まずは「大きな一歩」
――2月に日本政府がデジタルノマドを想定した在留制度案を発表しました。どう評価していますか。
(3月3日締め切りの)パブリックコメントの結果を受けて詳細を詰めていくということで、尚早かもしれませんが、非常に大きな「ファーストステップ」だと感じています。
僕がデジタルノマドという言葉を知って興味を持ったのがコロナ前の2016、2017年ごろ、僕自身が海外でリモートワークをしていた時でした。その後、デジタルノマドが何か日本のあらゆる社会課題に対して新しい可能性を見いだすんじゃないかと思い誘致事業を進めてきた中で、今回、日本政府が「新しいインバウンド」という言い方をして誘致に前向きに対応していくことを、非常にうれしく思っているところです。
日本デジタルノマド協会としても、パブリックコメント等で現場のリアルな声を政府に届けながら、最終的なビザ内容が少しでも実際の声が反映された形になっていくよう期待しています。
「期間」「年収」「対象国・地域」のハードル
――現段階での海外のデジタルノマドたちの感想を教えてください。
日本は今、一般的なインバウンドでも非常に人気の目的地になっていて、それはデジタルノマドたちにとっても同じです。これまでずっと「日本は自分たちが行きたいトップリストだ」と言っていたので、政府がビザを発行すること自体は非常に評価されていて、「いよいよ日本がビザを発行するんだ」と前向きに受け止められています。
一方で、まだ全容が明らかになっていない中ではありますが、滞在期間について「半年か……」「もっといたい」という声も聞こえます。日本デジタルノマド協会では「デジタルノマドブック」を発行していて100人のデジタルノマドたちにアンケートを取ったところ、「6カ月以上滞在したいと思う」、つまり計画されているデジタルノマドビザよりも長く滞在したいと答えた方が42%いました。
例えば、お隣の韓国がまさに今年の1月1日からワーケーションビザを発行すると発表をしています。それだと最大2年間の滞在が可能になります。台湾は、いろいろと条件は違うものの、IT従事者などを想定したいわゆるデジタルノマドビザに類似するものとして「ゴールドカード」と呼ばれているビザがあり、最大3年間の滞在が可能になります。しかもその後、永住権の申請も可能性として含まれるということで、この辺りが隣国・地域と比較しても日本は短いので、今後の改善に期待しています。これが一点目です。
二つ目が年収の制限というものがあります。
日本は要件が「1000万円以上」と言われていて、高所得者向けにこのビザを発行することが政府から明確に表明されているわけですが、デジタルノマドの方はフリーランサーとかいわゆるスタートアップなど個人事業主も多く、皆さんが収入1000万円以上というわけではないんです。「みんながみんな応募できるわけではないよね」という声が届いています。
三つ目が、構造的に本当に難しい課題なんですが、今回のビザ発給対象となる国・地域数が49という部分です。これはビザがすでに免除されている国、並びに租税条約を結んでいる国と、条件が二つ重なっていますが、台湾や韓国の制度にはそういった条件は今のところ見当たりません(中国と香港は除く)。
デジタルノマドは今、本当にいろんな国から来ています。その中にはビザ免除国に当たらない国から来る方もたくさんいるんです。そういう方々こそ、実は今回のビザに期待をしていました。ビザを取るのに観光(短期滞在)ビザでは難しい方が、デジタルノマドビザを取ることで、より日本に滞在しやすくなるということを期待していたので、「ああ、僕たちは引き続き難しい方の(短期滞在)ビザを取る必要があるのか」と落胆の声が聞こえてきています。
「観光ビザの延長」か「就労ビザの緩和」か
――新しいビザ制度は「海外と雇用関係を持つ」デジタルノマドを想定しているようです。滞在中に就労先を見つけてはいけないという意味合いでしょうか。
そうですね。ここに大きな壁があると思っています。
デジタルノマドは、観光と就労の間に当たるわけですが、果たして「観光ビザの延長」なのか、「就労ビザの緩和」なのかという観点で、各国の対応は結構違っています。台湾は就労も認めるビザになっています。韓国はワーケーションビザなので国内での就労は認めていません。台湾と韓国でも分かれているんです。
今回のデジタルノマドビザの発行に当たって、その目的としてまず一つは、高所得層の方に長期滞在していただくことで、経済的な消費を促すという目的があります。韓国もおそらくそういう考えで(観光ビザ寄りの)制度を設計していると理解しています。今後、日本はそこからもう一歩進めて、「新しいインバウンド」としての「ビジネスマッチング」についても着目してほしいと思っています。
