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オバマも称賛 「がん細胞を消す」夢の治療法を開発した日本人

Breakthrough 突破する力
実験に使う近赤外線ライトは日本企業製。「世界中探したけれど、これが一番よかった」 Photo: Lanham Yuko
実験に使う近赤外線ライトは日本企業製。「世界中探したけれど、これが一番よかった」 Photo: Lanham Yuko

がん細胞が餅のようにはじけた

世界の先端医療研究の総本山ともいえる米国立保健研究所(NIH)傘下の国立がん研究所(NCI)で、主任研究員を務める。テレビのリモコンなどに使われる近赤外線に反応する特殊な化学物質を用い、がん細胞を狙い撃ちする「光免疫療法(PIT)」を開発した。その研究にほれ込んだのが、三木谷だった。米国のベンチャー企業と組んで実用化を目指しているのを知ると、総額45億円の出資を決めた。出資先の米ベンチャーの会長に就任、日本法人も設立して事業化を加速させる。

米国では、口やのどなどにできる頭頸部(けいぶ)がんの末期患者約30人に投与する治験が進んでおり、2019年にも米食品医薬品局(FDA)からの認可が視野に入る。日本でも年内に患者に試す準備が進む。

小林とともに登壇した三木谷は新たな治療法への思いを語った。「本当に人類の未来を大きく変えるテクノロジーになる。理論的にワーク(作用)するのだから必ずお役に立てる」

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研究室前の廊下で。同じビルには、臨床試験を受ける患者のための医療施設が併設されている Photo: Lanham Yuko

小林を一躍有名にしたのは、12年に当時の米大統領オバマが議会で行った一般教書演説だ。小林の名前こそ挙げなかったが、健康な細胞に触れずにがん細胞だけを殺す新たな治療法が開発されつつあるとたたえた。小林はその3カ月前、悪性がんのマウス実験で8割が完治、副作用もなかったとする驚きのデータを専門誌に発表。注目の成果をNIHがいち早くホワイトハウスに紹介し、「米国の研究」として演説に採用された。

がん細胞だけを狙い撃ちするという治療法の着想は、医学生だった30年以上前にさかのぼる。人体の免疫には、体内でできたがん細胞を病気になる前に排除する仕組みが備わっている。小林は、免疫細胞が作り出す「抗体」と呼ばれる分子が、がん細胞に特有な表面の物質にくっついて、免疫が働く際の目印役となることに着目。この抗体に薬剤をつけて「運び屋」として使い、患部に薬の成分を送り込む「抗体治療」の研究を続けてきた。

だが、抗体につける化学物質の種類や分量などを変えて実験を繰り返しても、腫瘍(しゅよう)だけを効果的に狙うことはできなかった。化学物質の一部が肝臓や腎臓などの臓器に行き渡り、正常な細胞にもダメージを与えてしまうからだ。「結局、毒を打ったら人体のどこかがやられる。発想を変えないとだめだ」

有毒な物質を腫瘍に運ぶのではなく、無害な物質を患部で「毒」に変えたら――。発想の転換ができたのは、医学に加え、化学や物理学にも通じた小林の「1人3役」ともいえる専門知識のたまものだ。「毒」に変えるスイッチ役には、安全で体内に届きやすい波長の近赤外線を理詰めで選んだ。

あとは確かめるのみ。実験で使う特殊な顕微鏡などは浜松ホトニクスなど日本企業と共同開発し、近赤外線に反応する「色素」のような性質の化学物質をしらみつぶしに調べた。候補の物質を抗体に取りつけてがん細胞に送り込み、近赤外線を当てて反応を見る。数十の候補を試す中で、ある化学物質の顕微鏡画像に目がとまった。複数のがん細胞が破裂していた。「焼いた餅のように、次々にふくれてはじけた。プシュッと音がしたように感じた」

その瞬間、治療に使えると直感したという。

発見した化学物質「IR700」は、近赤外線を受けた直後にがん細胞を破裂させる「機雷」のように働く。光を当てなければ無害のままで副作用の心配も少なく、用途も広がる。別の抗体に付け、がん細胞を免疫の攻撃から守っている特殊な細胞を殺す治療法も開発中だ。がん細胞を免疫から逃げ回れなくすることで、理論上は全身に転移したがんも治療できるようになる。

「1位になれへんけど」高校で自問

研究医を志したのは高校時代。進学校の灘高校で、秀才たちに囲まれて自問した。「数学や物理では1位にはなれへん。だけど広い知識を集約するのなら、僕の頭は生かせるかも」

