これまでのオリンピックでは、世界最大のスポーツと平和の祭典の開催を祝うことを名目にして、ホスト国に各国首脳や国家元首が訪問することを常としていた。
開会式前後には2国間のトップ会談が開かれ、これまでの友好関係を確認し、今後の経済・文化分野での発展を話し合う華やかなレセプションめいた外交劇が繰り広げられる。
昨年夏に行われた東京オリンピックでもコロナ禍にもかかわらず、世界各国から首脳が訪れ、菅義偉首相(当時)とのトップ会談が行われた。
そもそもオリンピックの夏季大会と冬季大会は競技数と参加国数に差がある。冬季は常夏の国々の参加は少ないからだ。そのため、開催国が展開するオリンピック外交の規模感も大きく違ってくる。
従って、同じ北京オリンピックでも2008年夏季大会と2022年冬季大会を単純に比較することはできないが、それでも2022年大会のVIP出席者は、同じ冬季オリンピックの2014年ロシア・ソチ大会の44人(首脳のみの人数)と比べても少ない。
また、オリンピック史上類を見ない外交劇が繰り広げられた2008年大会のオリンピック外交があまりにも派手すぎたために、今大会との明らかな格差がむしろ浮き彫りになってしまう。
中国現代史にも輝かしい1ページを刻んだ2008年大会開会式の光景は今でも世界中の人々の記憶に残っている。
VIP出席者だけを見てもそうそうたる顔ぶれで、発展していく中国の存在感を国際社会に示した。これだけの海外要人が一度に集まるのは建国史上、初めてのことでもあった。訪中した主な各国首脳は以下の通りになる(肩書はいずれも当時)。
アメリカ=ブッシュ大統領
日本=福田康夫首相
フランス=サルコジ大統領
ロシア=プーチン首相
ブラジル=ルラ大統領
オーストラリア=ラッド首相
韓国=李明博大統領
北朝鮮=金永南最高人民会議常任委員長
イスラエル=ペレス大統領
タイ=サマック首相
フィリピン=アロヨ大統領
アフガニスタン=カルザイ大統領
アルジェリア=ブーテフリカ大統領
コンゴ=カビラ大統領
開会式当日の8月8日の昼、胡錦濤・国家主席と夫人が北京の人民大会堂内の赤じゅうたんの上に立ち、その横には、各国首脳や夫人らが100人以上ずらりと列をつくって並んだ。
各国首脳は自分の順番が来ると、胡夫妻と握手をして、笑顔で記念撮影。「朝貢」とも揶揄されたこの儀式が繰り返される様子を、国営放送が延々と生中継で伝え続けた。
まったく違うのはアメリカとの関係だ。当時のジョージ・ブッシュ大統領は妻のローラ夫人、父のジョージ・H・W・ブッシュ元大統領ら一家6人が同行し、北京には4泊5日の滞在となった。
ブッシュ大統領自身がスポーツ好きであり、もう任期が半年しかないという政権最終年次での訪中という特異な状況にあったものの、これは米中関係が険悪ではない証拠であり、敵対視政策を取るバイデン政権とは明らかに状況が異なっている。
胡錦濤氏は2012年に国家主席の座を習近平氏にゆずった。今回の外交的ボイコットは中国国内でウイグル族に対するジェノサイド(大量虐殺)を主張するバイデン政権が音頭を取って、欧州諸国、日本、オーストラリアなどに広がった経緯もあり、2022年大会開会式の光景は「赤点」がついた習政権の成績簿の現れでもあるのだ。
一方、今回の北京オリンピックは欧米の対中包囲網が敷かれる中で、ロシアとの関係強化をアピールする場としても使われそうだ。
そのため、開会式当日のもう一つのメーンイベントとなる中ロ首脳会談で、習主席やプーチン大統領がどんなことを発言し、アメリカ主導の国際秩序にどのように抗議するのかが、2022年の国際社会の行く末を占う意味で大きなポイントとなる。
2014年ソチ大会でも2人は首脳会談を行い、翌年に控えた第二次世界大戦から70年の節目のタイミングでの2国間の結束ぶりを確認し合った。会談ではプーチン氏が「ナチスの欧州侵略と日本軍が中国などで犯した罪を忘れてはならない」と言えば、習氏は「戦勝70周年式典で歴史を明記し、後世に伝える」とけん制した。
ロシアはまたもやオリンピック期間を境にして、隣国ウクライナへの武力侵攻の可能性が取りざたされている。かたや中国にとっては、2022年秋の共産党大会で習氏の3期目続投が正式に決まれば、今度は台湾への軍事圧力を高めるシナリオも浮かび上がっている。
2022年北京オリンピックの開会式は、そうした国際社会の対立の構造を映し出す一幕にもなりそうだ。