ふたをとった時の眺めは、花咲く野の景色か友禅のすそ模様か。四角い弁当箱のなかに、京都の美意識が凝縮されている。ハレの日の弁当というひとつの食文化を、いまの時代に受け継いでいる。
仕出し料理店「菱岩(ひしいわ)」(京都市東山区)の創業は江戸後期、祇園街を中心にお茶屋の席や南座の幕あいなど、さまざまな「場」に、ごちそうの弁当を届けてきた。
もっとも注文の多いのは春の桜と秋の紅葉の頃だというが、商家の多い土地柄で、節目の行事や客へのもてなしに仕出しを頼む習慣は残っている。
夏の祇園祭では、親族の集まる宵山の日の食卓に松花堂弁当を、という長年の得意客がいる。
目の前で作りたてを出す料理と、どんな違いがあるのだろうか。
「いつ食べても変わらないおいしさを考えています」と、菱岩の6代目にあたる川村晃史さん(39)は話す。
焼くもの、炊くもの、あえるもの。素材や調理法はさまざまに、定番と季節の味を取り合わせてある。
夏は焼き物の魚にスズキ、あしらいに枝豆を使うなど見た目にもさわやかだ。とはいえ弁当の基本は、だし巻きと白いご飯。その軸があってこそ、飽きずに食べすすむことができる。
弁当ならではの手のかけ方があり、卵はだしと一緒にくず粉を加えて焼くことで、汁気が流れ出ずにしっとりした食感を保つ。冷えたご飯はそれだけかたくなるので、俵型にする時に強い力をいれない。時間をおいた先を計算にいれる。
折り詰めの盛りつけは「山水盛り」と呼んで、山から川へ自然に水が流れていくように、奥を高く手前を低く。
色彩は豊かだが、目立つ赤色の素材は車エビとサツマイモほどに抑え、派手とは違った華のある美しさを描く。形や食感の違いに遊び心がある。
京都で「はんなり」というこの美意識を、川村さんはともに調理場に立つ父から学んできた。「五感に感じることを言語化するのは難しいですが、どう次に伝えられるか考えていきたい」
料理屋の弁当を「その場にふさわしい食事になるように、お客さまと作りあげていく世界」だという。
箱にふたをするまでに注がれた時間が、伝統を支えている。