中川 後編は、まずは、2月7日に行われたバイデン大統領の一般教書演説です。
約70分間の演説で、「中国との競争に打ち勝つため党派を超えて結束しよう」と強調しました。それから駐米ウクライナ大使を議場に呼んで、ウクライナを念頭に、「我々の民主主義は今も不屈である」と訴えました。
バイデン大統領はまた、世界では民主主義が強くなって専制主義が弱くなったとも主張しましたが、これが本当かどうかはかなり検証が必要ですね。
全般的には、内政にかなり時間を割いて、この2年間の実績を振り返り、アピールしました。バイデン大統領がまさに2024年の次期大統領選挙に向けて、立候補の表明を意識したから、より国民にアピールするような内容にしたのでしょう。逆に言うと、昨秋の中間選挙で共和党が下院を奪回したので、今後2年間はなかなか成果を出すのは厳しいということの表れでもあります。
新しく下院議長に選出された共和党のマッカーシー氏は、演説の冒頭でバイデン大統領と握手して、私はびっくりしましたけど、演説中はほぼ、ぶっきらぼうな感じでした。それらも含めてパックンの評価はどうですか。
パックン 面白かったですよ。アメリカ人の観点からいうと、一般教書演説って「二大政党の対戦の場」なんです。本来は、嫌なことを言われても野党は黙って聞いていました。少し前、オバマ大統領時代くらいから徐々に、まるでイギリス議会のように、野党も「ウソ、ウソ!」などとヤジを飛ばすようになってきました。
トランプ大統領の時は、演説終了後に、当時のペロシ下院議長が演説原稿の紙を破ってしまいました。しかし、今回は、バイデン大統領が話している最中に、「ウソつき!」とののしる発言があるなど、ヤジが常時、飛んでいました。こんなにヤジが飛ぶ一般教書演説はおそらく史上初めてですよ。うわー!下品だ!と思いました。
ただ、バイデン大統領はそこに屈さなかったのがすごかったです。むしろ、逆にそのヤジをうまく利用したんです。
演説で、バイデン大統領は、「一部の共和党議員がMedicare(高齢者医療保障制度)とSocial Security(社会保障制度)の段階的廃止を訴えている」と言うと、議場の共和党議員から「ウソだ!」とヤジが起こりました。そこでバイデン大統領が、「conversionは大歓迎だ」と言いました。"コンバージョン"とは「心を入れ替える」という意味です。
僕は最初、"conversation"(対話)の言い間違いじゃないかと思ったんです。でもバイデン大統領は、共和党員は心を入れ替えた、あなた方はもう制度の廃止を主張しないですよねって、議場のみんなを拍手に追い込んだんです。すごい、この手があるんだと思いました。80歳のバイデン大統領がディベートでキラキラ輝いていました。
もう一点。民主党と共和党の対戦構造として分かりやすいのは、全員が立って拍手するところと、民主党だけが立って拍手するところです。基本的に、愛国的なことを言うと、全員が立たざるを得ません。「アメリカっていいよね」という部分で立たなかったら、「アメリカ嫌い」のレッテルが貼られ、選挙で不利に使われるので、議場での映像にはどの議員も慎重に対応します。
バイデン大統領が、2021年1月6日の議事堂乱入事件に触れて「今こそ民主主義を守る時だ」と言った時は、一部の共和党員は立ったんですけど、マッカーシー下院議長は立ちませんでした。そういうところも、なんかかっこ悪いなあ、と思いました。
中川 一般教書演説で、大統領の政党と、後ろに座る下院議長の政党が異なる、つまり野党の場合の、下院議長の振る舞いは大変難しいですね。下院議長は、大統領の後ろに座るため、映像にずっと映るし、目立ちます。トランプ大統領(共和党)時代のペロシ下院議長(民主党)は、演説の紙を破ったのは有名でしたが、今年は、バイデン大統領(民主党)の演説に、共和党のマッカーシー下院議長の行動が注目されました。パックンの評価でも、バイデン大統領のしたたかさが際立った感じですね。
パックン マッカーシー氏は、150年ぶりに15回もの議長選挙を経て選出されました。苦戦した理由は、共和党の中でも反ハイデンのトランプ派議員からなかなか支持をもらえなかったからです。だから彼がバイデン大統領と仲良くしているように見えてしまったら困るはずです。一番最初に握手したのは、下院議長になってウキウキ興奮していたからだと思うんですよ。その後、友好的な雰囲気を打ち消すために終始渋い顔をしていたんだと思います。
大統領と議長の政党が違う「ねじれ」議会の時にはよくある光景ですが、演説の最後にマッカーシー氏が立ったということは、バイデン大統領に「負けた」証しだと思いますね。
中川 昨秋の中間選挙の結果分析で、民主党が上院を維持して想定外に善戦したとの評価が多かったですけど、こうやって、中間選挙を経て、新たな議会が始まると、やはり下院を共和党に奪回された影響は大きいですね。
