焼けた乗用車の画像が、中国のインターネット上を駆け巡った。中国の自動車メーカー「AITO Car(問界)」が販売した先進運転支援システムを搭載した電気スポーツ用多目的車(SUV)「AITO M7 Plus」が2024年4月26日、山西省の高速道路で事故を起こしたのだ。
この事故で夫ときょうだい、息子を亡くしたという女性が動画をネットに投稿し、調査してほしいと訴えた。彼女の投稿はすぐにすべて消えてしまい、彼女はこの件についてもう話すことはないと語った。
ある中国のビジネスニュース・メディアが、運転支援システムの安全性を疑問視する長文の調査報道をオンラインで公開した。ところが、その記事もまたすぐに消えた。
国営の全国メディアは事故発生から9日間、この事故に関する報道を控えた。その後、「AITO Car」による責任を否定する声明を掲載した。それによると、この車の自動ブレーキシステムは時速85キロぐらいまで対応できる設計だが、事故を起こしたSUVは道路整備車両の後部に追突した時、時速114キロ余りで走行していたという。
米国だと、同じような事故が起きればおそらく大きな注目を集め、政府や法的な調査が入る可能性があるだろう。米国でコンピューター誘導型の運転技術を使用している主要企業、電気自動車大手のテスラ、グーグルの自動運転車部門ウェイモ、自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)傘下のGMクルーズなどは、いずれも注目度の高い安全調査の対象になっている。
ウェイモは、米アリゾナ州フェニックスで無人運転のテストを行っているが、米道路交通安全局(NHTSA)による審査を受けている。GMは、クルーズが米サンフランシスコで展開していたロボットタクシー(無人運転タクシー)が、人間の運転する車にぶつかったはずみで進路に出た歩行者を引きずった事故を受けて、フェニックスでテストを再開した。
中国では、一般国民や当局者による監視がはるかに少ない。政府がこのテクノロジーを強力に支援し、事故に関する情報公開を厳しく制限しているからだ。中国政府の交通運輸省(訳注=日本の国土交通省にあたる)は2023年12月、自動車の運転を人間からコンピューターに広く移行させるための安全規則を発表した。
「わが国の自動運転産業の発展環境はますます完璧に整いつつあり、自動運転車の導入の可能性が高まっている」。交通運輸省の研究副主任ワン・シェンチンは国営新華社通信に、そう語った。
中国政府は、自動的な車線変更や高速道路での障害物回避など自動運転車や先進運転支援技術の安全性にかかわる事故の統計を公表していない。中国の自動車業界の幹部は、これらのテクノロジーは安全だと言っている。
自動車メーカーと協働関係にあるハイテク大手「百度(バイドゥ)」は、武漢市(訳注=中国中部・湖北省の省都)で自社製の無人運転タクシーの車両をテストしている。
「小さな傷やへこみは避けられないが、これまでに大きな事故は起きていない」とワン・ユンペンはスピーチで述べた。百度のインテリジェント運転事業群(IDBG)の社長を務めている。
2024年5月、記者は2日間にわたって武漢市内で百度のロボットタクシーに6回乗った。このうちの1回は、セーフティードライバー(訳注=安全運行を監視する乗員)が同乗していなかった。長江のはるか上にかかる高速道路の高架の上部デッキを猛スピードで走行する車の列の中で、私が乗ったロボットタクシーはほとんど停車しそうになるまで減速した。
私の乗った車は、高速道路の出口に向けて中央車線から右側車線に移ろうとしていた。少し後方で右側車線を走っていた青い車の運転手が、私の車を前方に入れようとしてスピードを落とし始めた。
だが、私の車も減速し続け、隣の車線に移るために加速する代わりに、自動的にクラクションを鳴らして道を譲り始めた。2台の車はスピードをどんどん落とし続け、ほとんど動かなくなってしまった。
高速走行するもう1台の車が、私たち2台の車の近くを走り抜けた。私が乗ったロボットタクシーは、ようやく右側車線の青い車の前方へとゆっくり進んでから加速し、予定していた通り、橋を渡った次の出口から出た。
私は百度に、何が問題だったのかを調べてもらえないか、尋ねてみた。同社の広報担当者は、今回の出来事は異例の状況で起きたことであり、武漢のドライバーたちがそれほど自発的に道を譲ることはめったにないと言うのだ。
彼女は、百度は今回の事例を調べ、自動運転車を制御するアルゴリズムを調整するかどうか検討するとも話していた。
武漢のドライバーの多くは、確かにかなり攻撃的だ。別のロボットタクシーが、歩行者が渡れるようにと横断歩道で一時停止したところ、後続車の運転手たちがイライラしてクラクションを鳴らすのを、私は目の当たりにした。
1年前のことだが、私は蘇州で、中国の新興企業が運営するロボットタクシーに10分間乗ってみた。そのタクシーは誤って3度、緊急停止。私も同僚もシートベルトをしたまま前方に押し出されたのだが、ぶつかったり、けがをしたりすることはなかった。
その車に同乗していた監視役の乗員の説明によると、注意深く設定されたソフトウェアが、歩行者や止まっている車両を、タクシーの進路に進入しようとしていると誤って認識したからだという。
自動運転車の開発には、多くの政府機関やその他の機関が一翼を担ったと主張している。しかし、安全性の統制に直接的な責任を持つ機関はない。
中国の企業は、自動運転車が歩行者――中国の都市では、その数は米国のおおかたの都市よりはるかに多い――とどのような影響を相互に与え合うのかについてデータを集めるために、広範囲にわたる実験を実施してきた。
北京の北西の郊外にある製鉄所跡地は現在公園になっているが、百度はそこで、ロボットタクシーが密集する人の中をゆっくりと慎重に走行する実験を3年間にわたって実施している。
交通運輸省が主導する官庁横断の作業部会は2023年12月、安全に関する総則をいくつか決めた。ほとんどのロボットタクシーは監視役を乗せる必要がなくなったが、車両3台につき1人の遠隔操作者を配置しなければならない。作業部会は、さらに詳細な規則づくりは2026年初頭まで先延ばしにした。
関連各社は、最終的な規則の策定に反映されるよう、その期限までにできる限りの進歩を遂げようとしている。最もよく利用されるシステムを開発した企業が大金を手中にするだろう。
運転支援システムや無人運転システムで、コストがかかるのは主に開発段階であり、製造段階ではない。最も多く販売する企業は、開発コストを多方面に分散できる。
しかしながら、中国では安全性への懸念が根強く残る。海南省の報道機関は2024年6月7日、ウェブサイトのトップに、ある記事を掲載した。記事によると、先進的な運転支援システムを搭載した中国スマートフォン大手「シャオミ(小米科技)」の電気自動車「SU7」が制御不能となって加速したらしく、1人が死亡、3人がけがをしたというのだ。
記事が掲載されてから3時間も経たずに、中国内で最も閲覧されたニュース記事ランキングの4位になった。
シャオミはすぐに声明を発表し、事故を起こした車にはまったく問題がなかったと述べた。その後、問題があったことを示唆する記事は、ネットユーザーが撮影した数点のスクリーンショットの写真を除いて、中国のインターネットから消えた。(抄訳、敬称略)
(Keith Bradsher)©2024 The New York Times
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