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ボローニャの「命の花」刻んだパン 生きる喜び伝えて

イタリアでパンに恋して
ティジェッリエーラを開くと、焼けたティジェッリが転がり出る=河原田慎一撮影

ティジェッリ@ボローニャ

フライパンぐらいの大きさの鉄板が2枚重なった専用の道具をぱかっと開く。湯気とともに、大判焼きを一回り大きくしたようなパンが、次々と転がり出た。イタリア北部、ボローニャやモデナ周辺で作られている「ティジェッリ」というパンだ。 

この地域の方言で「瓦」を表す言葉が語源。花のような模様の焼き印がついているのが特徴だ。半分の厚さに切り込みを入れ、生ハムやチーズなどを挟んで食べる。見た目と違ってさっくりとした食感で、いくらでもいけそうだ。

焼き上がったティジェッリ。地元特産の生ハムやモルタデッラソーセージ(左奥)を挟んで食べる=河原田慎一撮影

実はこのパンに初めて出会ったのは、東京都江戸川区だった。同区で精神障害者らの就労支援をしているNPOが、昨年8月に開いたドキュメンタリー映画の上映会で、ボローニャから来たジョバンナ・ブッビコさん(43)が参加者に振る舞ってくれたのだ。ジョバンナさんもボローニャで社会協同組合と呼ばれる団体をつくり、精神障害者や薬物依存者の就労支援に関わっている。組合では日本からの研修生も受け入れ、調理や野菜作りの実習をしているという。 

丸く抜いた生地をティジェッリエーラに並べる。一度に7枚焼ける=河原田慎一撮影

昨年11月、私はローマ支局に赴任した。暮らし始めて、イタリアには街ごとと言えるほど、その土地に特有のパンが焼かれていることに気づいた。ローマでは決して見かけない、あのティジェッリをもう一度食べられないか。

ジョバンナさんに連絡を取ってみると、ティジェッリ作りは、ジョバンナさんの組合で「利用者」と呼ばれる、就労に向けて研修中の精神障害者や薬物依存者の調理実習の課題にもなっているそうだ。もちろん、もう一度焼いてくれるとのこと。私は約半年ぶりの「再会」にわくわくしながら、回廊が美しい大学の街、ボローニャに向かった。

ジョバンナさんが立ち上げた社会協同組合「エタベータ」は、工場が立ち並ぶ町外れにあった。もともと農家の共同作業所だったのが火事で焼け落ち、市の委託を受けてエタベータが建て直した。立派な厨房は企業からの寄贈で、貸し切りパーティーが開けるスペースもある。敷地の隣の農園で育てた作物は調理に使うほか、街中の有機農産物市場で販売もしている。ケータリングや農産物販売、市内の保育所で使うおしめの洗濯など、様々な事業による組合の収益と国からの給付金で、研修を受けて雇用された利用者は、地域で自立した生活をしているというから驚きだ。

社会協同組合「エタベータ」。荒廃し、火事で焼け落ちた建物を再生した=伊北部ボローニャ、河原田慎一撮影

研修の一つである調理実習で、ジョバンナさんは特にティジェッリづくりを大事にしているという。その理由を象徴するのが、ティジェッリに付く焼き印だった。 

 よく見ると、同じ直径の円を7つ組み合わせ、円の中に6枚の花びらを描いている。「生命の花」と呼ばれる模様で、「生命の喜び」や「キリストの復活」「豊穣」などを表すという。昔の人々は、アルプスに自生する水仙が、春先の太陽の中で一気に花を咲かせる様子をそこに重ねた。

この模様を作り出すのは、専用のフライパン「ティジェッリエーラ」だ。鯛焼き機のような鋳物が2枚重なったもので、重さは3㌔ほどもある。片方の板に生地を置き、挟んで焼くと、鋳物に刻まれた「生命の花」が焼き印になる。一度に7枚焼けるが、重い鋳物をひっくり返すのは一苦労。だがボローニャでこのティジェッリエーラは、金物店で売られる必須の調理器具と言ってよい。

