アマゾン、グーグル、TikTok(ティックトック)などの企業の技術系幹部やエンジニア、営業担当者らが2024年4月のある朝、サウジアラビアの首都リヤドから50マイル(約80キロ)離れた砂漠の中に造られた会場で開かれる大規模な会議に参加するため、車を走らせ、3時間の交通渋滞に耐えた。
目指すのは、石油偏重を補完するためにハイテク産業の構築を目指すこの王国の数十億ドルにのぼる資金だ。
「Leap(リープ=跳躍)」と呼ばれるこのイベント会場の入り口には「未来へ」のスローガンが掲示されていた。
会議には20万人を超す人たちが集まった。その中にはアマゾンのクラウドコンピューティング部門の最高経営責任者(CEO)アダム・セリプスキーがおり、データセンターと人工知能(AI)テクノロジーのために53億ドルを投資すると発表した。
IBMのCEOアービンド・クリシュナは、サウジ政府のある閣僚が言及した王国との「生涯にわたる友好関係」について話をした。ファーウェイ(華為技術)その他十数社の重役も講演した。サウジの国営通信社によると、そこで100億ドル以上の取引が成立したという。
「ここは、すばらしい国だ」とティックトックのCEO周受資は会議で述べ、サウジにおける動画アプリの成長を予測した。「我々はさらに多くの投資をする準備がある」
サウジはAI分野で有力なプレーヤーになることを目指しており、そのために目を見張るほどの金額を投入しているので、ハイテク業界の誰もがサウジと友好関係を結びたいと考えているようだ。
サウジは今年、AIやその他のテクノロジー分野に投資すべく1千億ドル規模の基金を設立した。加えて、400億ドルをAI企業に出資するため、米シリコンバレーのベンチャーキャピタル会社「アンドリーセン・ホロウィッツ」やその他の投資家らと協議中だ。
2024年3月、サウジ政府はAI起業家を誘致するため、10億ドルをつぎ込んで、シリコンバレーを手本にスタートアップ企業のビジネス拡大をサポートする組織を作ると発表した。こうした取り組みは、大半の主要国家による投資をあっさりと凌駕(りょうが)するものだ。
この電撃的な支出は、皇太子ムハンマド・ビン・サルマンが2016年に大枠を公表した、「ビジョン2030」として知られる計画に端を発している。
サウジは、石油に依存した経済からハイテクや観光、文化、スポーツといった分野に多様化を図ろうと躍起になっている。サッカーのスーパースター、クリスティアーノ・ロナウドに年2億ドルともいわれる金額を払い、砂漠に全長100マイル(約160キロ)に及ぶ鏡張り超高層ビルの建設を計画している。
ハイテク業界にとって、サウジは長年にわたって資金の供給源だった。しかし、現在は石油の富を国内のハイテク産業育成に振り向けており、国際企業に対して、もし資金が欲しいならサウジに根を下ろすよう求めている。
皇太子ムハンマドが成功すれば、サウジは中国や米国、そして生成AIで画期的な進歩を遂げたフランスなどの国々の間で激化する世界的な競争の一角を占めるようになるだろう。隣国のアラブ首長国連邦(UAE)によるAIへの取り組みと相まって、サウジの計画は世界のハイテク産業における新たな中心地を生み出す可能性を秘めている。
米政界には、サウジの目標と権威主義的な傾向が米国の利益に反する可能性があることを心配する向きも多い。具体的には、サウジが中国の研究者や企業にコンピューティングパワー(訳注=情報やデータを、コンピューターで自動的あるいは効率的に計算・処理・伝達・保存などする能力)を提供するようになることを懸念している。
米政府は2024年4月、マイクロソフトがUAEのAI企業「G42」に投資する契約を仲介したが、これには中国の影響力を弱める意図もあった。
中国にとって、ペルシャ湾岸は一大市場であり、潤沢な資金を持つ投資家とお近づきになり、伝統的に米国と同盟関係にある国々に影響力を行使する機会を提供してくれる地域だ。
業界のリーダーたちの一部は(サウジに)お目見えし始めている。サウジ最高峰の研究大学であるアブドラ国王科学技術大学(KAUST)で現在AIプログラムを率いるAIのパイオニア、ユルゲン・シュミットフーバーは、何世紀も前、科学と数学の中心地であった王国の草創期に思いをはせた。
「新たな世界に貢献し、この黄金時代を復活できたらすばらしい」と彼は言い、「それには資金が必要だけど、この国にはたっぷりある」と続けた。
KAUSTは、米国と中国との技術対決の場となっている。
