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三重の山村で中東料理 食害に悩まされたシカ、シシカバブにして食べたら…

中東を丸かじり 更新日: 公開日:
シカ肉で作ったシシカバブ=池滝和秀撮影
シカ肉で作ったシシカバブ=池滝和秀撮影

初めは、たびたびシカが菜園に入り込み、自給自足的な生活を脅かされた。

夜道を走っていると、何頭ものシカに出くわす。シカの生息数は変わっていないようだが、今はシカ対策の柵によって菜園を荒らされることもなくなった。

人間関係も広がり、獣害対策で捕らえられたシカの肉を頂戴する機会が増え、シカを食べる側に回っている。

シカなどのジビエの肉は、その野生的な臭気によって好き嫌いが分かれるところ。これは、中東でよく食べられるラム肉とも共通する。

確かに、シカ肉はにおいが気になる時もある。だが、三重県美杉町の罠師、古田洋隆氏によると、血抜きをしっかりして衛生的に処理すれば、においは抑えられるという。

吉田氏から頂戴する肉は臭みもなく、とても美味しい。雑菌がほとんどないため、なんと1カ月近くも肉を熟成させてうま味を増すことも可能というではないか。

柵で厳重に囲われた農地=池滝和秀撮影
柵で厳重に囲われた農地=池滝和秀撮影

ラム肉もにおいが苦手という人が多い。筆者もそんな印象を持っていた。が、ラム肉の本場である中東で食べてみたら好物になった。

実際、中東でもにおいが気になる時がある。肉好きが多い中東の人たちは肉選びにはうるさい。

数年間暮らしたパレスチナやエジプトでは、地物やオーガニックを意味する「バラディー」という言葉がある。

中東でもオーストラリアなどから輸入された羊肉が出回っているが、やはり人気なのはバラディー。地元産の方が値段も高い。

パレスチナでは、春にはヨルダン川西岸の大地が緑の絨毯を敷き詰めたように青々と姿を変える。

そんな大地で、ベドウィン(遊牧民)の手によって育てられた羊の肉は、まるで青草の芳香が漂うよう。

特に、生後2週間の乳飲み子羊をベドウィンから直接買い、バーベキューにしたところ、それはもう絶品だった。

ラムやシカ肉のにおいが気になるという人は、残念ながら処理や育て方のまずい肉に当たってしまったのだろう。

緑に覆われるヨルダン川西岸の村タイベ=池滝和秀撮影
緑に覆われるヨルダン川西岸の村タイベ=池滝和秀撮影

ある日、吉田氏が10キロ近いシカ肉を持ってきてくれた。別ルートでもらったシカ肉が冷凍庫の中で眠っている。

テレビなどのメディアにも引っ張りだこの腕利猟師が獲った最高のシカ肉。イタリアン・レストランから特定の部位だけ注文が入ったため、その残りが余ったという。冷凍させるのはもったいない。その日からシカ肉のレシピ研究が始まった。

まずは、地元で定番の時雨煮。生姜を多めに入れてシカ肉のにおいを和らげる。もちろん、腕利の猟師が獲ったシカの肉だから美味い。

カレーもいい。炭火で焼いて柚子胡椒をつけて食べるのもまたよし。ただ、モモ肉は少し歯ごたえがあり過ぎる。すき焼きにしてみたが、これはいける。

中華系はどうか。餃子は、シカ肉をミンチ状にしてしまうので固さも気にならず、ニンニクやショウガを入れているので獣臭さはまったくない。

酢豚は肉の固さが少し気になったものの、豚肉を使うよりも高級感すら漂う。肉を柔らかくする処理をしっかりすれば、素晴らしい料理になりそうだ。

洋食系の赤ワイン煮や、ミートハンマーで叩いて薄く伸ばしたシカ肉にパン粉をつけて揚げたシュニッツェルに、ソースをかけたのは絶品だった。

集落の屋根に現れたサル=岐阜県大垣市、池滝和秀撮影
集落の屋根に現れたサル=岐阜県大垣市、池滝和秀撮影

さて、中東料理である。この企画をやっているからといってえこひいきするわけではないが、中東でよく食べられているシシカバブにしてみたら、それはもう中東の本場にトリップしてしまったような本格的な味わい。

名付けてシカカバブ。シシカバブのシシは「串」を、カバブは焼肉を意味するので、シカ肉を使おうがシシカバブなのだが、ここはシカカバブの方が語呂がいい。

シシカバブには、切った肉の串焼きバージョンもある。今回の料理法であるミンチ状にして焼いたシシカバブは、脂のジューシーさと肉の適度な歯ごたえ、柔らかさが売り。

トルコのアダナケバブなどは、羊の尾脂を使い、炭火で焼くとジュー・ジューと脂がしたたり落ちる。

シカ肉は脂が少ない。シカカバブで、あのジューシーさを再現するためには、脂を補う必要がある。

吉田氏は、シカ・カレーを作る際、脂っこさとコクを出すため、豚バラ肉を相乗りさせるという。そこからヒントを得て、シカ肉と鶏皮を合わせてみた。

シカ肉をミンチ状に包丁で叩くので、細切れ肉やモモなど固い部位も使える。そこにみじん切りにしたパセリや玉ねぎ、スパイス(クミン、コリアンダー、シナモン、ターメリック、パプリカ粉、オレガノ)、塩胡椒、ニンニク、それに鶏皮を加えて包丁ですり身状に叩いていく。

それを棒につけ、炭火で焼けば、中東で聞きなれたジュージューという音が響き、滴った脂が炭火に落ちて煙が立ち上る。

スパイスに加えて、煙に燻されたシカカバブは、においはまったく気にならない。ヨルダン川西岸の大地で育った青草を食んだ羊の肉が醸し出す芳香すら感じさせた。シカも自然に生えた草が主食である。

ある猟師は「家庭に1人でもジビエのにおいが気になる人がいれば、その家庭の料理にジビエが登場する機会はほぼなくなってしまう」と残念がる。

ジビエ・ブームとは言うものの、シカは増え続け、販路の拡大が課題ともいわれる。獣害は、農家にとって死活問題。中東料理に発想を得たシカカバブが、獣害の救世主になるかもしれない。

【動画】シカカバブの作り方