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報道機関の「中抜き」始まった 選手も支援企業も独自に発信…東京五輪が歴史的なわけ

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東京オリンピックの閉会式で入場後、スマホで撮影する選手たち=8月8日、国立競技場、池田良撮影
東京オリンピックの閉会式で入場後、スマホで撮影する選手たち=8月8日、国立競技場、池田良撮影

筆者は、大会ごとに試行されたり、汎用化されたりするテクノロジーや最新システムを「オリンピック・イノベーション」と呼んでいる。

大会は各国から記者やカメラマンが開催都市に訪れ、イベントや試合を通じて世界中の人々がその瞬間を目撃する。各企業は大会にあわせて、「推(お)し」の自社商品を開発したり、しゃれたCMを作って存在感をアピールする。

イノベーションはオリンピックが内包するそうした同時性をきっかけに、一気に世界に爆発して広がっていく可能性を秘めている。

このイノベーションは近年、メディアと大会の主役である選手との関係を劇的に変えている。ソーシャルメディアの普及により、今や選手たちがメディアを「中抜き」する形で情報発信することができるようになったのだ。

国際オリンピック委員会(IOC)は2012年ロンドン大会から、選手が大会期間中にSNSを活用することを認めた。東京大会でも選手によるSNS発信が格段に増えた。

すでに各競技の著名選手たちは公式SNSを持ち、すでにインフルエンサーとしての地位を確立しており、反響は即時、大きなものとなる。

既存メディアはそうした選手のSNS発信を「後追い」報道する傾向がより顕著になった。

例えば、聖火ランナーを務めた大坂なおみ選手はツイッターのフォロワー数が117万人。インスタグラムは285万人。聖火台に聖火を点灯した約2時間後の7月24日午前1時すぎ、大坂選手はSNSに「間違いなく、私の人生の中で最も素晴らしいアスリートとしての成果であり名誉です。この気持ちを表す言葉は見当たりませんが、感謝で胸がいっぱいです」と投稿した。

このメッセージを新聞やテレビなどの既存メディアは一斉に引用した。大役を果たした心境を本人への取材なしで読者や視聴者、ユーザーらに届けることになった。

開会式で聖火台に点火した大坂なおみ選手=7月23日、国立競技場
開会式で聖火台に点火した大坂なおみ選手=7月23日、国立競技場

これまでは大会中、制限エリアを自由に行き来できる取材パスを持った記者たちが選手の肉声を聞き取り、メディアはそれを人々に届けていた。それはある種の「独占権」だったが、当事者たちが直接発信できるようになり、取材パスの「優位性」はかつてほどなくなりつつある。

音声SNSと言われるクラブハウスでも、現役選手が、サポーターが作った「部屋」に訪れることもあり、選手村や練習場からの生の報告を受け取ることもあった。試合中には、テレビ中継をみながら、クラブハウスにユーザーが集まり、スポーツバーのように一緒に観戦。居住場所が違えど、スマホを片手に歓声や感想を述べながら、試合を楽しんだ。

こうしたイノベーションは、ファンにとってより身近にオリパラを感じることができる利点がある。新聞やテレビなどのオールドメディアを頼らなくても意中の選手の動向を直接把握したり、双方向で声を届けて臨場感を味わったりすることができる。

既存のメディアが中抜きされたケースがほかにもあった。

アメリカ体操界のスター、シモーン・バイルス選手が心の健康を理由に、団体戦を途中棄権したことは、重圧で時には自殺も考えるアスリートのメンタルケアに光をあてる契機になった。

バイルス選手のインスタグラムのフォロワー数696万人。ツイッターも172万人いる。途中棄権したことについて、自身の心情をインスタグラムにこうつづった。

「私の心と体が一致しない。なぜ私が健康を第一に考えているのか、説明するまでもありません。体の健康は心の健康です」

メディアはやはりこれを引用する形で報道した。

体操女子の種目別平均台の演技を終え、出場選手と抱き合うアメリカのシモーン・バイルス(奥)=8月3日、有明体操競技場、杉本康弘撮影
体操女子の種目別平均台の演技を終え、出場選手と抱き合うアメリカのシモーン・バイルス(奥)=8月3日、有明体操競技場、杉本康弘撮影

スター選手による途中棄権という異例の事態であれば、大手メディアにも憶測や不確かな情報が出回ることもある。選手のSNSによる「産地直送」が、既存メディアのフィルターを中抜きすることで、それを封じているようにも思える。

東京大会は、大会自体を支えるスポンサーや、選手やチームを応援する所属企業らのオウンドメディアによる情報発信も百花繚乱のような状態だった。

各競技のスポーツ連盟が運用するソーシャルメディアは、速報やデザインの両面で大きな影響力を示した。無観客の大会だったため、試合の興奮を味わいたいファンたちは、そうしたオウンドメディアも新たな情報源として利用し、オリパラを楽しんだ。

