2016年にあったリオデジャネイロ大会の閉会式。次の開催都市へのハンドオーバーセレモニー(引き継ぎ式)で、安部晋三首相(当時)がゲームキャラクターのマリオにふんして会場に現れたほか、モニターに映し出された映像にはドラえもん、ハローキティ、キャプテン翼、パックマンといったアニメやゲームのキャラクターが登場、東京大会がポップカルチャーに彩られることを予感させた。
ところが新型コロナの感染拡大によって大会は無観客開催。自粛モードや開閉会式のプログラム変更などが重なり、期待された演出は影を潜めてしまった。
そんな状況を補う形となったのが、出場選手たちによる数々の「演出」だ。競技場に現れる際、キャラクターの決めポーズを表現するなどしてSNSのユーザーたちを大いにわかせた。
特に大会15日目の8月6日に開かれた陸上競技の花形、男子400メートルリレーではそんなパフォーマンスが相次いだ。
ドイツ代表チームは、荒木飛呂彦さん原作の人気漫画「ジョジョの奇妙な冒険」で主人公が独特のポーズを決めて立つ「ジョジョ立ち」を披露した。
アジアで最も速いランナー、100メートル9秒83の記録をたたき出した蘇炳添(ソ・ヘイテン)が率いる中国代表チームは、鳥山明さん原作の人気漫画「ドラゴンボール」の「かめはめ波」で気合を入れた。
日本代表チームが出場する黄金カードだっただけに、SNS上では「日本っぽいことをしてくれてうれしいわ」「今夜のハイライト」などと、喜びの投稿であふれた。
また、大会砲丸投げに出場したアメリカのペイトン・オッターダールは、コミック売り上げギネス新記録の「ONE PIECE」の人気キャラクター、フランキーのポーズを真面目にやり、最後に「SUPER」と雄たけびを上げた。Twitterユーザーの一人は「ぶっこんくれたのは嬉しい」と反応した。
男子走り幅跳びでオリンピックチャンピオンになったギリシャのミルティディアス・テントグルは大のアニメ好きで知られる。登場シーンでは同じく「ONE PIECE」のルフィーの「ギア・セカンド」のポーズを見せ、地元ギリシャでも好感触だったようだ。
このほか、男子800メートルに出場したアメリカの選手、アイゼア・ジュエットは走る前に大好きな「NARUTO -ナルト-」のシーンをまねた。「進撃の巨人」の「心臓を捧げろ」のポーズをとったロシア代表の選手もいた。
そして圧巻だったのは、新体操女子団体のウズベキスタン代表だろう。同国で人気の「美少女戦士セーラームーン」を意識したデザインの衣装で登場。主題歌「ムーンライト伝説」を使用したプログラムで華麗に舞った。
画面越しの観客(ユーザー)たちも負けていなかった。バレーボールの試合では、各国チームが出場するたび、高校バレーボールを題材にした人気漫画「ハイキュー!!」(古舘春一さん原作)にちなんだ投稿がSNS上に並び、バスケットボールの試合中は、世界各国で絶大な人気を誇る漫画「黒子のバスケ」(藤巻忠俊さん原作)と関連づけた投稿が各国語であふれた。
イギリスBBC放送局が今大会のために作った公式トレイラーもかっこいい。日本のガチャガチャ文化や下町のネオンを使って、東京の街並みを再現した。
BBCのクリエイティブ・ディレクターのティム・ジョーンズ氏は作品の意図について、「東京で行われるオリンピックは本当の贈り物だった。東京はポップカルチャーにあふれ、世界で最も電子的なスポーツイベントを行うのに適していた」とネットメディアに語っている。
次の開催国となっているフランスのテレビ局「France Televisions」が作った東京大会の公式トレイラーも、相撲の力士がオリンピック開催競技を次々に行う浮世絵のようなアニメだった。
「クール・ジャパン」という言葉が注目されたのは今から20年前のことだ。アメリカのジャーナリスト、ダグラス・マクグレイ氏が外交専門誌フォーリン・ポリシーに発表した論文「Japan`s Gross National Cool」がきっかけとなり、日本のポップカルチャーが加速度的にクール・ジャパンというフレーズでもてはやされた。
その後、クール・ジャパンはすっかり色あせてしまった感がある。マクグレイは論文の冒頭でこう書き記している。
「ポピュラーミュージックから家庭用電子機器、建築からファッション、そしてアニメから和食に至るまで、今日の日本の姿は経済大国となった1980年代と比べて、文化大国というのが適切のようだ。しかし、日本は(経済大国の時と)同様に力強い国のメッセージを発信するため、メディアを使いこなすことをベースにできるだろうか?」
コロナ禍で敢行された東京オリンピックは、ほとんどすべてのプロジェクトが水泡に帰してしまった。
しかし、クール・ジャパン・パワーの健在ぶりは、ポップカルチャーを自己表現の一つとして採り入れた海外の選手たちや、それをともに楽しんだSNSのユーザーたちが示してくれたのではないだろうか。
開催を冷ややかに見ていた国民も少なくない中、こうしてクール・ジャパンで日本と世界がつながったことは、東京オリンピックのレガシーの一つとして人々の記憶に刻まれるかも知れない。これを無駄にしないためにも、日本は今こそソフトパワー戦略を再構築すべきだ。