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チョコの原料カカオ、アフリカの生産現場では児童労働や貧困…持続可能性から改善も

World Now 更新日: 公開日:
乾燥中のカカオ豆の写真
乾燥中のカカオ豆=2012年1月、ガーナ、築島稔撮影

日本のカカオ豆、8割はガーナ

先月上旬、西アフリカ・ガーナのカカオ農園を訪ねた。

日なたは30度を超え、チョコレートが溶けてしまうほど暑い。自分たちのカカオ豆がチョコになることを農民が知っていても、この環境でチョコを口にするのはなかなか難しいだろう。

ガーナの位置=Googleマップ

農園には10メートルくらいのカカオの木が整然と並ぶ。奇妙なことに、枝だけでなく、幹にまでラグビーボールを小さくしたような実がなっている。

緑から黄色に変わったものを収穫していく。ぶ厚い皮をなたで割ると、白い果肉にくるまれた種が数十個。この種が、チョコの原料となるカカオ豆だ。

木立の中には、酸っぱいにおいが漂っていた。果肉に覆われたままのカカオ豆をバナナの葉で包み、6日かけて発酵させているという。「発酵によって香りや味が出てくる」。ガーナカカオ研究所の発酵担当員アサレが教えてくれた。

木の幹になるカカオの実の写真
木の幹になるカカオの実=2012年1月、ガーナ、築島稔撮影

発酵がすんだカカオ豆は、屋外の台の上で1週間ほど天日干しする。乾燥した豆をかじると、チョコの苦みとともにナッツのような味がした。この状態で麻袋に詰められ、海を渡る。

ガーナのカカオ豆の年生産量は約100万トンで、西隣のコートジボワール(約150万トン)に次いで世界2位。金とならぶ主な輸出品で、輸出総額の約4分の1を占める。日本が輸入するカカオ豆の8割はガーナ産だ。

ガーナのカカオ産業は、政府のカカオ評議委員会が栽培から輸出まで管理する。英植民地時代に前身ができ、1957年の独立後も、買い付け価格を決め、仲買業者を許可する強い権限をもつ。

評議委の傘下にあるカカオ研究所は70年代からカカオの品種改良を進め、病害虫に強く、より短期間で実をつける改良種をつくってきた。これが広がれば生産性が上がり、新興国の需要増にも対応できると期待されている。

児童労働、改善の動きも

ガーナ南部のカクム国立公園には、357平方キロの熱帯雨林が広がる。

農民のホサイド・サッキー(35)は8年前、公園周辺の土地を借りてカカオ栽培を始めた。売り上げは地主と自分で2対1に分ける契約で、年収は日本円で約4万円。食べてはいけるが、7歳を頭に5人いる子どもたちを高校に通わせるのは難しい。

ガーナでは、小規模農家が狭い土地でカカオを栽培するのが一般的だ。サッキーのように他人の土地を借りたり、小作人として働いたりする人も多い。

最近、サッキーは青空教室に通い始めた。カカオの木陰で週1回、米国拠点の国際環境NGOレインフォレスト・アライアンス(RA)の認証を得るための農法や規則を学び、森を守りながら生産性の向上をめざす。地元NGOやカカオを取り扱う商社が運営しており、政府も「農村の生活向上につながる」と後押ししている。

欧米の消費者は、地球環境や生産者の暮らしに配慮するサステイナビリティー(持続可能性)を商品に求めるようになった。これまで70カ国以上で農家などが取得したRA認証は、持続可能性を保証する有力な手段と考えられている。

商社がNGOと組んでいるのは、持続可能なカカオ豆が今後ますます求められると見て、認証豆を早めに囲い込んでおこうと考えているからだ。商社オラム(本社・シンガポール)の担当者は「先行投資しておかないと流れに乗り遅れる」という。