オウンドメディアが存在感を示した事例もあった。パラリンピック期間中に選手村で、トヨタ自動車の自動運転バス「e-Palette」が視覚障害のある選手と接触事故を起こし、けがをした選手が競技を棄権するという出来事が起こったのだ。

IOCの財政基盤を支える最高位スポンサーのトヨタはアメリカ代表チームも支援しており、大会期間中、YouTube上のオウンドメディア「トヨタイムズ放送部」で連日、オリパラの情報を伝えた。

事故直後の8月27日の放送では豊田章男社長が緊急生出演。詳細な状況について「スピードにして1、2キロ、時間にして1、2秒の間にその接触が起こったという状況です。自動運転車でもありますし、その時の映像もあるにはあるんですが、捜査中ということもあり、いろんな方々の方から、誤解を招きますから映像はこの場ではお見せすることができない」と自ら説明した。

事故について説明する豊田章男社長の動画=YouTubeチャンネル「トヨタイムズ」より

選手村での事故、さらに最新鋭の無人自動車による事故ということで、これも本来であれば、長時間に及ぶ記者会見が開かれた上での国際的な報道に展開していくはずだが、トヨタはオウンドメディアで社長自ら説明役になって「機先を制する」伝達の手段をとった。

ただ、こうした当事者による情報発信に問題がないわけではない、と私は考えている。それは、都合の悪い情報についても、当事者が十分に発信することができるかどうかという点だ。

バイルス選手のケースでは、記者たちが直接本人に問いただせないことで一方的な情報に偏り、より詳しい背景が伝えられない懸念も残るのではないか。

また、トヨタのケースでは、産経新聞は「今回の事故では情報発信のあり方も検証が求められそうだ」としているが、同感だ。記事の一部を紹介する。

「選手の出場機会を奪うという重大な事案にも関わらず、トヨタが事故を公表したのは翌日になってから。しかも、自社サイト『トヨタイムズ』で状況を説明した後に、豊田氏がマスコミの取材に応じただけで、正式な記者会見の場は設けていない」

もちろん、これまでの既存メディア側の伝え方にしばしば問題があったからこそ、当事者たちが自ら伝えようとする動きが強まったとも言える。オウンドメディアの情報発信は今後、既存メディアの牙城を突き崩し、情報量もその質も高まることが予想される。

当事者たちの発信内容の真偽や妥当性について検証することは報道機関の責務だが、奇しくも東京大会のオリンピック・イノベーションによって、新たなミッションが加わったことが明確になった。

これまで伝達手段をほぼ独占してきた報道機関やジャーナリストたちは、選手のSNS発信やオウンドメディアの情報を俯瞰してみて、専門的に分析し、どのように味付けしてその本質を読者や視聴者に届けるかが問われる。この生命線を維持できなければ信頼を失い、存亡にかかわる事態にも陥るだろう。

東京オリンピックの閉会式が行われている東京・国立競技場を撮影する人たち。今大会では、選手ら関係者と視聴者を直接つなぐ強力なツールになった=8月8日、川村直子撮影
東京オリンピックの閉会式が行われている東京・国立競技場を撮影する人たち。今大会では、選手ら関係者と視聴者を直接つなぐ強力なツールになった=8月8日、川村直子撮影

一方、東京大会はその試合中継に、人間の声や姿を介さないイノベーションも披露された。

NHKは今回、人の手を介さないロボット実況と手話CG実況を展開。こうした技術はすでに実用化されていたが、ロボットによるナレーションやアニメ手話は今後、ユニバーサルデザインとしてあらゆる方面で確立されそうだ。

ロボット実況は主催者から試合展開に応じて送られてくる競技データをもとに、実況テキストを自動的に作成。合成音声実況に変換し、女性アナウンサー役の声でライブストリーミング映像にあわせてネット配信した。

手話CGも競技データをコンピューターが処理し、女性のアニメーションが試合展開を伝えた。人の手を借りない試合の実況は今後、汎用化される可能性が高いだろう。

さて、次のオリンピックは2022年の冬季北京大会だが、筆者が注目するのは2028年に予定されているアメリカの夏季ロサンゼルス大会だ。なぜなら、ロサンゼルスは巨大IT企業、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)の本拠地であり、LA大会のオリンピック・イノベーションによる大会の情報伝達は予想もつかない進化を遂げているだろう。

東京パラリンピック最終日に行われたマラソン競技。沿道ではスマホで選手らを撮影する人たちが目立った。今大会はスマホが視聴者の観戦スタイルを劇的に変える役割を担った=9月5日、東京都中央区、佐々木正明撮影
東京パラリンピック最終日に行われたマラソン競技。沿道ではスマホで選手らを撮影する人たちが目立った。今大会はスマホが視聴者の観戦スタイルを劇的に変える役割を担った=9月5日、東京都中央区、佐々木正明撮影