野生のゾウが現れる。農園に入り、収穫間近の作物を食べたり、踏み荒らしたりする。ときには農民が反撃し、ゾウを殺してしまうことだってある――アフリカやアジアの多くの地域でおなじみの、恐ろしいシナリオだ。
まさにそんな光景が最近、西アフリカ・リベリアの北西部にある村グバルンジャラ(Gbarnjala)で再現するかと思われた。村を囲む密林から、1頭のオスのマルミミゾウが出てきたのだ。
しかし、今回は違った。作物をムシャムシャと食べ始めたゾウは、羽音を聞いた。怒り狂ったような「ブンブン」という音だ。凍りついたように、口の動きが止まった。鼻の向きを変え、あわてて逃げ出した。
このゾウが耳にしたのは、平穏を破られて騒然となったミツバチの群れが立てる羽音だった。世界中のどのゾウもこれを聞けば、何はともあれ退散する。今回もそう反応したが、これまでと違ったのは実際には現場にミツバチがいないことだった。
ゾウは、(訳注=農地に侵入したことで)「BuzzBox(ブンブン箱=以下BB)」と名づけられた音声装置のセンサーを作動させたのだった。ゾウと人間とを隔てるために考案されたものだ。
「このシーンは、ビデオに収録された。BBには、絶滅の恐れがあるマルミミゾウを人間の社会から遠ざける威力があることを示す最初の証拠となった」。リベリアでBBの実験に取り組んでいるドイツのNGO「ゾウの研究と保護(Elephant Research and Conservation)」の技術担当責任者ティナ・フォークトは、こう語る。
「『うん、確かに効果があるよ』という農民からの報告は、すでに上がっていた」とフォークト。「でも、このビデオが、それを裏付ける確かな証拠になる」
人間とゾウとのあつれきは、アフリカ中で急を要する問題になっている。人口が増え、国立公園や動物保護区も含めて、かつては荒野だったところに人間が入り込むようになった。
「ゾウは、ますます狭い地域に押し込められるようになった」とルーシー・キングは嘆く。BBの配備を手伝う「Save the Elephants(ゾウを救おう=以下STE)」(訳注=ケニアを拠点とする英の登録慈善団体)で、人間とゾウの共存事業を率いている。
ゾウは、その年1年分の収穫物を一夜にして食い尽くしてしまうことがある。ときには、出くわした人間を殺してしまう。その結果、ゾウに対する恐怖心とともに怒りが生まれ、不寛容になる。ゾウの保護に対する地域社会の支持が失われ、ときには報復行動にすらつながる。
「人間とゾウのあつれきは、地元の人たちが密猟団に引き込まれるという問題にもつながる」とフランチェスカ・マホーニーは眉をひそめる。BBを開発した英国の非営利団体「ワイルドサバイバーズ(以下WS)」を創設し、そのディレクターを務めている。
このあつれきを鎮める手段として、ミツバチはますます期待されている。
南アフリカ共和国東部のクワズールー・ナタール州にある先住民サン族の壁画群は、ゾウがミツバチを怖がることに古代の人間が気づいていたことを示唆している、とSTEのキングは指摘する。この知識が初めて西洋の科学に取り込まれたのは、ようやく2002年になってからのことだ。「ミツバチの巣がある木をゾウがいためることは決してない」とケニアのマサイ族のハチミツ採集者が、研究者の聞き取りに語ったのだった。
そんなゾウの心理についてキングが研究を始めたのは、06年になってからだ。その知見をもとに、ハチミツの巣箱が振り子のように取り付けられた特殊な金網を作ってみた。ゾウが金網を揺らすと巣箱も揺れ、中からミツバチが出てきてゾウに群がるという仕組みだ。17年にキングが主導した調査では、ゾウを農園から遠ざける成功率は80%だった。
「ゾウを恐怖に陥れたり、痛みを感じさせたりすることなく、絶対に嫌がる自然な脅威を見つけることは、危機管理をする上でとても有益だ」とキングはゾウ対策の要点を説明する。
ただし、攻撃性の強いアフリカミツバチがいっぱいいる巣箱を置きにくい場所もある。「学校の校庭や、地域社会の中心にある貯水施設の周りはとくにそうだ」とキングは話す。
その点、BBなら刺される心配もなく、羽音だけを活用できる。先のWSの会長マーティン・グリフィスがこの装置を開発したのは、17年のことだった。その最新モデルは1台が100ドルしかせず、地元の小学生でも組み立てられる簡単な構造になっている。
太陽電池で作動するBBは、動くものをとらえるたびに音を30秒間出し続ける。ゾウが嫌うミツバチの音以外にも、さまざまな音を最大6種類まで発信できる。イヌのほえ声やチェーンソーの音、人間の声、発砲音、ヤギの金切り声だ。最新型になると、高周波のストロボライトを2個備えている。「夜に農園を襲うゾウにとっては、ちょっとしたディスコ装置ってとこかな」とWSのマホーニーは笑う。
ただし、アフリカにおける野生動物の生息域の縮小という問題をミツバチとBBで解決できるわけではない、とSTEのキングはくぎを刺す。むしろ、「人間とゾウの共存を作り出す道具箱」全体の中の二つの道具に過ぎないと強調する。
キングは、このリベリアでの事例がマルミミゾウの保護に取り組む他のグループの刺激になることを期待している。「BBはゾウの侵入を防ぐだけでなく、『なぜ、保護する必要があるのか』と地域社会が自問するきっかけにもなっている。啓蒙(けいもう)の機会を生み出す道具としてのこの重みは、計り知れない」(抄訳)
(Rachel Nuwer)Ⓒ2023 The New York Times
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