大聖堂がそびえるケルン中央駅から3キロ余りの所に、スーパー「The Good Food」はある。落ちついたレストランやカフェが並ぶ一角で、通り過ぎてしまいそうな小さな店だが、ひっきりなしに人が出入りしている。
リンゴやニンジンなどの青果やジュース、お菓子など、陳列商品は「普通」のものばかり。でも、よく見ると、青果は不ぞろいで小さな傷があるものも。お菓子は賞味期限が切れていたり、箱がへこんでいたり。ニコル・クラスキさん(41)は「果物や野菜は欧州連合(EU)の規格で低くランク付けされたもの。お菓子などは賞味期限切れが多い」と説明する。低くランク付けされた野菜は普通のスーパーは引き取らないため、農家が畑に残したままにするのだという。「でも、どれも中身は全く問題なし」と笑顔を見せた。
支払いは「あなたの判断で」
ユニークなのはそれだけではない。ここでは、値段は客が決める。壁には「あなたの判断で支払って」と掲示されている。
農家が出荷しない野菜や果物、メーカーが販売しない商品……。それらをクラスキさんは「無料」で仕入れてくる。では値段は「ゼロ」だろうか?クラスキさんは「傷があっても、小さくても、このリンゴには労力がかかっている。水や肥料も。私たちは農場に出かけて収穫し、トラックで運ぶ。倉庫を借り、スタッフの給料も払っている」と説明する。すると、他のスーパーと同じ?若干混乱してくる。そうした思考のプロセスこそ、クラスキさんが求めているものだ。
「スーパーで3ユーロと値札があれば、私たちはそれを払う。疑問に思うことはほとんどない。でも、なぜ3ユーロ払うのか、考えてほしいのです。世界のどこかから飛行機で運ばれたかも知れないし、船で運ばれてきたのかも。では、そんなに遠くから来たものをこんなに安く食べていいのか、と」。物を買うという行為を改めて見つめ、「選択すること、環境や農業、私たちの社会を本当に豊かにするために考えること、を意識して欲しいのです」。
それでも戸惑う客もいるといい、棚のお菓子などには小売価格を参考表示している。リサイクル対象となっているビンなどに入った飲料は、最低限のデポジット料金はもらう仕組みにしているという。TikTokで店の存在を知り、初めて来たというリザ・ハーディングさん(19)は、ライムやショウガ、サツマイモなどを一つずつ取り、50セント払った。「環境のためにもなるし、安く買い物もできる。とても良いシステムだと思います」と話した。
「水も食べ物も当たり前にあるのではない」
ケルン近郊で「何不自由なく」育ったクラスキさんが、ロスの問題に目覚めたのは、大学卒業後のこと。バングラデシュなどで過ごし、「電気も水も食べ物も、当たり前にあるものではない」と痛感した。帰国後、道ばたのゴミ箱に食品が大量に捨てられているのを見ると、胸を痛めただけでなく、憤りも覚えた。ゴミ箱から食品を救出する「Dumpster Diving」をしたこともあったという。
フードバンクの活動にも積極的に参加した。スーパーから賞味期限切れの食品などをもらい、困っている人たちに分ける。ドイツはフードバンクの活動が盛んで、各地に団体がある。ただ、そうした活動は全てボランティア。「とても大きな意義があるけど、少しお金があれば、もっと多くのことができるのに」という思いが募ってきた。
協力してくれる農家やメーカーを探し、「あなたの判断で支払って」のシステムで屋台からスタート。ユニークな方法に注目が集まって固定客がつき、2017年2月に店舗を構えた。
3店舗を経営、有給スタッフも
「大学が近いから、学生がよく来てくれます。ウクライナ戦争開始後は難民も増えました。彼らはお金を持っていない。でも良いんです。このお店に来れば、野菜を救っていることになるんですから」
肉など、配送や保管に厳密な温度管理が必要なものは原則扱わない。オープン時、地元メディアの取材に「賞味期限切れの食品で健康問題が生じたら、責任を取るつもりです」と答えていたクラスキさん。8年近くが経ってどうだったか、尋ねた。「もちろん、全く起きていないですよ」。現在、店舗は三つになり、4人のスタッフを雇っている。農場での作業を希望する学生ボランティアらも多いという。