ミツバチは人間社会と比べても劣らない社会制度が発達した世界に住んでおり、その労働倫理の高さには定評があります。
そんな愛すべきミツバチに大きな危機が押し寄せています。個体数が急速に減っているのです。
この問題の解決につながるような発見を、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の博士課程に入ったばかりの女性研究者が成し遂げました。
ミツバチの数が少なくなると人間にどんな影響があるのでしょうか。ミツバチはハチミツやローヤルゼリーを生み出し、私たちの栄養や健康、経済に大きな貢献をしています。
それ以上に大事なのが、ミツバチは花粉を運ぶ役割を果たしていることです。専門家によると、ミツバチは世界の農作物の約3分の1の受粉を担っていて、ほかの昆虫や動物などの「花粉の運び屋」とともに農作物の生産を支えています。その経済価値は約1,700億ドル相当とも言われています。
アメリカでは、農作物受粉用のミツバチは、養蜂場で飼育されているミツバチのコロニー(群れ)に大きく依存していますが、そのアメリカだけでも、1947年に590万個あったミツバチのコロニー数は、2008年には244万個にまで減ってきています。
しかし、ミツバチのコロニーが崩壊している理由は、まだよくわかっていません。
OISTの博士課程2年に在籍し、ミツバチの研究をしている長谷川のんのさんはこう指摘します。
「農薬、気候変動、生息地の喪失など、さまざまな要因がからみ合っていることはほぼ間違いありません。私が興味を持っている二つの大きな要因は寄生虫と病原菌です」
長谷川さんは神奈川県茅ヶ崎市出身。東京のインターナショナルスクールを卒業してカナダ・オンタリオ州にあるゲルフ大学に進みました。
大学では生化学を専攻し、途中、バンクーバーにあるブリティッシュ・コロンビア大学のインターンシップに参加しました。そのとき、初めてミツバチの研究に触れました。
長谷川さんが取り組んだのは、細菌性の病気になったミツバチを治療する植物エキスを探すことでした。病気は腐蛆(ふそ)病と呼ばれる致命的なものでした。
長谷川さんは大学院でもミツバチの研究をしたいと考え、ミツバチの寄生虫や病原菌を調べている研究室があったOISTに関心を持ちました。
長谷川さんは難関(定員は世界中から選ばれた60人ほど)を突破し、OISTに入学。希望していた研究室に入ることができました。
研究室の主なプロジェクトの一つは寄生ダニの研究です。ここ数十年で、寄生ダニはハチの巣からハチの巣へと制御不能なまでに広がり、国境や海を越えてほぼすべての大陸に拡大、深刻な問題となっています。
寄生ダニは「ミツバチヘギイタダニ」と言います。ピン先ほどの大きさで、見た目はそれほど怖いものではありませんが、世界的にミツバチが衰退している主な原因の一つとなっています。ミツバチの巣に侵入すると成長中の幼虫に取り付き、幼虫の体から脂肪を奪って弱らせます。
他の多くの害虫や病原体と同じように、寄生ダニが最初に問題を起こしたのは20世紀半ばです。「現場」はアジアでした。当時、商業養蜂のために西洋から持ち込まれたセイヨウミツバチ(Apis mellifera)にダニが寄生し始めたのがきっかけです。
ダニはそれまで、アジアの固有種だったトウヨウミツバチ(Apis cerana)に寄生していましたが、両者はうまく共存していました。
これに対し、セイヨウミツバチは抵抗性がなかったため、次々と弱らせていきました。さらにはグローバリゼーションの影響により、その後の数十年間でほかの大陸にも被害は拡大しました。
北米やヨーロッパではセイヨウミツバチだけが飼育されていたため、ダニの寄生が大流行し、壊滅的な打撃を受けました。最近ではニュージーランドでも被害が報告されています。
現在、地球上でオーストラリア大陸だけが寄生ダニのいないミツバチの「天国」として知られています。
日本も寄生ダニの危険にさらされています。日本の商業養蜂家の99%はセイヨウミツバチを使用していると言われています。セイヨウミツバチはニホンミツバチに比べて蜂蜜の生産量が多く、巣を放棄する可能性が低いからです。
日本養蜂協会によると、2008年から2011年の間に、少なくとも数万のセイヨウミツバチのコロニーがダニの影響を受けて消滅したといいます。
先ほど、ダニはミツバチの幼虫から脂肪を吸い取って弱らせてしまうと説明しましたが、さらに壊滅的な影響を与えるのはウイルスです。ダニが運び、ミツバチに感染させます。
これらのウイルスは、幼虫の免疫システムを弱めて成長を妨げ、認知機能に障害をもたらします。長谷川さんはこう解説します。
「チジレバネウイルスのように、本当に厄介なウイルスがあります。感染したミツバチは飛べなくなってしまうので、これが一番の問題です。養蜂家にとっては、自分のコロニーにどんなウイルスが存在するかを理解することがとても重要なのです」
しかし、実際には、ダニが持つウイルスを特定するのはとても難しいことです。養蜂家はダニの侵入を見分けることはできますが、ウイルスを特定するにはRNAまたはDNAの遺伝物質を読み取ることが一番の近道です。
そのためにはゲノム解析機が必要ですが、一般的な通常の養蜂家は持ち合わせていません。そこで彼らはダニのサンプルを研究室に送り、研究室でDNAの配列を調べる必要があります。
長谷川さんはダニのRNAとDNAが輸送中に劣化しないような保存方法を研究します。博士課程最初の4ヶ月間に取り組んだ「ミッション」でした。
長谷川さんはミツバチのコロニーからダニを取り出し、様々な異なる溶液に浸してみました。3週間後、そのダニからDNAとRNAを採り、その中に含まれていたウイルスのRNAの塩基配列を調べて、保存状態を一つひとつ確認しました。
その結果、ダニのDNAとRNA、ウイルスのRNAをそれぞれ保存するのにはエタノールが最も効果的であることがわかりました。
「驚いたのですが、エタノールでは室温でもDNAとRNAを保存することができたので、ダニを研究室に運んで実験するのがかなり楽になりました」と長谷川さんは振り返ります。
長谷川さんがこの結果を論文にまとめると、今年初めに科学雑誌「BMC Genomics」に掲載されました。博士課程入学から数ヶ月で成し遂げた快挙です。長谷川さんは満足そうにこう話しました。
「OISTでは最初の1年目にローテーションという制度があり、三つの研究室を回ります。そのため、論文を書いたのは他の研究室に移ってからのことでした。別の研究をしながら論文をまとめるのは本当に大変でしたが、研究室の上司は、私が最大限力を発揮できるように背中を押してくれました。最終的には苦労の甲斐(かい)があったと思います。私の研究が寄生ダニとの戦いに役立てば、こんなに素晴らしいことはありません」
長谷川さんによると、商業利用されているセイヨウミツバチの個体数を守るための研究は多い一方、ほかの野生ミツバチの減少問題についてはあまり研究が進んでおらず、より深刻だということです。長谷川さんはこう訴えます。
「野生のミツバチは2万種以上あって、ある地域にしか生息していないものや、たった1種類の植物しか受粉しないものもいます。こうした種にも手を差し伸べることが必要です。例えば、在来種の花を植えるといった小さな行動でも、ミツバチを守ることにつながるのです」
(OIST広報メディア連携セクション ダニエル・アレンビ)