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アフリカの農村を世界とつなぐ社会起業家の大場カルロスさん 母の急逝が転機に

Breakthrough 突破する力 更新日: 公開日:
大場カルロスさん(中央)。ビジネスコンテスト「X-Tech Innovation」に登壇後、ベナンから日本に留学している仲間たちと
大場カルロスさん(中央)。ビジネスコンテスト「X-Tech Innovation」に登壇後、ベナンから日本に留学している仲間たちと=2025年1月15日、東京・丸の内、川村直子撮影

電気も舗装された道も通信インフラもないアフリカの農村地帯に、Web3のデジタル環境を整えるスタートアップ企業「Dots for」。CEOの大場カルロスさんが描くのは、村人たちが生まれ育った場所で豊かになれる未来だ。バイクや小舟に乗って点在する村々をまわり、泥臭く、システムを構築していく。

1月半ば、日本の地方銀行5行が共催するビジネスコンテスト「X―Tech Innovation」に招かれた大場カルロス=本名・大場博哉さん(46)=は、西アフリカのベナンから一時帰国し、東京・丸の内のステージで、集まった起業家らに呼びかけた。「みなさん、ぜひ一緒にやりましょう。我々がアフリカの水先案内人になります」

大場さんはアフリカの村落を世界とつなげて、持続可能な成長の仕組みをつくる「Dots for」を2021年に起業、CEOを務める。分散型のネットワークシステム「Web3」をテーマにした昨年の地区大会で、インターネットのつながらない村に暮らす人たちが、先進国からデジタルの仕事を受けたり、そこで得た暗号資産をモノの購入にあてたりして生活を向上させていく取り組みや、村を取り巻く環境を「Web0」から「Web3」へと変えるDots forの事業について説明し、最優秀賞を受賞していた。

「X-Tech Innovation」で登壇した大場カルロスさん
「X-Tech Innovation」で登壇した大場カルロスさん=2025年1月15日、東京・丸の内、川村直子撮影

起業時の資本金は300万円。点在する村をデジタル化するため、大場さんは無線LAN(ローカルエリア・ネットワーク)環境をつくろうと考えた。小さな村ごとに完結するネットワークなら、インターネットのように高額な設備投資は不要だ。電波状況を確認しながら複数のルーターを配置すれば、LANのカバー範囲は広がる。

スマートフォンなどのデバイスがつながる先は、アプリや動画などの入ったサーバーだ。数日おきに、サーバーに差し込むUSBメモリーを、インターネットにつながる都市へ村からバイクで運んでデータを更新し、またそれぞれの村に届ける。人力のアップデート。「泥臭いでしょう」と大場さんは笑う。

村々をまわり、村長を訪ね、事業を説明する。無線LANの接続機器や電源用のソーラーパネルを置いてくれる家には、手数料を支払う。村側からすれば、環境整備の費用は一切かからない。

「インフラがないから、情報や機会に触れられず、収入が上がらない。低所得地域への高額な投資は採算がとれないから、インフラが整備されない。この負のループを断ち切るために、アフリカの農村を早くデジタルの世界につなげたい」

村ではスマホを割賦で販売する。手にした人たちは、その日からスマホを通じて仕事ができ、得た収入で割賦の返済分をまかなえる。与信にもつながり、新たに農機具などを分割で購入して仕事の幅を広げ、増えた所得で、さらに必要なサービスを受けられる。一連の流れが、Dots forのデジタルプラットフォーム上で行われる。

スマホに見入る村人たち
スマホに見入る村人たち=大場カルロスさん提供

事業を始めた当初、村人たちが収入を上げる主な手段は、動画を見て仕事の新しい技術を学んだり、副業を身につけたりすることだった。事業の提携先が増えるにつれ、AIの精度向上に不可欠な、画像に情報タグを付ける「アノテーション」などが加わった。大場さんは、多種多様な企業がプラットフォームに関わることで、皆がより豊かになっていく未来を、アフリカの村で描いている。

母親の急逝が転機に

今では英語、スペイン語、フランス語を使いこなす大場さんだが、「25歳までの自分は、今と全く違う。海外に興味はあってもしゃべれないし、何の展望もなく生きていた」と振り返る。

