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和食の世界的な成功は、「ユネスコ無形文化遺産になったから」ではない

マイケル・ブースの世界を食べる
北村玲奈撮影

去年のクリスマス直前、珍しいことがあった。NHKからメールが届き、私の家で取材させてくれないかという。「そりゃそうでしょう。面白くて著名なあなたなら、こういうことは毎日のようにとはいわなくても、毎週のようにあるでしょ、マイケル」。そう思ってくれる人がいるかもしれないが、えっと、実のところ、それは違う。本当に、これまでに一度も起きたことがない。

「ああ、この人たちはまた私をアニメのキャラクターにしたいのか」と最初は思った。一度、(『英国一家、日本を食べる』というアニメ番組で)NHKとアニメ監督ラレコに、まるで米国コメディーアニメ『ザ・シンプソンズ』の英国バージョンのように仕立てられたことをいまだ引きずっている。その覚悟があるかどうか、自信がなかった。

だがNHKは、和食がユネスコの「無形文化遺産」登録決定当時の話を聞きに来たいという。覚えている方もいるだろうが、あれは2013年、日本政府と日本料理界の重鎮たちのロビー活動によって成し遂げられたことだ。

なかでも中心的な人物が、偉大なる料理人、村田吉弘氏だった。村田先生とはこれまで何度かお会いする光栄に恵まれたが、伝統的な日本料理への献身や知見のみならず、新しいものにも心が開かれていることに深く感銘を受けてきた。また、懐石料理への理解を深めようとする私のような外国人を、ただただとても丁寧に根気強く助けてくれた。

NHKの一団がわが家で過ごした6時間に出た質問の多くは、「ユネスコの登録は、世界各国の日本料理店の成功にどれほど貢献していると思うか」。恐れながら(村田先生には最大限の敬意を表しつつ)、こう答えざるを得ない。

「まったく貢献していません」

■日本人には再認識させたが

というのも、村田先生のような職人はとても実践的に人生を和食に捧げてきたのだが、ユネスコへの申請といったことでひとたび省庁や官僚、NGOや広報関係者が手続きに関わり始めると、そういった自らの重要性を示そうとする男性たち(日本ではたいてい男性だ)に焦点がシフトする。彼らは自分の地位や給与を正当化するために、会議をしたり報告書をつくったり申請書を書いたりする。そして味わい、おもてなしの心、食への愛といった和食の素晴らしさは、むしろ忘れられていったのだ。

NHKにも話したが、ユネスコ登録には一方で意義もあった。自国で受け継がれる食文化にいかに価値があり、それを守っていくことに、おそらくもっと気を配るべきだということを、日本の人たちにより意識させた。特に高齢社会という試練の中にある農業や食品生産、昔ながらの食材にとっては、明らかによいことだ。

しかし他の国々をみる限り、(和食の無形文化遺産登録について)新聞の見出しで見かけたのはごく数紙でそれも4、5面あたり、1日限りというのが現実だ。その後は早々と完全に忘れ去られた。

一つ確かなのは、アメリカ人もジンバブエ人も他の何人であっても、夕食の店を決めるときに「さて、ユネスコ無形文化遺産は何料理だったかな。モロッコ?違う、日本だ!それならすしだな」などとは考えないということだ。

ユネスコの影響力について、必要以上に否定的になっている? では13年に登録された食関連の無形文化遺産で、他に何があったか知っているだろうか? ベルギー北西部にある北海沿岸の街オストダンケルクの「馬を使ったエビ漁」だ。馬の背にまたがってエビを獲ってきた12世帯の家族にとっては喜ばしいことだが、果たしてそのエビを味わうためにベルギーを旅行したくなった? オストダンケルクの乗馬式エビ漁について、何か一度でも耳にしたことは?

つまり、そういうことなのだ。(訳・菴原みなと)