豊かな食文化を育む都市周辺の大地
パレスチナ紛争は、シオニズムによってユダヤ人がイスラエルを1948年に建国して以来、解決の糸口がないまま続いている。ヨルダン川西岸は、イスラエルの占領下にある。もともと物流や人々の移動に対するイスラエルの制限は厳しい。だからこそ、伝統的な食文化が維持されてきた面がある。もちろん、人々の食に対する意識の高さもあるだろう。
ナブルスは、歴史的にシリアやイラク、ヨルダンなどとも結びついた交易の都市として発展し、人々の行き来が活発だった。周辺には豊かな農業地帯や羊を放牧する大地が広がり、新鮮な食材が一年を通して市場に並ぶ。恵まれた食材と人々の往来が、豊かな食文化を作り出した。
ナブルスでうまいものは多いが、アラブの温かいチーズケーキ、クナーフェが特に名高い。バターにチーズ、砂糖という素材の共演が生み出すアラブ菓子の傑作だ。
ここでクナーフェが有名なのは、ナブルス・チーズという質の高い原料を供給する豊かな大地が周辺に広がっていることの恩恵だ。食後のデザートや夕食前に空いた小腹を満たすために人々が、バターの濃厚で甘い匂いに誘われてクナーフェ専門店に集まるのはナブルスらしい光景。小麦粉やコーンスターチ、砂糖を混ぜた液体を極細パスタのように細長く焼き上げた麺状のカダイフというクナーフェの材料を、円形の大きな鉄板で作る作業もナブルスの風景の一部である。
ナブルス・チーズは、主に羊の乳から製造され、塩漬けされているため保存が効く。セミハードタイプで、そのままでは塩分がきついので、水に漬けて塩抜きしてサラダなどに使う。クナーフェにする場合は十分に塩分を抜く。このチーズはナブルスが発祥とされ、この名で中東地域では有名だ。ヨルダン川西岸に降った雨の恵みがもたらす青草の栄養分がチーズの質を高める。農村地域のチーズなくして、ナブルスのクナーフェは存在し得ない。
ナブルス旧市街にある名店アルアクサ・スイーツでは、巨大なお盆で焼かれたクナーフェが次々と運ばれ、焼き立てを求める人々で熱気を帯びる。市民の一人は「週に数回は必ず食べるね」と話した。確かにアルアクサ・スイーツのクナーフェはうまい。だが、しばらくナブルスに滞在していたところ、宿のオーナーが「もっとうまい店がある」と教えてくれた。
アルアクサ・スイーツは、あまりの人気のため、クナーフェ職人は少年も含めて複数おり、分業体制が確立されている。だが、近くの別のアラブ菓子専門店は、職人気質の親父がほぼ一人で切り盛りしているという。オーナーは「そこがうまさの秘訣だよ。親父のこだわりが細部まで行き届いている」と、その味に太鼓判を押す。
アラブ菓子は、クナーフェ以外にもバクラワなど薄い生地を何層にも重ねてナッツ類を挟み込んで焼き上げる複雑な作業が必要で、「菓子職人」という地位が中東地域ではしっかりと確立している。
山村でもコロナへの強い警戒感
筆者は、2月に三重県の山村に居を移した。ここを拠点に中東に取材に行く予定だが、コロナ騒ぎで今はそれも叶わない。身近に食材が豊富にあるというのが、土地が限られた町の生活とは大きく違うところだ。畑に植えた野菜の数々は、春の陽気に誘われ、ぐんぐんと成長する。春の山菜や頂き物の野菜もあり、醤油や味噌などの調味料があれば、食事には基本的に困らない。
こうした山奥の集落では、高齢者が大半で、新型コロナウイルスへの警戒は、都会と変わらない。感染者数の多い東京などには出掛けたり、友人を都会から呼んだりしないで欲しいという声を聞く。ウイルスを持ち込まれると、高齢者なので生死の問題になりかねない。だが、都会とは接触せず、土を耕し、料理を作り風呂を沸かすために木を切るというこれまで通りの田舎の生活スタイルを変えなければ問題は生じない。
地産地消を基本として必要なものは自分で調達する。ナブルスがそうであるように、食材の移動距離が少なければ少ないほど味は良がよく、栄養もある。こんな田舎暮らしは、新型コロナウイルスに打ち勝つ最強の生活術ではないだろうか。