戒されており、危険が高まっていると思います。実証的にやる研究者ほど危ない。というのも、歴史というのは共産党にとってはすごく重要なものだからです。

中国共産党は歴史の「解釈権」を独占し、「物語」を作り上げて政権を正当化してきたわけですね。従って、学者が研究という形で新たな事実の掘り起こしなどをすることを非常に嫌います。自分たちの正当性が切り崩されかねないので。袁さんの事件から4カ月後に拘束された北海道大の教授も専門が近現代史です。

共産党はよく、自分たちが政権を握っていることについて「歴史が選択した」と言うわけです。

でも、中国共産党が言う歴史って実証性がないんですよ。「物語」ありきだから。党に都合のいいようにつないで、物語を構成しているだけ。生の資料から立ち上がっているものではないのです。

だから、実は「歴史は共産党を選択していたとは言えない」ということになると都合が悪いんですよね。全部ちゃぶ台返しになっちゃう。

これは民主化されていない独裁体制の宿命だと思いますね。民主化されていれば、政党は選挙によって政権の正統性を獲得するわけですが、一党独裁を続ける中国共産党は、ずっと歴史にこだわらざるを得ないんです。

最近も、革命で重要な役割を果たしたとされる英雄たちを侮辱する行為を罰する法律というものができました。この法律によれば、新たな歴史的事実を発見しただけなのに、侮辱だとして処罰されかねないわけです。

歴史の研究をしていると、英雄とされてきた人には実は知られざるとんでもない一面があった、みたいな話はよくあるし、その意味で歴史の新たな見直しみたいなことはどんどん進められるんですが、そういうことを法律で禁止しているわけですね。

特定の歴史観を押しつけているわけですが、そういう意味では、日本の侵略の歴史も彼らにとってはすごく大事です。それが人々のナショナリズムを支える上で、非常に利用価値がある。

そうやって形成されたナショナリズムが今度は政治の正統性をさらに強める。だから中国は日本に対し、ことあるごとに歴史問題を繰り返し持ち出すのです。

――袁さんの処分をめぐっては、不起訴が2回あり、ようやく3回目で起訴されたことがわかっています。

当局としても拘束したものの、結局、罪に問える事実をつかんでなかったんじゃないでしょうか。一方で、袁さんは芯の強い性格で、身に覚えのない罪を認めるような人ではない。

ここまで拘束しておいてやっぱり何もありませんでした、お帰り下さいというわけにはいかないのでしょう。だから何か起訴するための理由を必死で見つけようとしたんじゃないですかね。だからこそ時間もかかった。

ただ、中国の刑事政策では、最後まで抵抗する人に対してはより重く、罪を認めるものには寛大に処罰することになっています。

黙秘権もありません。刑事訴訟法には「真実を供述する義務がある」と規定されています。黙秘は真実を供述する義務を果たしていないとみなされ、重く処罰されます。だから袁先生の処遇も気がかりです。

――鈴木さん自身も研究テーマが中国に関係しています。袁さんの事件をどう受け止めていますか。

明日は我が身だと思いましたね。中国に行けばいつ捕まるかわからない状況だなと。しかも僕の研究は台湾にも関係しているから、中国共産党にとってはあまり面白くない人物だと思います。

以前からそう思って中国を行き来していました。実際、一度短時間ですが拘束されたこともあります。ただ、私は信念として、捕まるかもしれないということで、自分の活動を控えるとか、わきまえるような人間ではありません。それだけに当面は中国には行けないなという感じですね。

私に限らず、これは袁先生だけの問題とは考えない方がいいと思います。日本で研究している中国研究者全体の問題だと受け止める必要があります。今の状況では、日本の学問の自由が中国共産党によってどんどん浸食されてしまうでしょう。

これまでも、中国籍の方を含め、日本で中国研究をしている人たちは複数人拘束されているわけですが、彼らは解放されたあと、なぜ捕まったのか、どういう取り調べを受けたのか、どうして帰れたのか、当局から何を言われているのか、一切何も言わないんです。

