1. HOME
  2. People
  3. 創作は台所から始まった においから分かる新たな世界 嗅覚アーティスト上田麻希さん

創作は台所から始まった においから分かる新たな世界 嗅覚アーティスト上田麻希さん

Breakthrough 突破する力 更新日: 公開日:
においをしみ込ませた紙片を手にする上田麻希さん。「素敵。魔女みたい」とフォトグラファーがつぶやいた
においをしみ込ませた紙片を手にする上田麻希さん。「素敵。魔女みたい」とフォトグラファーがつぶやいた=2025年11月9日、東京都渋谷区、篠田英美氏撮影

「目に訴える表現を」と求められたら絵を描くだろう。「耳に訴える表現を」と頼まれたら下手でも歌うか楽器を弾けばよさそう。でも、「鼻に訴える表現を」と言われたら……。視覚や聴覚ではなく嗅覚(きゅうかく)に働きかけて、人の心を動かすにはどうすれば良いだろう。その答えの一つが「嗅覚アート」だ。この分野を牽引し続け、世界的に知られるアーティストがいる。

2016年1月30日夜、東京都江東区の夢の島熱帯植物館。熱帯の植物が茂る大温室を、月明かりと、ホタルを模した小さなライトがわずかに照らす。ところどころ、月下美人やサガリバナの甘いにおいが漂う。それらのにおいは本物ではなく、嗅覚アーティストの上田麻希さん(51)が調香したものだ。大温室はこの日から3日間、夜間限定で、上田さんの嗅覚アート作品「匂う森」の会場になった。

「子どもの頃の田舎の夜のよう」

夜にもかかわらず、多くの入場者の姿があった。外は寒風が吹いているが、「匂う森」に足を踏み入れると、コートを着ていると汗ばむほど暖かい。暗い森の中を、普段頼りにしている視覚ではなく、嗅覚に集中して散策する。次第に感覚が研ぎ澄まされ、森に包まれたような不思議な気分になる。少し後ろを歩いていた女性の会話が聞こえた。「子どもの頃、お父さんの田舎に行った時、夜ってこんな感じだった。田んぼでカエルがないて、草のにおいもしてたんだよね」

夢の島熱帯植物館の大温室を使った「匂う森」。参加者は暗闇の中でにおいをたどりながら散策した=2026年1月30日、東京都江東区、中川竜児撮影
夢の島熱帯植物館の大温室を使った「匂う森」。参加者は暗闇の中でにおいをたどりながら散策した=2026年1月30日、東京都江東区、中川竜児撮影

大温室の一角で、機器を調整している上田さんに会った。作品を体感してもらうためには、閉じた空間で、なおかつ、鼻がきちんと働く適度な温度と湿度も必要だった。都内のいくつかの施設を回り、ようやく見つけた会場がここだった。「これほど大きな会場は初めてかも知れません。寒いのにたくさんの人が来てくれてうれしい」と笑顔を見せた。

空間を使ってにおいを拡散させるのは、上田さんの得意とする手法の一つだ。アメリカのイリノイ大学名誉教授ラリー・シャイナー氏が、最新の嗅覚研究の知見や嗅覚アートの歴史などをまとめた書籍『においの芸術 嗅覚の美学とアートへの招待』(晃洋書房)でも、使い手の一人として上田さんを挙げている。

上田さんは世界的にも「嗅覚アート」という言葉が知られていなかった頃から活動を続ける、この分野の第一人者だ。

東京生まれ。父の実家は北海道北見市でハッカ農家をしており、清涼感のある香りが幼い頃の記憶として残っている。「フルーツポンチにハッカが載ってたり。ポプリの調合をしたこともありましたね。その頃から今と同じようなことをやっていたのかも」と振り返る。

大学と大学院で学んだのはメディアアートだった。国土交通省が熊本県に計画していたダムで水没する村の「未来予想図」をCGを使ってパノラマで見せるなど、環境をテーマとした作品に取り組んだ。

乳飲み子を抱えた日々の中で

においを作品に取り入れるきっかけになったのは、作品の展示で訪れたオランダを気に入り、活動拠点を移してからのこと。オランダ人のアーティストと結婚し、出産した。日本と比べると男女平等の意識が進んだ国で、夫は家事にも積極的だった。と言っても、乳飲み子を抱え、自分の時間はなくなった。パソコンの前に座る時間も、大きなプロジェクトに取りかかるエネルギーも。

夢の島熱帯植物館の大温室を使った「匂う森」を体験する女性
夢の島熱帯植物館の大温室を使った「匂う森」を体験する女性=Saito Junpei氏撮影、シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]提供

それでも何かできないか。1日3回立つ場所、台所でひらめいた。イタリア料理なら、ニンニクのにおいをオリーブオイルにうつしてから素材を炒めるとおいしくなる。「ヒジキを炒めたらどうだろう」。台所で「実験」を重ね、においを蒸留する方法を学んだ。

