1. HOME
  2. World Now
  3. 大学から産業界へ、流出続くAI専門家 「次世代をどう育てれば」学界の困惑

大学から産業界へ、流出続くAI専門家 「次世代をどう育てれば」学界の困惑

ニューヨークタイムズ 世界の話題
FILE -- From left: Dimitris Konstantinidis, Ellen Cappo and Arjav Desai place batteries into drones at the Robust Adaptive Systems Lab, part of Carnegie Mellon's Robotics Institute, in Pittsburgh, May 26, 2017. After losing top professors, college students are less likely to create artificial intelligence start-ups and get less venture funding, the research says. (Kristian Thacker/The New York Times)
カーネギーメロン大学ロボット工学研究所のロバスト適応システム実験室で、ドローンにバッテリーをセットする作業が行われた=2019年5月26日、米ピッツバーグ、Kristian Thacker/©2019 The New York Times

大手のハイテク企業は、長年にわたり、人工知能(AI)の専門家を学界から呼び込むために高額な給与や特別手当、ストックパッケージを活用してきた。さる9月に公表された研究報告書によると、こうした移籍は学生たちの大学卒業後の展望にダメージを与えている。

この種の研究は今回が初めてのもので、米ロチェスター大学の学者たちが行った。過去15年余の間に、北米の大学から153人のAI分野の教授が産業界に流出したことが判明。この他に、68人が産業界に移り、同時に大学でパートタイムの任務をこなしている。

近年、こうした移籍が劇的に増加していることが研究で分かった。2004年から09年の間には26人の大学教授が産業界に移った。18年の場合は1年間で41人が移籍した。ここ15年における幾何級数的な移籍増は、この傾向が持続していることを示している。

こうした人材のシフトはGoogle、Microsoft、Amazon、Appleといったハイテク最大手のAI開発を加速させる可能性がある。

しかし、教授たちが流出した大学では、卒業していく学生たちが新たなAI企業を創業する可能性が低くなった。研究によると、彼らが会社を起こした場合でも、より少額な資金しか手にできなかった。その影響が最も目立ったのは、新たなAIシステムで重要な部分を担うテクノロジーの「ディープラーニング(deep learning=深層学習)」の分野だ。

学界からの頭脳流出はいずれ、経済全体のイノベーション(innovation=革新)や成長を阻む可能性がある、と今回の研究は指摘している。「知識の伝達が失われ、そのためにイノベーションも失われるのだ」とマイケル・ゴフマンは言う。ロチェスター大学の教授(財政学)で研究論文の筆者の一人だ。

ディープラーニングは「ニューラルネットワーク(neural network)」によって駆動される。このニューラルネットワークは、膨大なデータを分析することでタスク(訳注=コンピューターで処理される作業の最小単位)を独力で学習できる複雑な数学システムだ。たとえば、数千枚のイヌの写真のパターンを特定することで、ニューラルネットワークはイヌを認識できるようになる。

ハイテク業界は、2010年まではこのアイデアをおおむね無視してきた。ところが、インターネットは大量のデータを生み出し、新しいコンピューターチップがそうしたデータを分析する時間を短縮するにつれて、この技術がそうした情報すべてを有する会社にとってはより有意義なものになってきた。

機械学習はAIシステムによる写真の認識や話し言葉の識別・翻訳のようなタスクの実行にも役立つ。また、自動運転車が物体を認識し判断を下すのにも役に立つ。

大手のハイテク企業は、この技術の分野を専門とする学者の多くを採用してきた。長年にわたり学者の任にあった3人がニューラルネットワークの業績で最近、チューリング賞――しばしば計算機科学におけるノーベル賞と形容される――を受賞した。そのうちの2人が産業界に移った。一人はGoogle、もう一人はFacebookだった。

ハイテク業界と自動車業界は、大学から学者たちを呼び込むさらなる波を起こすことで無人自動車の構想を積極的に推進してきた。Uberは2015年、カーネギーメロン大学のロボット工学研究所から研究教授を含め40人を雇った。

以来、今回の研究によると、あらゆる種類の人工知能に関する産業界の関心が増進してきた。Alphabetが親会社のGoogleとDeepMindは23人の教授を採用。Amazonは17人、Microsoftは13人、そしてUber、Nvidia、Facebookはそれぞれ7人ずつ教授を採用した。

ハイテク企業は、彼らが学界を略奪しているという見解には異を唱えている。たとえば、Googleの広報担当は、同社は学術研究の熱心な支持者だと言っている。

「わが社は2005年以来、学術研究に2億5千万ドル以上を寄付してきたし、毎年30人を超す客員教授や数十人の博士課程の大学院生、数千人の研修生のホスト役を果たしている」。広報担当のジェイソン・フライデンフェルズは、そう言っている。彼によると、多くの教授たちがGoogleで働き、大学の職に戻っていく。

研究で分かったことは、教授の移籍で最も影響を受けるのは、4年から6年後に卒業していく学生である。それはおそらく、移籍した教授とのやり取りがほとんどなくなるためだ。どの大学のケースをみても、移籍する教授の数が顕著に増えると、AI起業家の数は13%減少した。

この影響が特に目立つのは、トップ10の大学や博士号(Ph.D.)を取得した起業家たちである。一部の専門家たちは、トップ級の教授たちが産業界に移ると、次世代の学生の教育が痛手を被ると懸念する。

「産業界が最先端の学者たちを採用し続けるとすれば、人工知能の分野における次世代の改革者を誰が育てるのか?」。カーネギーメロン大学の教授(コンピューター科学)のアリエル・プロカッチャが、米大手総合情報サービス「ブルームバーグ」のオプエド(訳注=主に社外筆者による意見記事)欄で最近指摘した。

FILE -- The National Robotics Engineering Center, part of Carnegie Mellon
カーネギーメロン大学ロボット工学研究所の一部を構成する米国立ロボット工学センター=Kristian Thacker/©2019 The New York Times

カーネギーメロン大学の場合、いずれも終身在職権を持つ教授17人が産業界に移ったことを今回の研究は示している。そのうちの何人かはUberの大量採用に含まれていた。ワシントン大学とカリフォルニア大学バークリー校からはそれぞれ11人が移籍した。

今回のロチェスター大学の研究は、教授が去った後に学生たちが受けた教育の質を直接分析したわけではない。その代わりに、この研究はスタートアップ経済に焦点を当て、教授の移籍が学生によるスタートアップの立ち上げの減少を招いたことを示した。研究によると、教授が大学を去り、その後任に下位の学校から来た教授が就くと、学生たちがスタートアップを立ち上げる可能性はさらに低下する。

スタートアップ経済の後退がAIの進展を阻害するかどうかについては、専門家たちの見解は分かれる。

「学生たちが自分の会社を創設しないからといって、彼らがAIの分野に進まないことを意味するわけではない」とジョシュア・グラフ・ジビンは言う。カリフォルニア大学サンディエゴ校の教授(経済学)だ。「彼らは、別のやり方でAIに携わるかもしれない」

だが、次世代が適切な教育を受けられることを保証するには大学の資金を増やすべきであるとの意見には多くが同意している。

「機械学習や人工知能は、最も刺激的で急速に拡大している科学分野の一つだ」とマサチューセッツ工科大学スローン経営大学院の教授スコット・スターンは言い、「私たちは将来の利益のために投資するのだということを再確認する必要がある」と続けた。(抄訳)

(Cade Metz)©2019 The New York Times

ニューヨーク・タイムズ紙が編集する週末版英字新聞の購読はこちらから