ティジェッリを焼くための道具「ティジェッリエーラ」。「生命の花」の模様が刻まれている=河原田慎一撮影

ティジェッリは、ハムを挟んでオードブルに、イタリア人が愛してやまない「ヌテッラ」というチョコクリームを挟むとおやつにもなる。家庭で日常的に食べるほか、バールやスーパーでも売られている。 

ティジェッリの生地をこねるジョバンナ・ブッビコさん=河原田慎一撮影

エタベータの厨房では、利用者の精神障害者の男性が、慣れた手つきで生地をこねていた。小麦粉に牛乳と水を加える。そこに加える豚の脂(ラード)が、さっくりした食感の秘密だった。ジョバンナさんが、厨房にある黒板に材料を書き出してくれた。「全部、農家で育てた物が材料になっています。今はスーパーでも売っているけど、昔は農家の冬の間の貴重な食糧でした」。ビール酵母と塩も適量入れる。酵母を入れすぎると食感が重くなってしまうので、少なくする代わりにじっくりと時間をかけてこねる。

ティジェッリの材料を黒板に書いて説明するジョバンナ・ブッビコさん=河原田慎一撮影

この日の調理実習のメニューは、ティジェッリとミートソースのパスタ「ラグー」、ゆでたじゃがいもとニンジンのサラダ、生ハムとチーズ。利用者同士で教え合いながら、レストランでの仕事ができるように調理のレパートリーを増やしていく。ティジェッリが焼けるすぐ隣では、精神障害者で日本から調理の研修に来ていた安守正次さん(48)が、ラグーの作り方を学んでいた。フェットゥッチーネと呼ばれるきしめんのような太さの平たい麺を、生地から作って同じ太さに包丁で切っていく。「刃先を上げずに、指で幅を確認しながら切って。あなたは良くできる人だから、こういう細かいところも言いますよ」。包丁の使い方に苦戦する安守さんに、ジョバンナさんが声をかけた。

調理の研修に来ていた安守正次さん(左)に、手打ちパスタの切り方を教えるジョバンナ・ブッビコさん=河原田慎一撮影

ジョバンナさんは、ティジェッリの作り方を、ボローニャから車で約1時間のところにある山間のトレ村で学んだ。もともと街中に住んでいたが、「子供たちが『命の源』にじかに触れられる暮らしをしよう」と約25年前に引っ越しを決意。近所の農家のおばあさんにティジェッリを焼いてもらい、馬小屋で初めて食べたのも、このときだ。 

山村の暮らしは不便だが、「働いて生きることの喜びがある」と言う。街に下りる道が雪で閉ざされ、村が3日間、孤立したこともある。電話やインターネットがつながらなくなっても、ティジェッリをストーブで焼きながら、じっと待つのも悪くない。

そして長い冬が終わると、すべての生命が光り輝く春がやってくる。ティジェッリづくりを学んだ利用者も、研修が終わると期限付きの就業契約を結ぶ。働くことに慣れて、生活にリズムができてくると、次のステップは、民間企業への就職だ。組合から社会に出て「働いて生きる喜び」を感じて欲しい――。ジョバンナさんは利用者とのティジェッリづくりに、そんな願いを込めている。 

ティジェッリの作り方

(社会協同組合「エタベータ」のジョバンナ・ブッビコさんのレシピ 約20個分)

【材料】
小麦粉(日本の中~強力粉) 500グラム
牛乳 200グラム
水 100グラム
ラード 50グラム
ビール酵母 適量
塩 ひとつまみ

【作り方】

①材料をすべて混ぜ、よくこねてなめらかな丸い塊にする。

②数ミリの厚さに延ばして丸く型を抜く。抜いた生地を重ならないように並べ、ふきんをかけて30分寝かせる。

③火にかけておいたティジェッリエーラに並べてふたを閉め、最初に4分焼く。裏返してさらに3分。その間は決して開かずに、じっと待つ。生地が膨らみ、「生命の花」の焼き色がついたら完成。

④ラードとパンチェッタ(塩漬け豚肉)、ローズマリー、ニンニクを混ぜたペーストや、ボローニャ特産のモルタデッラソーセージを挟むのが定番だ。