もちろん、それだけ脅されているんでしょうから同情もしますけど、それでも我々にはなぜ拘束されたのかが一切わからず、臆測だけが広がる。中国共産党に目を付けられるようなことを書いたり、発言したりしないよう自己規制してしまうようになる。

捕まえたのは1人や2人だとしても、それによって日本にいるほかの中国関係の研究者からも学問の自由を奪うことができると。これはまずいなと思いました。

私が見るところ、中国関係の研究者たちは、日本人も含めて共産党の顔色をうかがっている人が大部分です。

「中国に行けなくなるのではないか」「交流ができなくなるのではないか」「自分の研究活動にマイナスになるのではないか」、そういう心配をして、自己規制している人が多いです。

特に在日中国人の学者たちは、ほとんど安心して帰国できないのではないでしょうか。結果的に御用学者のようになってしまう人もいます。共産党の嫌がるようなことは言わない。そういう研究はそもそもしないという方向に。

中国の国内ではとっくにそうなっていて、日本にいる学者たちもそうなりつつあるということです。これこそ中国共産党の思うつぼです。

ですから、とにかく袁先生の件は日本で関心が持たれていて、強い抗議の声が上がっているということを中国政府に見せなければならない。そうすることで袁先生の解放にもつながと思います。

袁克勤さん(左)と妻(中央)、成驥さん=2017年7月、成驥さん提供
袁克勤さん(左)と妻(中央)、成驥さん=2017年7月、成驥さん提供

――言論や学問の自由に対する締め付けは、習近平体制になってから厳しくなったのでしょうか。

そうですね。明らかに変わりました。国家安全関係の法律もどんどんできています。国家と言うけど、それはミスリーディングですね。

正確には一党独裁安全。今の中国は党と国家が一体化しているので、国家安全とはすなわち党の安全ということです。

習政権はなぜ締め付けを強化しているのか。私が思うに、一党体制を維持することに対する危機感が高まっているんだと思います。

習近平氏は国家主席の任期を撤廃し、来年の党大会でさらに次の任期も最高権力者として居続けようとしているでしょう。今のうちに異論を徹底的に排除し、盤石の体制で次の任期に入りたいと思っているのではないでしょうか。

そして危機感というのは、一つには経済成長の鈍化です。これまでは経済発展によって共産党は正統性を獲得してきたわけです。しかし成長率はしだいに落ちています。

日々生活が豊かになっているから消極的ではあれ、共産党を支持しているという国民は多いでしょう。でも経済発展が終わったら、それが一気に瓦解に向かう可能性がある。そんなことを予見して、あらかじめ手を打っているんだと思いますね。ものすごい深慮遠謀です。

それに共産党の情報網はものすごいので、私たちの考えがおよびえない危機感があるのかもしれません。中国は今や、あらゆるものがデジタル化されていて、それにより収集された当局の情報の量と質はすごい。

体制の危機につながりかねない情報というのもたくさんあるのでしょう。それを先取りし、対応していくことが政権延命にとって必要だと考えているはずです。

――日本政府に何を求めますか。

在外公館にとっては邦人保護が優先事項です。邦人であれば大使館関係者が定期的に会うこともできる。ところが袁先生は中国籍なので面会できてないし、中国側としても会わせる義務はない。

そうは言っても日本の大学に25年以上も勤めてこられた研究者ですから、国籍が違うというだけで簡単に切り捨ててしまっていいわけがありません。

しかも先ほど言った通り、日本における学術分野に対する萎縮効果というのは著しいわけです。日本の学問の自由が制約されているわけで、これは日本の問題とも言えます。

ただ、表立って日本政府が動くのは正直やりにくいですよね。内政干渉にもなりかねないし。難しいです。

今後はおそらく、日本国籍を取る中国人の研究者が増えてくるんじゃないでしょうか。研究のために中国に行かなかったとしても、家族がいれば帰らないわけにはいかない。だけどこの状況ではとてもじゃないですが怖くて帰れない。

日本国籍を取っていれば、仮に拘束されたとしてもいろんな支援を受けられます。日本政府も助けてくれるでしょう。

そもそも捕まえること自体のハードルも高くなります。外交問題になるので。