デジタルノマドは、スタートアップ同士の交流だったり、海外投資家と日本の事業へのマッチングだったり、通常のインバウンドの観光客に比べてビジネスでマッチングする可能性が非常に高いと言われています。
その中で、たとえば福岡に半年間滞在していたデジタルノマドが現地のスタートアップと出会って交流をして、そこから「一緒に仕事をやろう」となる可能性は大いにあると僕は思っています。そうなったときに、「いや、日本にいる間は契約を受けられない」となるわけです。これが国外に滞在しているデジタルノマドであれば問題がないところ、場合によっては一度、出国してもらうことになるわけです。ここがなかなか難しいなと思います。
この点は日本だけが遅れているとも言えなくて、デジタルノマドビザの就労を認めない国は、他にもあります。背景には、就労した際の税制の整備が必要だったり、一部では国内での雇用を心配する世論面への配慮もあるのかもしれません。ビジネスマッチングへの期待はされるものの、制度整備には時間がかかるんだろうと理解しています。
国内にもたらされるビジネスチャンス
――いまビジネスマッチングに触れられましたが、日本のビジネスにどんなチャンスが生まれるでしょうか。大瀬良さん自身も、デジタルノマドワーカー誘致事業などを行う会社「遊行」を設立されていますね。
まずはインバウンドの取り組みとして、自治体からのお問い合わせは増えています。僕は福岡市でデジタルノマド誘致の取り組みに関わらせていただいたんですが、福岡市以外にも興味関心を持つ自治体があり、日本デジタルノマド協会としてもサポートしていきたいと考えています。
その他では、例えば滞在施設を運営されているホテル事業者、並びに不動産事業者がこういったデジタルノマド向けに滞在施設のサービスを作っていくお話もあります。それからコロナの中でも増えてきたコワーキングスペースに海外から来てもらうことで、地域のスタートアップの支援として新しい可能性を期待するというところで、コワーキングスペースがデジタルノマド誘致に興味を持っていたりしますね。
――自治体も含めて様々なビジネスチャンスになり得るということですね。大瀬良さんが運営する会社はほかにどんな事業を展開しているのでしょうか。
一つに、デジタルノマドを呼びやすくするコンサルティングがあります。
例えばコワーキングスペースの場合、日本と海外では時差があり、アメリカの朝が日本の夜にあたったりします。コワーキングスペースが夜8時や9時に閉まると、夜中に打ち合わせをする場所がなくなってしまうので、夜中にも打ち合わせスペースとして利用できるよう24時間化したり、デジタルノマド向けの新しい料金プランを設定したりする提案をさせてもらっています。
福岡市(の受託)で行った取り組みとしては、実際にデジタルノマドが来た時に、どんなプログラムがあれば、どうコミュニケーションをとっていけば、この街、あるいはこのサービスに対して満足度が上がるのか、我々で提案をさせてもらいました。さらにその作ったプログラムを独自のコネクションを使い、様々なアプローチ先に実際に誘致を図っていくということをしました。
――福岡市から受託した海外デジタルノマド誘致に向けたプロモーション事業では昨秋、24の国・地域からデジタルノマドの方を招いて誘致の実証実験をされたそうですが、手応えはどうでしたか。
福岡は、アジアの中では有名な街なんですが、欧米の方々の間には「東京や京都に行きたいんだけど」という声も最初はありました。ですが、来てみるともう彼らの期待以上でした。
例えば、福岡は交通の便が最高に良くて、空港から2駅で博多駅に着いて、さらにもう数駅乗ると天神エリアに着くわけです。それから、海外の人にとって、日本食といえば「ラーメンと寿司」なわけですけれど、皆さん毎日いろんなラーメン屋さんに行って楽しんでいましたし、都市であるにもかかわらず東京に比べても物価が非常に安いので、円安の影響もありましたが「まさか、こんなにおいしいご飯が7、8ドルほどで食べられるなんて」と驚いていました。
福岡からは週末にさくっと韓国・釜山(プサン)に行くこともできます。
ソウルのデジタルノマドのコミュニティーと交流して話を聞くと、もう9割9分の人が、韓国に来る前に日本に行ったか、これから日本に行くかどっちかなんですよ。ヨーロッパの方々にとって、韓国と日本は「ニコイチ」の存在なんですね。そうした中で、福岡と韓国はとても簡単に往復できますから、僕らとしても当然、遠くから誘致するよりも韓国などのアジアや東南アジアにいるデジタルノマドから声をかけた方がいいよね、となります。「遊行」ではそうした誘致のアプローチもさせてもらっています。