森林を開墾しない、禁止された農薬を使わない、児童労働をさせない……。農民にとって認証の取得は簡単ではない。その代わり、認証豆は通常より15%程度高く買い取ってもらえる。「教室に通う前は、病気で黒くなった実も放っておいたし、農薬も深く考えずに使っていた。(RA認証をもらって)収入を増やし、子どもたちを学校に通わせたい」。サッキーはそう話す。

ガーナのカカオ農園で見たのは、手を使う作業ばかりだった。収穫や発酵、乾燥の機械化は難しい。いきおい人手が足りなくなり、子どもを学校に通わせずに働かせたり、危険な作業を強制したりする児童労働につながりやすい。問題をなくそうと、NGOや政府の啓発が広がりつつある。

ガーナ第2の都市クマシから車で3時間。700人ほどが住むクワベナ・アクワ村を訪ねた。日本のNGO「ACE」が活動している村だ。

村で出会った少年ゴッドフレッド(16)は、父親の死後、9歳のころから小学校に通わず、祖父(60)の農園で朝から晩まで働いた。収穫期には20キロのカカオ豆が入ったかごを頭に乗せ、徒歩1時間半の道のりを1日に3往復した。首や腰がいつも痛かった。「学校に行けないのは悲しかったが、働かないとお金がないし、お金がなければ学校に行けないと思っていた」

祖父も幼いころから農園で働き、小学校を出ていない。「学校に行くより自分の親を手伝うのが当然だった」という。だから、孫を小学校にやらず、自分の農園で働かせることに何の疑問も感じていなかった。

幸い、ゴッドフレッドは2009年、13歳の時に学校に戻ることができた。ACEや地元NGOの説得で祖父が考えを改めたのだ。いま、中学3年生。高校受験に備えて勉強する毎日だ。

ガーナは、政情が不安定なコートジボワールより取り組みが進んでいるといわれる。ただ、全土で事情がよくなっているわけではない。クワベナ・アクワ村が属する郡でも、啓発活動ができたのは517地区のうち15だけだ。政府の担当者は「農村では子どもは働くべきだという考え方が根強い。啓発活動の予算が足りない」と打ち明ける。取り組みは一朝一夕には進まない。

チョコの誕生は約200年前

JR鶴見駅(横浜市)からバスで10分。森永製菓の鶴見工場には、甘い香りが漂う。1925年(大正14年)に操業を始め、いまも同社の関東地方のチョコレート製造の拠点だ。年間1万トン弱のチョコをつくっている。

ガーナやエクアドル、ベネズエラから輸入したカカオ豆は、数多くの工程をへてチョコになる。

チョコレートができるまでの流れの図
チョコレートができるまでの流れ=朝日新聞社

まず、豆の外皮を取り除き、120~150度で1時間ほど煎る。これをすり潰すと、茶色くどろどろのカカオマスができる。次に、砂糖やミルク、ココアバターを加え、口当たりをよくするために粒子を細かくし、半日以上かけて練ってチョコの原液をつくる。温度調整をして光沢あるチョコに仕上げ、型に入れて冷やすとできあがりだ。

「基本的な流れは、大正時代もいまもあまり変わっていません」と、この道30年の技術顧問、尾畑暠英は言う。

人々がチョコを食べるようになったのは、それほど昔のことではない。

1828年、オランダでバンホーテンが、カカオマスから油脂分のココアバターを分離し、粉末のココアパウダーをつくる技術を開発。その後、このパウダーに砂糖とココアバターを混ぜて成型する方法が英国で考案された。これがチョコの原型だ(現在は概略図の製法が主流)。さらにスイスでミルクチョコが発明され、19世紀末から大量生産が始まった。

日本でも、森永製菓が1918年に、明治製菓(現・明治)が26年に、チョコの一貫生産を始めた。

チョコには、もう一つの歴史がある。食べられるようになるまでの長い間、チョコは飲み物だったのだ。

古代から中南米では、炒(い)ったカカオ豆をすりつぶし、水やトウモロコシ、唐辛子と混ぜて飲んでいた。滋養強壮にいいと信じられ、王侯貴族や戦士しか飲めなかった。豆そのものが貨幣として流通するほど珍重された。

