1月末のある朝、東京・新宿のデパート伊勢丹6階の催事場は満員電車の中のように混雑していた。毎年恒例の「サロン・デュ・ショコラ」の初日だ。
おもにフランスから著名なショコラティエ(チョコ職人)やパティシエ(菓子職人)が来日し、自慢のショコラを販売する。1箱7000円近いものも。何カ月も前からホテルを予約し、会期中に何度もやってくる人もいる。
高級ブランド化した職人ショコラの世界。ショコラティエたちの素顔を見ようと、本場のフランスに飛んだ。
「魔術師」と言われる男
パトリック・ロジェにとって、チョコレートはアートだ。
工房はパリ郊外の住宅街にある。体育館のように広く、天井も高い。黒い制服姿の職人10人ほどがチョコづくりに励む。ロジェ本人は、部屋を見渡せる場所でチョコの塊を黙々と彫っていた。手のひら大のココナツのオブジェで、お尻にそっくりだ。「エロチックな意味を込めたのさ。バレンタインだからね」
クリスマスや復活祭が近づくと、ロジェはチョコのオブジェを店頭に飾る。工房には、大きなオランウータンの彫像もあった。
大航海時代、新大陸からスペインに持ち込まれたカカオは、やがて各国王室の政略結婚にともなってフランスに入り、「美食の国」の人々に愛されるようになった。いまもフランス職人たちの個性や芸術性の高さには定評がある。
ロジェは2000年、国が各界の優れた職人に与えるフランス最優秀職人(MOF)を得た。現役のMOFショコラティエは国内にわずか十数人。ひげ面で髪はボサボサというロック歌手のような風貌(ふうぼう)で、洗練されたチョコをつくり出す。
とりわけ、ローストしたナッツでつくるプラリネの魔術師と言われている。それを覆うチョコが厚すぎても薄すぎても、また、チョコの温度が1度違っても出せない絶妙な味わい。納得できるまで、ロジェは毎日、40~50個のチョコを食べるという。
「理想のチョコは、正しいフレーバーがバランスよく調和している。僕はそれを直観的に決める」
「客は伝統を買いに来る」
フランスでは、どの街にも土地に根ざした職人がいる。食通の街リヨンで2人の対照的な職人に会った。
フィリップ・ベルナシオンはチョコ専門店の3代目だ。豆の焙煎(ばいせん)から手がけ、流行の繊細で軽いチョコではなく、カカオ本来の味がする重厚なチョコをつくる。
祖父の代から伝わるレシピを忠実に守り、8~10種類のカカオ豆を使う。同じ豆でも年ごとに出来が違うため、各地のものをブレンドしてチョコの品質を保つのだ。調理場にはペルーやジャワの豆が並ぶ。「においをかいでごらん。豆ごとに違うだろう?」
伝統のレシピをかたくなに守ってきたら、自然にほかの店とは違う味になってきた。「うちの店に来る人は伝統を買いにくる。祖父の代から働く職人もいて、店のあちこちに歴史が生きている」
調理場では、祖父の巨大な写真が職人たちを見下ろしていた。
チョコ作り、ヒントは旅
セバスチャン・ブイエは、マカロンをチョコで覆った「マカリヨン」などのヒット商品を生み出してきたアイデア職人だ。昨年秋、念願のチョコ専門店を開いた。
ベルナシオンと同世代で仲も良いが、チョコの表現の仕方はだいぶ違う。それは店舗の雰囲気にも表れていて、伝統の重みが漂うベルナシオンの店に比べ、ポップアートが好きなブイエの店は黒とピンクを使った都会的な色調だ。
「使う素材やアロマ、テクスチャー、豆の種類……。チョコは奥が深く、あらゆる表現ができる」
すぐれたチョコ職人には規律と創造性が必要だ、とブイエは言う。
チョコは非常に繊細で、工程や温度などのルールを厳守しなければならない。と同時に、商品の開発やパッケージには創造性も必要になる。
ブイエの最近のヒット作は、チョコとは思えない口紅型のチョコ。「あちこち旅してヒントをつかむ。日本の細やかな包装にも多くを学んだ。あとは自分自身が創造に喜びを感じることが大切だ」
2人とも幼いころからチョコの甘い香りの中で育った。「5歳の時にはチョコと恋に落ちていた」とベルナシオン。ブイエも「菓子の中でチョコは特別だ。人々を夢中にさせる」という。