1. HOME
  2. People
  3. いま、旧東ドイツのワインが面白い 現地の日本人ショップオーナーが届ける最新情報

いま、旧東ドイツのワインが面白い 現地の日本人ショップオーナーが届ける最新情報

私の海外サバイバル 更新日: 公開日:
各国のソムリエと訪問した醸造所でワインを楽しむ沼尻慎一さん(本人提供)

ワインショップ経営沼尻慎一さんの「私の海外サバイバル」 2008年からドレスデンでワインショップを経営しています。有数の観光地ですが、コロナ禍で閑散としています。今は我慢の時と思い、オンライン販売やオンラインセミナーに力を入れています。

大学入学に前後して、ベルリンの壁が崩壊し、ドイツが再統一しました。ダイナミックに変化する国へのあこがれと、第2外国語でドイツ語を学んでいたこともあり、3年生の時、1年留学しました。ある日、飲んだ白ワインに衝撃を受けました。肝心の名前を覚えていないのですが、今思えば、甘いだけの、安いワインだったと思います。しかし、ビールばかり飲んでいた私は、「世の中にこんなおいしいものがあるのか」と感激したんです。

帰国後、一度は飲食店に就職しましたが、「ドイツで働きたい」という思いが募り、転職雑誌に掲載されていたドイツのワインショップの求人に応募。1997年に渡独。10年ほど勤めて独立しました。

この25年、日本人の誰よりも醸造所を訪問した自負があります。ワインショップに勤めながら、休日に醸造所めぐりを始めました。列車に自転車を積んで醸造所を訪ねるのです。ブドウ畑を見せてもらい、それぞれのこだわりや醸造の流儀を聞きました。そこのワインを1本買ってリュックに入れ、再び列車に。畑や日照、地形、醸造の工夫がどのような香りや味の変化をもたらすものなのかを学びました。

ドイツ西部のリューデスハイムにあるライツ醸造所のブドウ畑
ドイツ西部のリューデスハイムにあるライツ醸造所のブドウ畑。沼尻慎一さんが好きな醸造所の一つという(本人提供)

今、自分が経営するショップには約300種類をそろえています。その9割以上がドイツのもの。ほとんどが、醸造所を見て、「これはおいしい」「この人が造るものなら」と私が納得したものです。ですから自信を持って、おすすめしています。

渡独からちょうど25年。人生の半分をドイツで過ごしたことになります。この間のドイツワインの成長は目覚ましいものがありました。

ドイツワインと言えば、かつては「甘い白」が定番でしたが、今はスパークリング、赤、ロゼ、オレンジなど多種多様。お国柄もあって、ビオ(有機)ワインも人気です。

ドイツ各地のワインやお土産が並ぶ沼尻慎一さんのショップ
ドイツ各地のワインやお土産が並ぶ沼尻慎一さんのショップ(本人提供)

特に、ショップを構えているドレスデンなど、旧東ドイツに属する地域ではワインの進歩を感じます。約10年前、テレビ番組で、「フランスはワインの国、西ドイツはビールの国、東ドイツはスピリッツの国」という言葉を聞きました。旧東ドイツで市民が旧東ワインを飲む機会はなく、味も「薄くて酸っぱかった」らしいのです。

でも、それも今は昔です。磁器で有名なマイセンの近郊に、プロシュビッツという醸造所があります。古い歴史を持つ醸造所で、第2次大戦後には旧ソ連共産党によって財産を没収されるという憂き目にも遭いました。

しかし、ドイツ再統一と軌を一にするように、一族は醸造所を買い戻し、新たな投資を惜しまず畑を少しずつ増やし、手間暇かけてブドウを栽培し、醸造技術を磨きました。今や世界的にも知られる名門です。私も何度も訪問しました。とても開放的で、謙虚に学ぶ姿勢のオーナーを見ていると、旧東エリアがまだまだ可能性を秘めている土地だと認識させられます。

第2次大戦の空襲で破壊された後、世界各国からの募金で再建されたドレスデンの聖母教会
第2次大戦の空襲で破壊された後、世界各国からの募金で再建されたドレスデンの聖母教会。沼尻慎一さんのワインショップはすぐそばにある(本人提供)

気候変動の影響も忘れてはいけません。英国のジャーナリストは「ドイツの醸造所は温暖化の勝者だ」と言っています。もともと冷涼な気候で、ブドウが完熟する年は少なかったのですが、近年は完熟年が増え、ますます良質なワインができるようになってきました。収穫時期も早まり、ブドウ畑は次第に北上しています。ただし、温暖化にはデメリットもあり、かつて優良だった畑が乾燥しすぎたり、新たな病害虫が発生したりもしています。

足で稼いだ醸造所のエピソードやトレンドを交え、もっと日本の皆さんにドイツワインの魅力を知っていただきたいと思っています。

2020年のソムリエコンクールの様子
2020年のソムリエコンクールの様子。沼尻慎一さんは過去最高の5位だった(本人提供)

今年の目標に、11月に予定されているドイツのソムリエコンクールでの優勝を掲げたので、休日もワインが中心の生活です。

コンクールには40~50人が参加し、2日間にわたって行われます。目隠しのテイスティングでブドウの品種や産地を当てる試験、ワインの歴史や統計などについての筆記試験で競います。初めて出た2004年に18位、06年に8位になりましたが、その後は順位を下げてしまって。

選択式の問題はできても、瞬時に、的確に、ワインのあれこれを表現するドイツ語を書いたり話したりするのは難しいのです。12年以降は参加していなかったのですが、「もう最後にしよう。リラックスして楽しもう」と準備せずに臨んだ20年のコンクールで、自分としては満足した出来ではなかったのですが、5位になれたんです。「いけるかも」という欲がまた出てきました。

コンクール出場は、ドイツ語習熟のための、何よりの訓練にもなります。ワインを表現する言葉って、独特です。「色調はグリーンかかった淡い黄色」「辛口だが、舌先にほのかに甘みを感じ酸味は程よく、比較的繊細な味わい」とか。普段の生活では出てこない単語を覚え、ドイツの審査員の前で質疑応答も含めよどみなく話すは大変ですが、もう一度、自分に足りない部分を見直して、アジア人初の頂点を狙いたいと思っています。

もともと将棋が好きで、コロナ禍にオンラインで楽しむようになり、今はアマチュア3段です。でも、これもやり始めるとかなりの時間を費やします。ソムリエコンクールを優先するため、将棋は控えめな年にしようと思っています。