大場さんが社会に出たのは、就職氷河期だった2001年。筑波大学卒業後に入社した地元の飲食チェーンでは、店舗マネジャーを任され、朝6時から翌朝4時まで働くことがざらだった。「名ばかり管理職」が社会問題化し始めた頃。2年ほど勤めたが、長時間労働で身体を壊し、退職した。

自宅での療養などを経て、知り合いのつてで入った職場では、語学力を必要とされるも、英文メールの作成に1時間かかった。上司に見てもらうと、ぼろぼろに添削されて返ってくる。そんな日々を送るなか、転機が起きた。

母の急逝だ。父は小学生のとき他界。教師をしながら育ててくれた母は、大場が成人する頃にパーキンソン病を発症した。「薬を飲めば大丈夫」と言う母に背中を押され、転職時に実家を出たが、ある日帰省すると、倒れて冷たくなっていた。

「人は死ぬんだ」。はじめて生きる意味を考えた。葬儀に参列してくれた多くの教え子たちの姿に、母の人生が残した価値をおもった。「もう後悔したくない。世界中、行きたいところへ行って、やりたいことは全部やろう」。駅前の英会話教室に通いつめ、休暇にはバックパッカーの旅に出て、100カ国以上をまわった。心が沸き立つ一方で、自問を続けた。「旅の感動は、自分の中に価値として残る。じゃあ自分は世界に、何か価値を残せているか?」

33歳で米カリフォルニア大サンディエゴ校に経営学修士(MBA)を取得するため留学。社会課題の解決に挑む起業家になろう、と志したのはこの頃だ。留学から戻り、アマゾンやリクルートなどで市場分析や海外での事業展開の経験を重ねた。

起業の地にアフリカを選ぶ

アフリカの電気が通っていない地域にLEDランタンをレンタルする企業「WASSHA」在籍時のタンザニア赴任で、アフリカの農村に出合った。

バイクタクシーの運転手たちが、バイクを持てないがゆえに貧しさから抜け出せない状況を見て、手に入れやすい割賦販売の仕組みをつくった。運転手らは、自分のものになったバイクを使わないときは他人に貸すなどして、副収入も得られるようになった。「小さなきっかけで生活が大きく変わる。起業するマーケットはここだ」

「WASSHA」在籍時、タンザニアの子どもたちと
「WASSHA」在籍時、タンザニアの子どもたちと=大場カルロスさん提供

さらに大場さんには、旅先のキューバで見た忘れられない光景があった。ハバナのWi-Fiスポット。月収20ドル足らずの人たちが、30分5ドルのプリペイドカードを買って、続々とやってくる。「こんなにも『つながりたい』欲求は強いのか」。ビジネスの可能性を感じたが、採算を考えると難しかった。時が経ち、スマホも接続機器も安価になった。「今だ」。タイミングが、カチッとはまった。

起業の地に選んだのは、通信料が先進国並みに高いベナン。アクセスできない人が多いぶん、ニーズがある、と踏んだ。起業の翌年にはセネガルでもサービスを開始し、これまで両国あわせて約300の村で、デジタル環境を整えてきた。登録者数は4万8000人を超え、直近1年半の売り上げの月平均成長率は20%と、事業は軌道に乗りつつある。

スマホから出力指示する写真プリントやコピーサービスをDots forと試行するブラザー工業の現地責任者、平野憲之介さん(48)は「先進国からの援助はあっても、ビジネスでは誰も目を向けなかった場所。でも援助って、なくなればそれでおしまい。大場さんは、ひとつひとつの村を開拓し、住民としっかりつながって、次のニーズを掘り起こしていく。僕らもここで種をまこう、と思った」と語る。宿題を印刷しに、遠くの町まで行っていた学校の先生や子どもたちが、村の複合機に集う。電気さえ通っていなかった場所に需要があることは、海外駐在の長い平野さんにとっても新鮮な驚きだった。

大場さんは人を育てることにも力を注ぐ。その喜びを知ったのは、新卒で入社して苦しい思いもした飲食チェーンだ。「初めてアルバイトをする高校生も、手をかければきちんと伸びた」。ベナン人のスタッフは今35人。なかにはインターンシップの大学生もいて、給与とは別途、Dots forが授業料を積み立てている。

アフリカに根付き、支えられ、支える。「100年先のアフリカに、Dots forがあって良かった、と言われる価値を残したい」