あえてゆっくり走るタクシーが好評?利用者のインサイトつかんだ独自サービスの狙い

その車の運転席と後部座席の間には見慣れないパネルがあった。「タートルタクシーモード いつもよりゆっくり丁寧な運転をします」と書かれ、カメのイラストがあしらってある。
「タートルの場合、コップに水が入っていてもこぼれないような運転をするイメージです」と、ハンドルを握る山下真人さん(40)。ただ、乗務経験1年半という山下さんは「まだ押されたことはありません。普段からカーブで遠心力を抑えるなど注意をしていますので」と笑った。
山下さんが勤務する三和交通(本社・横浜)が「タートル」を導入したのは2013年のことだ。利用者にアンケートを取ったところ、「ゆっくり走って欲しいと思ったことがある」との回答が8割近くにのぼったからだった。広報担当の水品巧さん(27)は「こちらにも『急いでいるだろう』という固定観念がありました。でも、それに加えて、9割以上が『自発的に声をかけづらい』と回答していたのです」と話す。
試験導入したところ、子ども連れや妊婦に好評で数カ月で配車依頼が約15%増えた。当初はボタン式だったが、2023年にパネルに一新。会話を控える「サイレントモード」、空調を上げ下げする「あったかモード」「ひんやりモード」なども加えた。パネルは現在、神奈川、東京、埼玉を営業エリアとする同社保有の665台のうち、547台に搭載しているという。
パネルの利用頻度は高いわけではないが、横浜市のJR鶴見駅前でタクシーを探していた主婦の高田知子さんは、この試みを高く評価した。高齢の母親と乗って「タートル」を押したことがあるといい、「特に目的地が近い時は申し訳ない気持ちもあって、ゆっくり行ってくださいと言いづらい。ボタンがあることで、配慮のある会社だなと分かるだけで随分違う」。
三和交通はほかにも、陣痛が始まったらかかりつけの病院に運ぶ「陣痛119番」、ペットと同乗できる「ペットタクシー」など、「運ぶ」に様々な価値を加え、ニーズを掘り起こそうとしている。
陣痛119番は、出産予定日や病院、緊急連絡先などのデータを事前に入力してもらうことで、スムーズな「搬送」につなげる。昨年、茨城県など一部自治体では、救急車で運ばれても入院に至らなかった場合などに病院の判断で料金を徴収する運用が始まった。利用者側に「重篤な場合以外はタクシー」との選択肢が広がる契機となるだろうか。三和交通の広報担当、小澤千秋さん(30)によれば、陣痛119番への登録は毎月1000件を超えているといい、「今後も増えていく」と見ている。
陣痛119番の登録者であれば、運転手側も、オペレーターから連絡を受けた際、手元のタブレットで把握できる。乗務員の山下さんは「陣痛のお客様を乗せた時は緊張しました。安全に、速くと集中しました」。配送業などを経て、転職した山下さんは今、「人を運ぶ」仕事に没頭している。出産後に病院から自宅に向かう赤ちゃん連れの家族、赤ちゃんのお宮参りなど「車内が幸せな空気で満たされて、お裾分けをいただくような時間」が特に思い出に残るという。