パックン 「ねじれ」議会だから、今後の2年では任期前半の2年のような大胆な政策は実施できません。最初の2年に実施できた大規模な雇用創出や財政赤字の削減といった大胆な政策はおおむね国民に支持されているから、何度も演説で実績を強調していました。
今回、バイデン大統領の事実上の「立候補宣言」と見るアナリストも多くいました。まずは前半2年間の功績を訴えて、これからやろうとすることも例示しました。今、アメリカ社会では麻薬性鎮痛薬「オピオイド」が蔓延していて、米疾病対策センター(CDC)によると、2022年は過去最悪の11万人が薬物中毒死しています。これへの対策などです。
功績やこれからの目標も有意義ですが、それよりも大事なのは、バイデン大統領が、野党の激しいヤジにも屈さず、言い返して、むしろうまく利用する、闘争心とも言える面を見せたことです。みんなが心配しているのは成績ではなく年齢です。現在でも大統領としては史上最年長ですが、もう1期、最後まで務めあげたら86歳ですよ。大丈夫か!?とみんな思っているわけです。
僕はまだ立候補してほしいか迷っているところなんですが(笑)、本人は「できるぞ」「やるぞ」という姿勢を見せられたと思います。
中川 2024年の大統領選挙には、すでに共和党からトランプ氏が立候補表明しています(2月14日に、ニッキー・ヘイリー元国連大使も立候補を表明)。バイデン大統領にしてみれば、トランプ氏には前回勝った実績があるので、説得力がありますよね。
パックン たしかに、2016年の選挙でヒラリー・クリントン氏も敗れたトランプ氏に勝てるのは自分だ、という点は、一番説得力のある主張だと思います。
バイデン氏自身の政治力などはさておき、結果がすべてです。現実を見ると、今のバイデン氏はブルーカラーに好かれている~と言っても支持率40%前後ですが~、極端なトランプに対して中道派のイメージが非常に強いこと有利なんです。「社会主義者だ」というのは、民主党大統領候補に対する共和党候補お決まりのののしり文句ですが、バイデン氏にはなかなか響きません。誰も彼を社会主義者だと思っていないからです。
ですから、トランプ氏が共和党候補になった場合は、バイデン氏が勝つ可能性が大きいと思います。でも、共和党から、より若く元気な候補が出てきた時、本選の討論の舞台で対戦した時に、「お父さん…いや、お父さんのお父さん?」みたいな、年齢の差が際立つと、どうかなという感じがします。86歳まで務められる?とどうしても年齢が気になります。
中川 今回の一般教書演説は、これまで話したように、内政の成果中心でしたが、外交での注目はやはりウクライナ支援でしたね。
パックン ウクライナついては、共和党内でのウクライナ支援支持率が下がってきています。これ以上支援しない方がいいと思う、もう十分だと考える割合が半数近くになっているんです。一方、別に、僕も、空手形を切ってまで、ウクライナ支援をするべきだとは思いませんが、それでも、アメリカ国民全体のウクライナ支持の世論はまだ高まりがあると思います。
中川 ウクライナ戦争も長期化して、軍事面でも新たな段階に入っています。ドイツは、同国製戦車「レオパルト2」の供与を発表。続いて、アメリカも主力戦車「エイブラムス」のウクライナへの供与を発表しました。そして、ウクライナ侵攻開始1 年を前に、ゼレンスキー大統領は、イギリス、フランス、EUを訪問して、欧州の結束を呼びかけました。ただ、やはり鍵はアメリカです。次の2年間、特に今年は、ウクライナ戦争の勝負を決する年だと思います。アメリカが党派を超えて、支援強化で結束できるかですね。ただ、パックンの指摘のとおり、共和党内の支援支持の低下は気になります。
パックン 共和党大統領になっても、「ウクライナを失った大統領」という負のレガシーは絶対残したくないはずです。ただ、一方で、バイデン大統領の任期中に、バイデン氏にそういう恥をかかせたい、だからウクライナ支援を阻止したいと考える共和党議員がいてもおかしくありません。このバランスが難しいんです。
僕は、今後のアメリカは、その駆け引きの中で、ウクライナが「負けない」程度の軍事支援は継続すると思います。ただ、バイデン政権の発表でも「ウクライナに負けさせない」という言い方はよくするのに、「ウクライナに勝たせる」とはあまり言いません。そこは心配材料でもあります。
ウクライナが勝つ能力があると敵から見えない限り、敵が辛抱すれば、戦争は終わりません。長期戦になれば、民主主義国家の連合体であるウクライナとその支援国よりも、独裁国のロシアの方が有利です。独裁国家は、国民の意思は関係なく、独裁者一人の意思で戦い続けられます。ウクライナ国民は戦い続けたいと思っても、その支援国の国内経済が悪化して、同盟国でもないウクライナより、自国を守れ!と、、自国民の苦境を救うことが優先になれば、危ないですね。それが心配材料になると思います。
中川 アメリカ、そして日本も含めウクライナ支援国の動向は、国際秩序の行方を決定づけることになります。引き続き関心をもって見ていきましょう。
(注)この対談は2月10日にオンラインで実施しました。対談写真は岡田晃奈撮影。