16世紀、メキシコを征服したコルテスがカカオ豆をスペインに持ち込み、砂糖を入れてチョコを飲むスタイルが生まれた。17世紀にかけて、健康にいい薬として欧州の上流階級に広がっていく。当時はまだ高価な舶来品で、客を「飲むチョコ」でもてなすことは財力の証しにもなっていた。これが現代のココアにつながっている。

巨大市場に成長

いま、チョコの世界市場は1000億ドル(約7兆6000億円)にまで膨らみ、コーヒー市場(約10兆円)と肩を並べる。

最近の傾向の一つは、新興国での消費増だ。

カカオ豆の国際価格は2000年にトンあたり600ポンド前後(現在、1ポンドは約120円)だった。それが10年には、世界最大の生産国コートジボワールで大統領選をめぐる混乱があったこともあって2700ポンドを突破。最近は1500ポンド前後だが、それでも12年前の約2.5倍だ。変動しながらも一貫して上昇傾向にあるのは、新興国の需要増にともなって世界のカカオ豆の消費量が30年前の2倍強になっているということが大きい。

もう一つの傾向は、欧米市場を中心に、環境や人権に配慮したチョコを求める声が消費者やNGOの間で強まっていることだ。たとえば、18歳未満の子どもに強制的に作業をさせない、つまり、児童労働をさせていない農園のカカオ豆を使うべきだとの声がある。

人手がいるカカオ栽培はこの問題の温床になりやすい。ユニセフによると、コートジボワールでは20万人の子どもが農園で働き、その大多数が人身売買で連れてこられたとみられる。ガーナ政府の09年の調査では18万人の子どもが農園で危険な作業に携わっていた。

貧困や学校の少なさ、地域の慣習などが背景にあって、問題は複雑だ。

チョコと健康

世界最高齢だったフランスの女性ジャンヌ・カルマン(1997年に122歳で死去)は、週2ポンド(約900グラム)のチョコレートを食べていたという。チョコは体にいいのだろうか?

カカオに含まれるポリフェノールには、動脈硬化を防ぐ働きがあるとされる。ストレスを抑えた、というネズミの実験もある。また、カカオにはカリウムやカルシウム、マグネシウムなどのミネラルや、食物繊維、ビタミンが含まれていて、カカオ含有率の高いチョコは健康志向の消費者に人気だ。

ただ、国民生活センターの調査(2008年)では、カカオの含有率が高いチョコの脂質は、一般的なチョコの1.2~1.5倍だった。同センターは「嗜好品(しこうひん)として楽しむ範囲での摂取では問題ないが、過度に健康効果などを期待して摂取することは望ましくない」という。

業界団体の日本チョコレート・ココア協会は「チョコの消費量が多いと循環器疾患による死亡リスクが減る、といった調査が報告されている」と、チョコは健康にいいことを強調する。

バレンタインデー

バレンタインデーの起源については諸説ある。有力なのは、3世紀のイタリアに実在したキリスト教の司祭、聖バレンタインの命日が2月14日という説だ。ローマ皇帝が「士気を下げる」と兵士の結婚を禁じたのに対し、多くの兵士を結婚させたために処刑されてしまった。

日本チョコレート・ココア協会によると、欧州では14世紀ごろ、この日に愛を告白する風習が始まったという。チョコを贈る習慣は、19世紀後半の英国が最初らしい。

海外では贈り物はチョコとは限らないし、女性だけが愛を告白するわけでもない。英米では男性が告白したり、夫が妻に花束を贈ったりする。男女でプレゼント交換をする(イタリア)、男性が好きな女性の家で窓越しにラブソングを歌う(メキシコ)など、さまざまな風習がある。