地球環境や人権、社会に配慮したエシカル消費(倫理的消費)の「先進地」欧州で注目を集めているスマートフォンがある。オランダ発の「Fairphone(フェアフォン)」。原料となる鉱物が紛争の資金源になっていない、労働環境に配慮した工場で製造している、ユーザーが修理して長く使える、ことなどを売りに、2013年に登場した。アップルやグーグルなど大手が圧倒的シェアを誇る市場で、若者らを中心に支持を広げている。
数年で新機種が出て、機種変更が当たり前と考えられるようになってきたスマホだが、「新しいものは必要なく、長く使いたいという人は一定数いる。ニーズがあると考えた」。フェアフォンをいち早くウェブサイトで紹介したドイツの「商品テスト財団」の調査チームを率いるホルガー・ブラッケマンさん(63)は話す。
発売当初の2014年の記事では、多くの携帯電話メーカーが処理速度の速さ、画質の高さ、多機能を誇るなか、製造の背景を説明するフェアフォンの姿勢を評価。こうした携帯を選ぶことで、「性能や価格よりも、責任と持続可能性を重視した端末に対する市場があることが明らかになるだろう」と記している。
財団は1964年、旧西ドイツの連邦議会によって設立された。消費者運動の国際的な高まりを受け、旧西ドイツでも消費者団体などの間で、商品テストの実施と啓発活動の必要性が認識されていた。初代首相のアデナウアーがこれに応じる形で、中立的な機関を設立する意向を表明したという。
以来、財団は家電、化粧品、食品、衣料品など、身の回りの商品・サービスをテストし、消費者の選択に資する情報を提供し続けている。「最も大切にしているのは独立性」とブラッケマンさん。財団による情報発信は、月刊誌、ウェブサイト、書籍の3本柱だ。これらの購読料が主な収入源で、メーカーなどからの広告は一切掲載しない。資本金には国費が入っているが、設立60年の2024年からは国の資金援助もなくなったという。
商品は「覆面」で購入し、テスト
テストの大まかな流れはこうだ。財団の買い出しチームが商品を購入。身元が特定されないよう、財団とひもづかないクレジットカードなどを使う。検査は外部の専門機関に委託する。「自前で施設を持つと費用がかかるし、製品のアップデートに追いつくのも難しい」ためだ。検査報告書が届くと、財団の科学者と記者によるチームで評価と分析を進める。
8月号の雑誌のメインコンテンツであるミネラルウォーターの場合、採取地、内容量、価格といった基本情報が紹介され、それとは別に、専門家による試飲結果、微生物の検査結果、さらに、環境に配慮したボトルか、などが評価対象になっていた。それらをもとに、「とても良い」「良い」「まずまず」「不十分」といった総合評価がくだる。同一カテゴリー内での優劣が分かるよう点数もついている。
ブラッケマンさんは近年の傾向として、「環境、そして倫理的な配慮がされた商品かどうかについて、消費者の関心はますます高くなっている」と言う。
各国で定義にばらつきがあるものの、ドイツのフェアトレード商品の売り上げは2023年に約25億6000万ユーロ(約4100億円)、エシカル消費がさらに盛んな英国では2021年の関連支出が1416億ポンド(約27兆円)といった試算もある。
エシカル分野でも財団はいち早く取り組んだといい、過去にジーンズやビジネスシャツもテストの俎上(そじょう)にのせてきた。「メーカーに問い合わせても、十分な情報は開示されないことがほとんど」とブラッケマンさん。そこで、バングラデシュなどの現地工場に調査員を送り、危険な作業工程がないか、従業員をまとめる組合が機能しているか、といった情報を収集。「ジーンズの真実」と題してメーカー側の消極的な姿勢とともに、消費者に伝えたという。
サッカースタジアムの安全性も検証
ユニークなテストは他にも。ドイツが開催地となった2006年のサッカー・ワールドカップの前には、スタジアムの安全性をテストした。火災などが起きた際に、容易に避難ができるかどうかを建築家らに検証してもらったのだ。「結果は記者会見を開いてオンラインで説明しましたが、かなり多くの人が見てくれました」とブラッケマンさん。
今や生活必需品となり、新機種が次々に登場するスマホやパソコンは継続的なウォッチ対象だ。冒頭のフェアフォンの理念に理解を示しつつも、ブラッケマンさんは「サプライチェーンの詳しい部分の評価は難しい」と手放しの称賛はしなかった。
妥協なき姿勢を貫く財団のテスト結果にメーカーが反発し、訴訟になることも。ただ、「憲法で保障された『報道の自由』があるし、判決も私たちにとって良いものが出ている」と心配はしていないようだ。
財団の知名度は圧倒的で、ドイツ人の96%が知っており、その活動には74%が信頼を寄せている、との回答もあるという。このため、良い結果を得たメーカーは、「テストの勝者」という言葉と財団のロゴが入ったマークをパッケージに載せることもある。財団はその使用料を得る仕組みだ。
帰国の日、ドイツの空の玄関、フランクフルト空港で電器店をのぞくと、確かに「勝者」を誇る商品が並んでいた。