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会社設立、オンラインでわずか30分 エストニアで和食レストラン開いた元公邸料理人

私の海外サバイバル
和食レストラン「HAKU」の店内で妻マリュさんと=白石秀一さん提供

世界の様々なところで「食」に携わってきました。高校生のとき、地元の北海道森町の和食店で皿洗いのアルバイトをしたのが、外食の世界に入った最初です。高校卒業後、地元の名産ホタテの養殖の仕事を3カ月間してお金をため、19歳の夏、ワーキングホリデーでオーストラリアにわたりました。まったく英語が話せなかったのですが、「自分探し」のつもりで飛び出しました。シドニーの街を歩いていると、高校の同級生とばったり。彼が日本に戻るのでやめるというメキシコ料理店の皿洗いの仕事を始めました。

来る日も来る日もひたすら皿洗い。金曜には200人もの客が訪れる忙しいレストランでしたが、すべての食器を1人で洗いました。その働きぶりを認められ、2週間後には料理長から「キッチンに入るか」と言われました。その料理長を見て、料理人にあこがれていたのでうれしかったです。後で聞くと「おまえにはガッツがあった」と言われました。英語も料理も彼に教えてもらい、基礎をつくってもらったと思います。

ワーキングホリデーから日本に帰国後、地元のホテルで働いていましたが、その料理長から「仕事を手伝わないか」と誘われました。シドニーで撮影しているハリウッド映画の俳優たちに朝昼晩の食事をつくる仕事です。ビザの関係で数カ月ごとに日本と行ったり来たりの生活でしたが、シドニーにいる間は、朝4時から一日中、食事をつくっていました。

その仕事も終わり、2008年から東京・銀座の高級イタリア料理店で料理人を務めました。英語を話せるようになっていたこともあり、イタリア人の料理長に「料理人として上に行くためにはどうすればいいでしょうか」と聞くと、「ヨーロッパに行って学んだ方がいい」と勧められました。それで2009年から2年間、オランダの日本レストランで料理人をしました。その後は、2011年からロシア・ウラジオストクの日本総領事館の公邸料理人を、2013年からフィジーの日本大使館の公邸料理人を、それぞれ約2年間務めました。

和食レストラン「HAKU」の前で妻マリュさんと=白石秀一さん提供

預金を崩して5年ほど前に「HAKU」を開業しましたが、カウンターも中古品を買ってきて取り付けるなど、店内の装飾はほぼ手作りです。そのころ、エストニアで日本料理店といえば現地の人がにぎるすしやラーメンを出すカジュアルな店しかありませんでした。最初は、「すしにてりやきソースとマヨネーズがかかっていない」と怒られたり、「すしのご飯をしょうゆにつけるとくずれる」と文句を言われたり。ほねせんべいを出すと「魚の骨を食わすな」と怒られ、エビの天ぷらも頭や足を揚げたものは嫌がられました。

和食レストラン「HAKU」の店内=白石秀一さん提供

そんなことはありましたが、「現地の人に合わせて味を変えず、ちゃんとした日本食を出す」と決めていました。はしの使い方を教えたり、日本料理教室を開いたりしていますが、いまでは多くの人がはしで刺し身の盛り合わせを食べています。今年1月には農林水産省の「日本食普及の親善大使」に任命されました。

「日本食普及の親善大使」に任命された白石秀一さん(中央)

当初はレストランが目立たない場所だったこともあり、お客さんがほとんど来ない日もありましたが、エストニアで最も権威のある「シルバー・スプーン賞」を16年に受賞してからは、たくさん来てもらえるようになりました。夫婦の会話は英語で、レストランでは妻がエストニア語で接客しています。私もエストニア語の学校に通いはじめたら、忙しくなり難しくなってしまいました。

16年はシルバー・スプーン賞のインターナショナル部門で上位3店のファイナリストに選ばれたのですが、17年には同部門で優勝、さらにベストシェフ部門、ベストサービス部門でも優勝し、大会初の3冠に輝きました。18年には新たに設けられたベストアジアンレストラン部門のファイナリストに選ばれ、19年には同部門で優勝を果たしました。4部門で優勝したのも初めてだそうです。

「シルバー・スプーン賞」の授賞式で

公邸料理人のとき、和食の食材が手に入らないことを経験しています。エストニアでも、米やしょうゆ、みりん、みそなどの調味料は日本の食材を扱っている業者から仕入れています。他の食材は、新型コロナウイルスの感染拡大で行けなくなりましたが、ドイツ・デュッセルドルフの日本人街に行って買ってきたり、ネットで買って日本の家族に送ってもらったり。ハマチや和牛は日本から輸入しています。ほかに魚はノルウェーやオランダからサーモン、ヒラメ、カキ、ホタテなどを仕入れています。キュウリやトマトなどの野菜は、夏はエストニア産を使っています。肉は豊富で、ウシやブタ、トリはもちろん、トナカイやシカ、イノシシも手に入ります。北海道のギョウジャニンニクがエストニアにもあるんです。自分で採りに行って、しょうゆ漬けにして出しています。

「シルバー・スプーン賞」のパーティーで振る舞う450人分の料理をつくった

シルバー・スプーン賞の審査は覆面調査員が身分を明かさずに食べて、会計の際に調査員のカードを示すと無料になるというシステムです。昨年はコロナ禍でほとんどの店が休業に追い込まれたため、参加しませんでした。私の店も昨年3月から休業し、夏場は営業していましたが、秋から時短営業を余儀なくされました。昨年12月から1月は夜7時までに制限され、仕事終わりのお客さんがほとんど来ないため、コースメニューの予約客が来る日だけ開けていました。さらに感染拡大で医療崩壊が懸念され、3月からレストランは持ち帰り用販売しか営業できなくなりました。

エストニアは休業補償などが手厚い印象があるかもしれませんが、我々レストランへの給付はありません。レストランで働く従業員には給付制度がありますが、妻と2人で従業員はいませんので関係ありません。大家さんが家賃を半額にしてくれているのでなんとかなっていますが、かなり厳しい状況です。

コロナ禍で行けなくなりましたが、年に2、3回、1週間ぐらい休みをとってエストニア国内やドイツ、スペイン、ポルトガルなど欧州の国を旅行していました。国内では南部のヴォルというところに行って、エストニアで一番高い山、といっても標高318メートルですが、に登ったり、森林浴を楽しんだりしたのが印象に残っています。そこではサウナに入った後、川や沼に飛び込むのだそうで、私もやってみました。

サウナの後、沼に飛び込んだ

ふだんは飼っているチワワの散歩で、街をめぐります。エストニアは犬にやさしく、レストランやデパートにも入れます。他の欧州の国はケージに入れないとダメなところが多いのですが、バスもタクシーも抱っこして乗れます。ケージに入れれば航空機内にも乗せることができ、ホテルも一緒に泊まれるところが多いので、いつも連れて行っています。(構成・星野眞三雄)

タリンの旧市街で愛犬と散歩。多くの人でにぎわっていた旧市街もコロナ禍でガラガラだ