もう始まっているデジタルノマド誘致合戦
――デジタルノマドは世界に3500万人いて、どんどん市場が拡大しているそうですが、全世界でデジタルノマドの誘致合戦、奪い合いになっていくということでしょうか。
誘致合戦はすでに始まっていて、我々の調査によれば、今50カ国以上でデジタルノマド誘致にあたるビザが発行されていると理解しています。そういう意味でいうと、今回の日本政府の対応は50番目、51番目とも表現できるかと思いますし、それは決して早いとは言えないと思っています。
それこそ韓国と日本のどちらの国がデジタルノマドとして居心地がいいかということも、アジアに興味のある人たちにとっては比較対象になると思います。その中で、日本のことだけ考えていてもしょうがないので、韓国と日本が一緒に手をつなぎながら、お互いに「(滞在先として)どっちもいいよね」と進めていく必要があるなと思っています。
「帰る理由がない」タイがデジタルノマドたちを魅了する理由
――大瀬良さんはブルガリアや南アフリカ、韓国、台湾でデジタルノマド経験があるそうですね。
(前職の)「HafH」時代にコロナ前は海外への営業も多数させてもらっていて、ベトナム、タイ、インドネシア、フィリピン、マレーシアなど東南アジアに滞在しました。「それはデジタルノマドだったね」と後から言われればそうだったなと思います。
――たくさんの国や地域を見てきて、どこに主眼を置いている土地が大瀬良さんにとってもっとも滞在しやすく快適だったでしょうか。
「ここは納得」というところでは、タイのチェンマイは本当にみんなが口をそろえて褒め、世界中の人たちが居心地の良さを感じる場所です。僕自身、「なんで帰らなきゃいけないんだっけ」と思うぐらい、心地よさを感じました。
いくつかポイントがあります。1番目には物価の安さです。1カ月に8、9万円出せば2LDKのプール・ジム・家具付きのコンドミニアムの選択肢がたくさんあります。僕は1カ所にとどまらずにいろんなホテルを泊まり歩くこともやっているんですけど、ホテルも1泊3000~4000円。40~50平米の部屋にプールが目の前にあるホテルなど選択肢も多い。
コワーキングスペースも、例えば仮想通貨で料金を払えて、テックのリテラシーも高い。コミュニティーも成熟していて英語がどこでも通じます。だから英語さえだいたい分かれば本当に生活に何の苦もないんですね。
働く環境に加えて日本食もおいしい。おいしいラーメン屋もある。マッサージも安くて気持ちがよく、気候は温暖で、ずっとTシャツと短パン、サンダルで過ごせて、もう何のストレスもありませんでした。
日本の強みとは?
――タイもかなり魅力的ですが、大瀬良さん自身は日本の強みはどこにあると思いますか?
一つは、日本食です。僕はよく「胃袋でつかみなさい」という言い方をしています。
日本のいいところは日本食だけじゃないんですよね。ハンバーガーもおいしい、イタリアンもおいしいし、フレンチもおいしいし、中華もおいしい。本当にいろんな料理が食べられるし、今の円安のおかげで非常に割安に食べられるところは大事かなと思っています。
二つ目は、日本文化への尊敬です。
日本人ってすばらしい、日本文化ってすばらしいと(海外から訪れた人が)尊敬してくださる気持ちです。タイにはタイの文化があり、日本は日本であって、どっちが優れているという比べる意図はありません。
本当に日本に興味を持ってくれる人たちが、もっと日本のことを深く知りたい、観光客としてではなく、短いながらも2、3カ月暮らす中でもっと深く日本を感じたいといった時に、彼らに対してオープンで多様な価値観を受け入れられる町は、今後もすごく人気になっていくんじゃないかなと思いますね。
――そうすると今まさに開かれようとしている日本のデジタルノマドワーカー制度を活性化させるには、受け入れる側の態度がかぎになってくるのでしょうか。
そうですね。こういうお話をすると、「外国人をどう受け入れるか」と表現されることが時々あるんですけど、ここはもう「人と人」なんですね。
例えば、デジタルノマドの人たちは「どこ出身ですか」と聞かれると「やれやれ、またその質問か」みたいなところがあるんです。彼らは生まれた国にいることにあまり執着がないからこそ、いろんな国に行くわけです。
