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「チョコレートの芸術家」パトリック・ロジェ インタビュー

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こんなお茶目な一面も

「プラリネの魔術師」「チョコレートの芸術家」の異名があるパトリック・ロジェに、パリ郊外ソーのラボでインタビューした。社交的な人ではないが、かといって冷たい感じはしない。言葉のはしばしにニヤリとさせるユーモアをちりばめ、笑うと少年のような表情になる。一度会ったら忘れられない、個性的なショコラティエだ。(後藤絵里)<文中敬称略>

ラボではそろいの黒の制服を着たショコラティエたちが、甘い香りのするショコラをつくっていた。ロジェは白い制服を着て、ラボが見渡せるテーブルで黙々とチョコのココナツを彫っていた。襟にはトリコロール。MOF(フランス最優秀職人)であることの象徴だ。インタビューの間、片時もココナツを彫る手を休めない。

――特に好んで使うカカオの原産地は?
マダガスカル。でも、扱うクーベルチュール(原料チョコレート)では30カ国、60の産地の豆を使っている。40種類ものチョコレートバーをつくっているんだ。


――素材を探しに旅をするのですか。
まったく英語がしゃべれないけれど、40カ国を旅したよ。何かを探すタイプではないんだ。これだ、と思うものが向こうから現れる。チョコレートもそうだ。こちから探し求めたわけでなく、チョコレートが僕を見つけた。

――その手の中のココナツを完成させるのにどのくらいかかるのですか?
この大きさだったら2時間くらい。まず原型を作り、ダイスケ(ラボを任されている日本人ショコラティエの山内大輔さん)がそれをもとにコピーをつくります。この等身大のオランウータンは1週間ぐらいかな。

ラボのあちこちに過去のチョコレート彫像が

――ご両親もショコラティエだったのですか。
両親は故郷ロワール・エ・シェール県のル・ポワズレ村でパン屋を営み、80人ほどの村民のために毎日パンを焼いていた。

――なぜ職人に?
学校の勉強が嫌いでね。16歳のときに初めて村を出て、パリ南西部にある大きな街のデパートでケーキ屋の修業を始めた。それは厳しくて、朝2時に働きはじめる。ミスをしたらぶたれるし。

――チョコの世界に魅了されたのは、なぜ?
最初はバイクが欲しかった。そのために必死に働いた。1台手に入れると2台目が欲しくなり、さらに働いた。やればやるほど、菓子づくりが上手になり、それをすること自体が楽しくなっていった。(※バイクは今でも最大の趣味)私がチョコレートを選んだというより、チョコレートに選ばれたんだと思う。

――MOFになるのは大変でしたか。
一種のゲームだよ。面白いゲームではないけどね。フランスには「週35時間労働」という言葉があるけれど、MOF審査の期間、僕は「週35時間睡眠」だった。1日22時間働いた。20分仮眠して4時間働き、また20分仮眠して4時間寝る、その繰り返しだ。

マジパンのブタが愛らしい


――ショコラティエに重要な資質とは?
「4つのT」と言っている。温度(temperature)、タイミング、労働(travail)、そして加工技術(transformation)だ。

――チョコづくりでいちばんの難しさは?
シンプルであること。創作には直観が必要だからだ。何かを思い描いたら、あれこれできない理由をややこしく考える前に、形にしてみる。失敗したら、また一(いち)から始めればいい。

――日本人のチョコ熱についてどう思いますか。
日本の人たちは保守的で、メディアの情報やトレンドを追いすぎると思う。 ほかの人がどう言うかではなく、自分がそのチョコを食べてどう感じたのかが大事だ。

――「最上のチョコレート」と思うチョコはどんなものですか。
10個、20個、30個食べてもいやになったり、罪悪感をもったりしないもの。正しいフレーバーが、正しいバランスで構成しているもの。僕はそれを直観的に決める。動きながら、働きながら、いろいろなアイデアが浮かんでくる。正しさについては、人それぞれの考え方があるだろう。僕は、僕自身が正しいと思うものを追究している。僕は自分自身の最初の顧客なのだから。