それに前後して、嗅覚に関心を抱く、別のきっかけもあった。「妊娠中、たばこやゴミのにおいが全く駄目になったことがありました。赤ちゃんはお母さんのおっぱいを嗅覚で探すと言うし、嗅覚って実はすごく面白い、人間の原始的なコミュニケーションなんだな、と」

時代も後押しした。西洋では歴史的に、嗅覚は「下等な感覚」とみなされてきた。客観性や再現性を重んじる哲学や科学の分野で、優れた感覚とは視覚や聴覚。主観的で再現性に乏しいと考えられた嗅覚や味覚は置き去りにされた。遺伝子レベルで嗅覚の仕組みを解明した研究者がノーベル医学生理学賞を受賞したのは2004年。上田さんが出産した年だ。その後、嗅覚の研究に拍車がかかり、可能性を探るアートも盛り上がりを見せるようになる。

習慣や文化に影響される感覚

2005年、上田さんの初めての嗅覚アート作品は、来場者がコーヒーや紅茶のにおいを嗅いで気に入ったものを注文する喫茶で、好評だった。一方、日本らしさを感じてもらおうと企画した、みそ汁のにおいには思わぬ声が。「うちの地下室が水につかった時のにおいだ」。嗅覚が、習慣や文化の影響を強く受けることに気づかされた。

どうすれば良いか。今も各地で展示している代表作「嗅覚のための迷路」はそうして生まれた。天井からいくつもの瓶を等間隔でつるす。瓶の高さは鼻の辺りで、においは3種類。一つ嗅いで進み、前か左右どちらかにある、同じにおいを探しながら出口を目指す。

上田さんの作品「嗅覚のための迷路」
作品「嗅覚のための迷路」=上田さん提供

「においを同定するのは意外と難しい。別のものを嗅いで初めて、違いに気づくこともありますからね」。犬のように嗅覚をナビとして使うなら、習慣や文化に関係なく誰でも楽しめる。さらに、能動的に動くことで、その体験に深い「気づき」が伴うことにもなる。

嵯峨美術短大教授の岩崎陽子さん(52)は、この時期の上田さんの作品「シャネル5番の分解」を体験し、注目した。

世界で最も有名な香水を構成する10の主要なにおい成分を使い、円筒形につるしたカーテンの内側から、布のところどころにスプレーする。布の近くでは個別のにおいだが、真ん中辺りに立つと、統合して感じられる。嗅覚が実は立体的に働き、新しい体験をもたらすことが分かる。岩崎さんは「麻希さんは、においを単純に使うだけではない。におい、そして嗅覚が、いかに多様な解釈が可能かを教えてくれる、優れたアーティスト」と語る。

2人は、源氏物語に着想を得た「京都ラブストーリー」というユニークな作品にも一緒に取り組んだ。部屋に間仕切りを設置して互いの姿が見えないようにしたうえで、男性が香水や演奏、和歌などを駆使して女性にアピールし、恋を成就させられるかどうかに挑戦する。岩崎さんは「視覚ではなく、嗅覚や聴覚で私たちがどんな情報を受け取っているのか、そして想像力を働かせるのか、参加者も私たちもすごく楽しんだ」と話す。

2人には「同志的絆」もある。嗅覚が長く置き去りにされていたことは、アートや研究分野でも取り組む男性が少なかったことを意味した。「ニッチだからこそ、私たちはそこを戦略的に取りにいった」と岩崎さん。

どう伝える?戦争のにおい

作品「戦争の果汁」制作のため、肉をバーナーで焼いた
作品「戦争の果汁」制作のため、肉をバーナーで焼いた=上田さん提供

上田さんの作品は「心地よい」ものばかりではない。

戦後70年の節目だった2015年、世界の嗅覚アーティストが集い、戦争をテーマにした企画展がベルギーで開かれた。声をかけられた上田さんは「戦争の果汁」を制作した。原爆がもたらした惨禍をにおいで表現する作品だ。「直接体験はしていないけど、写真集や漫画『はだしのゲン』で見た原爆が、自分にとっての戦争でした。日本からは私だけだったので、日本代表みたいな意識もありました」

証言や資料を調べた。人々は一瞬で黒焦げになり、「黒い雨」が降った後は日照り続きで、遺体にはハエがたかり、腐敗し、朽ちていったという。上田さんはスーパーで鶏肉や豚肉を買い、バーナーで焼いた。焦げた肉を天日にさらし、においを抽出した。「(においのひどさに)途中から精神的にまいってきたんですが、なるべく科学的に、制作過程も明らかにして、と心がけました」。作品は大きな反響を呼んだ。