特に日本に来ているデジタルノマドの中には、日本の方が母国よりも居心地がいいと言ってくれる人もいます。だから、「外国人だから」という部分にとらわれすぎず、人と人として接し、日々のあいさつなど日本人が日本人同士で大切にしていることを彼らにも一緒にやっていく。これを一つひとつ積み重ねることがすごく大事なんじゃないかなというふうに思います。
「お客から仲間へ」デジタルノマドが地域にもたらす未来
――そうすると制度を作るときも、どれだけ経済効果をもたらすかよりも、人としてデジタルノマドたちを見ることが大切だということですね。
数泊しか滞在しない観光客では、なかなか理解し合うことはできないわけですが、デジタルノマドの人たちはみんな、日本に限らず「3カ月はいたい」と言います。3カ月いる間に何カ所か回りたいかといえば、バックパッカーと違って皆さん「1カ所でいい」と言います。1カ所に長くいて、時々そこから出かける、そういう暮らし方をするのがデジタルノマドの割とスタンダードなライフスタイルなんです。
僕らが話を聞いたあるデジタルノマドはこう話していました。「僕らは税金を払わずに3カ月ここに滞在する。そうすると、その地域の人たちが税金を払って生まれた公共サービスにフリーライド(ただ乗り)をすることになる。それは非常に申し訳ないから、僕らが地域に何か貢献できることがあれば、ぜひそこに参加したいと思っている」
いろんな地域を暮らすように旅をする方々って、地域を理解しないとその土地に長くいられないことを重々分かっているんですね。地域の人たちの邪魔になってはいけないということを、観光客以上に理解しなきゃいけない状況になるんです。だからギブバック、つまり「地域への恩返し」の意識が非常に高いんです。ですから、観光客にはきれいな海を見せるんですけれども、デジタルノマドにはきれいな海を守るために一緒に海ゴミを拾おうとか、そういうアクティビティーが満足度の高いプログラムになったりします。
長くいてもらうことで、地域の人にとってデジタルノマドたちが、いいところだけを見せてお金を取る相手ではなくて、言葉や民族などいろんな違いを越えて一緒に街をつくる、未来をつくっていく相手として迎えられることに、僕は可能性を感じています。
――デジタルノマドがやってくることによって、日本にどんな変化が生まれるでしょうか。期待や課題感を教えてください。
僕自身、海外で英語が母国語じゃないコワーキングスペースに行っても断られたことは一回もないんです。昨年行ったポーランドやブルガリアでも、受付で普通に英語でやり取りして、そこにいる人たちともたくさん交流させてもらいましたが、皆さん自分のビジネスプランも母国語ではない英語で話していくんですね。
日本の地域には世界に知られるべき情報がたくさんあるのに、言語の壁とか交流の壁が理由でできないなら、もったいないと僕は思うんです。デジタルノマドがたくさん日本に来ることによって、そのあたりの壁が少しずつ低くなって、片言でもいいから言語を超えた交流のチャンスがたくさん広がっていくことに期待をしています。
そして次の地域の未来を作るきっかけにするためにも、どんどんデジタルノマドと接する人たちが増えて、日本の未来に、今までにない新しい答えやヒントみたいなものが生まれてくるんじゃないかなと期待しています。
――日本人の働き方も影響されるでしょうか。
そうなるといいなと思います。
今後、日本の企業の未来を考えた時に、日本がグローバルにどんどん向かっていく上で、ずっと同じオフィスで働く人たちだけではなく、海外の方と当たり前に交流がある職場環境がある方が、僕は新しい可能性を生み出しやすいと思います。
デジタルノマドの話をすると、通勤を否定しているように思われるかもしれませんが、決して二律背反ではなくて、逆に、会いたい人に会いに行く選択肢を持って欲しいと思っているんです。
会いたい人に会うために、会社に行くか行かないかという二者択一ではなく、よりフレキシブルな働き方を提供してほしい。会社に行ったら会えるんだったら会社に行く、韓国に行ったら会えるんだったら韓国に行って働けばいいんです。これからの働き方は、組織が決めるのではなく、個人が決めていく時代にどんどんなっていくと思います。
一人ひとりの社員が一番パフォーマンスがいい状態を作ることが本来の働き方改革だと僕は思うんです。休みたい時に休める、頑張りたいときに頑張れる、チャレンジしたい場所にチャレンジしに行けるという個人の働き方を尊重できる組織こそ、これからのすごく不安定な世の中を柔軟に生き抜いていける会社になる力だと僕は信じています。一人ひとりが豊かに働いていくために一番大事なスキルは社員が自分で決める力を持つこと。その選択を会社がどう認められるかが、一つの大きなメルクマールなのだと思います。