ミツバチは8の字ダンスから目的地への「燃料」まで読み取る 敏腕「運び屋」の実態

――センターは1999年から、ダンスしたハチ(ダンサー)※)によって表現された距離を、追従するハチ(フォロワー)がどの程度読み取っているのかを調べているということです。どういう研究なのでしょう。
フリッシュが発見した「8の字ダンス」は確かに距離と方向を示していることは分かっていたのですが、どの程度までコミュニケーション手段として使われているのかは解明されていなかったのです。
そこで、もしそのダンスを読みとったハチが、ダンスで示された距離に応じて燃料を増やしているのであれば、その情報をきちんと使っていることになると証明できるのではないか、というのが発端でした。
――具体的にはどう調べたのでしょうか。
ハチは体内にほとんどエネルギーをためていません。えさ場に向かう時、巣の中にある蜜を仲間から口移しで受け取ります。その蜜を「蜜胃」と呼ばれる袋状の器官に入れ、燃料として使っています。センターはダンサーとフォロワーが、それぞれ出巣時にどのくらいの蜜を燃料として積み込むかを調べました。すると、ダンサーもフォロワーも距離が長ければ蜜を多く、距離が短ければ少なく調整していることが確認できました。
――フォロワーはダンサーよりも多めに燃料を積み込んでいますが、どういう理由なのでしょう。
ダンサーとフォロワーそれぞれのえさ場に関する情報量の違いではないかと考えています。フォロワーがダンスから受け取る情報はピンポイントで知らせるようなものではないので、えさ場にすぐたどり着けるとは限らないですからね。
――フォロワーがえさ場に1回目に向かう際と2回目を比べると、燃料は減り、3回目にはさらに少なくなっています。飛ぶごとに精度を高めているのでしょうか。
ミツバチは記憶力がとても良いんです。2、3回往復すれば、ほぼ完璧に場所を覚えます。今日のえさ場が有望であれば、一晩経って翌日もそこに向かうし、一日のうち特定の時間しか蜜を出さない花のところには、その時間帯しか行きません。
――時間をどうやって知ることができるのですか。
体内に時計を持っていて、体内時計や生物時計とも言いますが、それと照らし合わせて時間が分かるようになっています。
――えさを取りに行く時、どれくらい離れた場所まで飛ぶのでしょう。
セイヨウミツバチの場合、大半が2キロから3キロ圏内です。しかし、えさがない時期になるともっと遠くへ飛ぶものもいて、10キロ以上飛んだという記録もあります。
――仮に10キロ飛んで、8キロとか9キロの場所に有望なえさ場あれば、それをダンスで表現するのですか。
そうですね。たまにすごく長くダンスを踊っているのもいます。ただ、遠い場所だと、時間もエネルギーもかかるので、えさ場の評価としては落ちます。
――ダンスは何度も繰り返されるものなのですか。
繰り返します。巣の中で場所を移動して繰り返すこともありますし、ダンスした後に出巣し、戻ってきたらまた踊るというのが典型的です。それに、ダンスで動員されたものも、何度かえさ場と巣を行き来すると、「これは良い場所だ。蜜もまだまだある」と判断して、踊り始めます。良いえさ場に対しては、ダンスをするハチがどんどん増えていきます。
――いわゆる巣内で「バズる」状態になるということですか。
とても良い表現です、まさにそういう状態になりますね。
――出巣の際に燃料を調整するのはなぜなのでしょう。
蜜をたくさん持つと体が重くなりますから、飛ぶためのエネルギーが多く必要になったり、敏捷性(びんしょうせい)が失われて外敵に襲われたりするリスクが高まります。 巣にためてある蜜は、冬を越すための大切なエネルギー源になりますから、無駄に消費しないようにしなければなりません。
――著書では企業を例に「いくら売り上げ(持ち帰る蜜)が多くても、その経費(燃料)が多ければ、利益が上がらないのと同じ」と説明していますが、ミツバチの社会は組織論としてもとても興味深いですね。様々なミツバチの動きは、何らかの指揮系統や指示役がいて成り立っているのでしょうか。
指揮系統のようなものはありません。巣の中には指示を出すハチもいません。卵を産む女王蜂がいますが、女王といっても名前だけで、権力を持っているわけではありません。簡単に言えば、産卵の役割を担っている器官というだけです。
――それでは、個体が踊るのも、誰に言われているわけではなく、自分で判断しているということですか。
そうですね。そこは人間とは随分違うところで、人間というのはやっぱり組織があって、集団があると誰か指示するリーダーがいて、集団を目的に向かって動かします。ミツバチの社会はリーダーがいない。だけど、それで全体がうまくいく仕組みが進化しています。トップダウンで上が決めたことを下がやるのではなく、現場で判断しようというのがミツバチの社会です。
――どういう社会を築いているのでしょうか。お前は蜜を取りに行く役目、と誰かが決めているわけではないということですよね。
遺伝的な要素はあるようですが、完全にそれで決まっているわけではないと考えられています。ミツバチは寿命が1カ月くらいですので、日齢(にちれい)で数えますが、巣の中の働き蜂のうち、羽化したばかりのものは巣の掃除、3日ほどたつと育児や女王蜂の世話、12日ほどで蜜の受け取りや加工、20日ほどたつと外にえさを取りに行くようになります。
私たちは「外勤」と呼んでいますが、外に行くと捕食されたり、外敵に襲われたりする危険性もあるので、ある程度年を取った個体がその役割を担います。ただ、これは固定的ではなくて、何らかの理由でえさ係が減ったら、掃除係の若手がえさ係に回ることもあります。とても柔軟です。
――すごく効率的ですね。無駄なことは一切しないのですか?例えば、あるえさ場が有望だと、全てのえさ係がそこを目指すのでしょうか。
そこも面白くて、一つのえさ場に全員を割り当てないのが重要な戦略になります。1箇所に集中すると、そこが駄目になったら一から次を探さないといけなくなりますから。だから今はあまりよくないえさ場も見捨てず、数匹を通わせ続けます。これは無駄のように見えるかも知れませんが、リスクを分散している面もありますから、やはり効率的とも言えます。
――現在はどういう研究を進めているのでしょうか。
蜜を取ってくるハチは燃料に比較的薄い蜜を積んでいて、花粉を取ってくるハチは濃い蜜を積んでいくのですが、それがなぜなのか、ということを調べています。
花粉を取ってくるハチに実験的に薄い蜜を大量に与えると、それで出巣するのですが、持って帰ってくる花粉の量が減るのです。なぜなのか。可能性は二つあって、一つは花粉に蜜を混ぜて団子にするのですが、その時に薄い蜜だと粘性が低いので、うまく団子を作ることができないのではないか、 ということ。
もう一つは、薄い蜜を持って行くと、当然ですが糖の量が減るので、燃料として消費することを考えると、花粉団子を作るのに必要な蜜が減ってしまうのではないか、ということ。明らかにできたこともありますが、もう少し突き詰める時間が必要です。
――ミツバチ研究の面白さ、一番の魅力はどこにありますか。
人間は知能が発達していますから、考えて物事を解決しようとします。しかし、それでもミツバチに及ばないことがあるんですね。ミツバチのシステムの効率性は、常に想像を超えてきます。そこが一番の面白さではないでしょうか。