作品「戦争の果汁」では頭をカプセルに入れて嗅ぐ仕様にした
作品「戦争の果汁」では頭をカプセルに入れて嗅ぐ仕様にした=上田さん提供

「世捨て人のように」帰国

しかし、活動が軌道に乗ってきたのに前後して、喘息(ぜんそく)を発症。しばらく日本と行き来しながら制作を続けたが悪化し、2016年に石垣島に拠点を完全に移した。「喘息がひどい時はにおいも全く嗅げなくて。でも、息ができないと生きていけないですから」。石垣に来たときは「世捨て人のような感じでした」。

それでも体調が落ち着くと、制作を再開した。オンラインで調香などを教える一方、世界の一線とのつながりを保とうと、アメリカの団体が創設した「アート&オルファクション・アワード」に応募を続けた。何度もファイナリストになり、2022年にウイルスの変異をにおいで表現した作品で、ついに部門最優秀賞を射止めた。

ただ、当の本人は喜びよりも、喪失感を覚えたという。「ずっと目標にしていたからホッとしたけれど、『次、何をしたらいいんだろう』という思いの方が強かったですね」

犬の嗅覚は街をどう捉えているのか。愛犬の千代子に測定器を装着して渋谷を歩く上田さん(左)
犬の嗅覚は街をどう捉えているのか。愛犬の千代子に測定器を装着して渋谷を歩く上田さん(左)=2025年10月14日、東京都渋谷区、中川竜児撮影

「見えない空気を可視化する」

2025年度、上田さんは東京都歴史文化財団などが運営する創作拠点、シビック・クリエイティブ・ベース東京(CCBT)のアーティスト・フェローとして活動している。

CCBTは毎年テーマを決め、それに即した企画や表現活動を広く募集している。2025年度の募集テーマは「これからのコモンズ」。コモンズは「共有資源」といった意味だ。全国から122件の応募があり、上田さんを含めて5組が選ばれた。

上田さんの企画の趣旨は、においを手がかりに「コモンズとしての空気」について学び、見えない空気を見える化・体験化する複合プロジェクト。夢の島熱帯植物館の大温室を使った冒頭の「匂う森」もその一環だ。ほかにも、嗅覚や調香を学ぶゼミ、シンポジウムを開催するなど、嗅覚で世界をとらえるための企画を手がけている。ゼミの参加者には外国人もまじり、嗅覚アートへの世界的な関心の高まりがうかがえた。

調香などを学ぶゼミには多くの人が参加していた
調香などを学ぶゼミには多くの人が参加していた=2025年11月9日、東京都渋谷区、中川竜児撮影

ただ、日本での関心はまだ一部にとどまっているのも現実だ。嗅覚アートも「物珍しいもの」という位置づけだろう。

上田さんを慕い、CCBTでの企画のサポートもしている調香師で嗅覚アーティストの楠尚子さん(43)はシャイナー氏の著作『においの芸術』の翻訳者でもある。「コンテンポラリーアートの中に、嗅覚アートはきちんと位置づけられていない」と指摘する。「今はアートに『嗅覚』という言葉をつけないといけない。視覚アートや聴覚アートは、そう言わなくても通じるのだから、本当は『嗅覚』とつけなくても分かってもらえるようになるのが良いんですよね」

アートを離れて、日本ならではの事情もありそうだ。

日本の都市は、自然や生活のにおいを排除しながら発展してきた。「においを消し去って、人間の縄張りを拡大してきた空間が都市だと思う」と上田さん。「スメハラ」といった言葉も飛び交い、「におい」や「嗅ぐという行為」そのものに、忌避感が伴うことさえある。料理や香水など、好ましいものであっても「控えめ」が受け入れられやすい、独特の社会だ。

だが、そんな都市で、ひとたび災害や事故、あるいは事件が起こると、隠されていた下水やガスのにおいがあふれ、人を死に追いやることさえある。

「息る」ことに気づきを

さらにその空間で、人間は呼吸という、においを嗅ぐことと不可分の行為を絶え間なく続けている。生きることは、実は空気とにおいを共有することでもある。

共有しているのは人間ばかりではない。上田さんは「人間は、これは良いにおいだ、悪いにおいだ、と好き勝手に言っているけど、自然界に『人間のためのにおい』はないんですよね。自然界にあるのは、動物や植物が自分たちを守ったり、繁殖したりするためのにおいで、人はそれをちょっと借りているだけ」と話す。

においや嗅覚には、想像以上の広がりと深さがある。嗅覚をてこにすれば、社会や世界をもっと深く知り、生きる(息る)ことに新たな気づきを与えられるのではないか――。

長年使ってきた作家名MAKI UEDAを上田麻希に変えた。それは日本で、地に足をつけて、嗅覚アートの裾野を広げていく、という決意の表れでもある。嗅覚、そして嗅覚アートについて学べる場もつくりたい。それが上田さんの新たな目標だ。

満員電車の再現実験のためのビニールテントに触れる上田さん
満員電車の再現実験のためのビニールテントに触れる上田さん=2025年11月9日、東京都渋谷区、篠田英美氏撮影