好きなことには、とことんこだわる。得意の化学は、高校時代に独学で大学の教科書を読みあさった。京都大医学部に進学後も、理学部の研究室に通って実験に打ち込んだ。構造式を見ただけで化学物質のふるまいや性質が頭に浮かぶほどの知識を蓄え、今では米化学会の専門誌の編集委員を務める。

中高の6年間、硬式テニスにも打ち込んだ。ダブルスを組んだ朝日大歯学部教授の北井則行は、前衛での攻撃的なプレーにこだわる小林が中学生に推奨されていた木製ではなく、金属ラケットを使っていたことが印象に残っている。「周囲に何か言われても気にしない。マイペースで頑固なところがあった」

壁に突き当たったのは、3年間の留学を終えて京都大の助手になったころだ。当時、助手の年俸は500万円ほど。日中に臨床や学生の指導を終えた後、生活費のために別の病院で1年間アルバイトしたが、研究が進まず焦りが募った。「研究はスポーツと似ている。世界のトップ近くにいても1年休んだらカムバックは難しい」

留学中に知り合ったNIHの研究者に連絡を取り、再び渡米を決めた。「日本の組織の中で頑張るより、世界の中で実力で勝負したかった」。待遇に大差はなく、日本での昇進もあきらめることになるが、研究に専念できるのが魅力的だった。

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1995年、初めてNIHで研究生活をスタートさせたころ(本人提供)

NIHの研究職は一定期間で成果が上がらなければ職場を追われることも珍しくない。当初は日中に所属する研究室の実験を手伝い、深夜に自分の研究に取り組んだ。努力を続ける小林に周囲が配慮してくれるようになり、環境が整った。同僚の一人で現在は部門長のピーター・チョイキは「彼が自由に研究できる環境を作ったことが私のキャリアで最高の決断」と話す。

実現めざし 科学以外での頑張りも

小林は講演で、あるイラストを見せて聴衆から笑いをとる。法衣をまとった「神様」と、ヤリを構えた「悪魔」。神様役は、iPS細胞でノーベル医学生理学賞を受賞した京都大教授の山中伸弥。悪魔役が小林だ。「山中先生は神様のような人。あらゆる臓器を再生できる細胞を作った。我々は悪魔。どんな細胞でも壊してみせる」

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小林が講演で使うイラスト。京都大教授の山中伸弥(左上)を神、小林(右下)を悪魔にたとえた(本人提供)

研究の実用化には資金と社会の理解が欠かせない。笑いを誘うイラストには、知名度の高い山中を引き合いに出して、自分の研究をアピールする狙いもある。「理論的には、8~9割のがんは治せるようになるはず。あとは科学以外の部分でどれだけ頑張れるか」

臨床試験は今後、日米に加え、シンガポールでも計画が進む。小林は3カ国を往復する日々を送る。「真理を突き詰めるのが研究の王道。でも、人の役に立つことを優先する科学があってもいい。私は医者なので患者さんを治したい」(文中敬称略)

Profile

  • 1961 兵庫県西宮市生まれ
  • 1987 京都大学医学部卒
  • 1995 京都大学大学院を修了し医学博士修得。米国立保健研究所(NIH)臨床センターフェロー
  • 1998 帰国して京都大学医学部助手
  • 2001 再び渡米し、NIHの国立がん研究所(NCI)に勤務
  • 2004 NCI主任研究員として自分の研究室を立ち上げる
  • 2011 光免疫療法(PIT)の論文が米医学誌ネイチャー・メディシンに掲載
  • 2012 オバマ米大統領(当時)が一般教書演説でPITを紹介
  • 2015 米国で頭頸部がん患者を対象にした臨床試験が始まる
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Memo
妻も放射線科医妻里美(54)と長男啓太(14)の3人家族。妻も小林と同じ放射線科の医師で、現在も米国で病院に勤務。2人は同時期に米国に留学していて、シカゴの学会で知り合った。
「X JAPAN」小説好きで、松本清張の著作は読破。ただ最近は研究が忙しく、「1冊も読んでいない」。日本の音楽番組も好きで、研修医時代には仲間とカラオケに通った。十八番は「X JAPAN」。最近のお気に入りは「乃木坂46」。サインを大事にしている。
無報酬…NIHの職員は米国の国家公務員。公費から研究費が支給される代わりに成果の特許はNIHに帰属する。光免疫療法が実用化すればライセンス契約を受けた米ベンチャーには巨額の利益が入る。小林はベンチャーのアドバイザーを務めるが、公務員のため無報酬だ。

文・小林哲 Kobayashi Tetsu
1971年生まれ。科学医療部、広州・香港支局長などを経て、アメリカ総局員。

写真・ランハム裕子 Lanham Yuko
1974年生まれ。映画製作などをへて、朝日新聞アメリカ社フォトグラファー。