米カリフォルニア工科大学(CALTECH)などをモデルにしたKAUSTは、外国からAI分野のリーダーたちを招聘(しょうへい)し、AI研究の中心地を築くためにコンピューティングリソース(訳注=コンピューターシステムが計算やデータ処理をするために必要な資源)を提供している。
その目的を達成するため、KAUSTは頻繁に中国で学生や教授を募集し、研究提携を結んでおり、米国の当局者らを警戒させている。
アナリストや米国の当局者らは、中国で「国防7校」として知られる軍関連大学(訳注=ハルビン工業大、北京航空航天大など)の学生や教授がKAUSTを利用して米国の制裁を回避し、AIの覇権争いで中国を後押しすることを恐れているのだ。
とりわけ懸念されているのは、KAUSTが域内最速のスーパーコンピューターの一つを構築していることだが、そのためには「Nvidia(エヌビディア)」(訳注=米カリフォルニア州サンタクララに本社がある半導体メーカー)製のマイクロチップを数千個必要としている。
NvidiaはAIシステムを稼働させる貴重なチップの最大手メーカーだ。チップは売買が成立する前に米政府から輸出許可証を取得することが義務づけられており、推定価格1億ドル以上にのぼるKAUSTのチップ発注は米政府の審査中は保留されている。
シュミットフーバーはスーパーコンピューター「Shaheen3」(訳注=シャヒーン。アラビア語でハヤブサの意)の完成を待ち望んでいる。これはより多くの優れた人材をペルシャ湾岸に呼び寄せ、研究者たちに、通常は大企業に独占されているコンピューティングパワーを利用する機会を与える。
「他の大学では、同様のことはできないだろう」と彼は言っている。
米政府には、スーパーコンピューターの導入で、中国の大学の研究者たちが中国にはない最先端のコンピューティングリソースを利用できるようになるのではないかと懸念する向きもある。ニューヨーク・タイムズの調査によると、KAUSTの学生とスタッフ十数人以上が「国防7校」の出身だという。
シュミットフーバーによれば、サウジ政府は最終的には米国に足並みをそろえたという。米国のテクノロジーは、サウジの石油産業の発展に貢献したように、AI開発においても重要な役割を果たすだろう。
「誰もそれを台無しにしたくないのだ」と彼は言う。
かつてサウジは、制約の少ない資金の供給源とみなされていた。現在は、契約条件を追加し、多くの企業に対して経済的な恩恵にあずかるためには王国に根を下ろすよう求めている。
そのことは、サウジ当局が2024年3月に10億ドルの資金提供を発表したAI新興企業の支援プログラム「GAIA」でも明らかだった。
このプログラムに参加する各新興企業は、首都リヤドに少なくとも3カ月留まることと引き換えに、約4万ドル相当の助成金を取得し、10万ドル相当の投資を受けられる可能性も手にする。
起業家はサウジに会社を登記し、投資の50%を同国内で支出することが義務付けられる。また、アマゾンとグーグルから購入したコンピューティングパワーを無料で利用できる。
2023年のGAIAプログラム開始以来、台湾、韓国、スウェーデン、ポーランド、米国など約50社の新興企業が同プログラムに参加している。
「私たちは有能な人材を集めたいし、彼らに居ついてほしいのだ」とGAIAプログラムのマネジャー、モハメド・アルマジアドは言い、「これまで石油に大きく依存してきたが、私たちは、いまは多様化を望んでいる」と語った。
AI新興企業にとっての最大の魅力の一つは、潤沢な資金を持つサウジ政府を顧客にするチャンスにある。最近のある会合で、通信・情報技術担当相アブドラ・アルスワハはGAIAの新興企業に対し、サウジ政府に何を提供できるのかを提案するよう求めた。その後、アルマジアドによると、企業の多くが国営企業を紹介するメッセージを受け取った。
リヤド駐在を決断するのは難しい。夏には気温がカ氏110度(セ氏43度超)以上にもなるし、移住するなら信仰心のあついイスラム王国に適応する必要がある。サウジは近年、規制の一部を緩和しているが、言論の自由は依然として制限されており、LGBTQの人たちは刑事罰に処される可能性がある。
アルマジアドは、文化の違いが国際的なAI人材の採用を難しくする可能性はあると指摘する。ただし、彼はサウジアラビアの決意を過小評価しないよう注意を促した。
「まだ、ほんの始まりに過ぎないのだ」と彼は言っている。(抄訳、敬称略)
(Adam Satariano and Paul Mozur)©2024 The New York Times
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