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独自のPCR検査ラボを開設し、沖縄県民を救う 「東大超え」の大学院大が見せた底力

美ら島の国境なき科学者たち
独自のPCR検査に従事する沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究者。手にあるプレートは、一度に384検体の検査を可能にする=沖縄県恩納村
独自のPCR検査に従事する沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究者。手にあるプレートは、一度に384検体の検査を可能にする=沖縄県恩納村

新型コロナウイルスの感染拡大で、教育機関によっては対面の授業や業務を控え、在宅を続けているところもあるかと思います。

そんな中、沖縄科学技術大学院大(OIST)では、職員や研究者、学生たちは毎日キャンパスにやって来て、コロナ以前と変わらない光景が続いています。

それを可能にしているのは、OISTが自前のPCR検査体制を持っているからです。実現までには、理系の先端頭脳が結集するOISTならではの取り組みがありました。

OISTが自前のPCR検査体制を始めたのは昨年5月のこと。ちょうど沖縄県でも感染が深刻化した時でした。

OISTには医学部や病院はありませんので、誰が検査を行うか、どこで行えばいいのか、というのは課題でしたが、一方で生物のDNAゲノムを解析するための技術スペシャリスト軍団がいます。

彼らはゲノムを解読するため、生物のDNAのサンプルに特別な処理をして解析し、結果を研究員に渡す仕事をしています。スタッフは基礎的な生物実験に関して豊富な経験があることから、彼らに検査が託されました。

検体からウイルスの不活化を行って検査にかける手順は、彼らがゲノム解析のために行っている手順と違いはほとんどないからです。検査業務は普段の研究と並行して行われています。

設備については、技術的には通常の生物研究で使っている実験室で十分に対応可能でしたが、当初は新型コロナウイルスについての知識も少なく、検体からの感染の可能性も懸念されたため、PCR検査専用の実験室を作りました。ほかの実験室とは離れた場所にあり、生物安全キャビネットもそろえました。

こうして自前の検査体制がスタート。沖縄県を出入りする教職員はPCR検査を受け、学内へのウイルスの持ち込みをシャットアウトしています。

もちろん、マスクの着用や手指の消毒、適切な社会的距離を保つことなども徹底しています。現在のところ、キャンパス内でクラスター感染は発生していません。

2020年5月当時のPCR専用ラボ。検体持ち込みによる感染の危険が危惧されたため、他の施設からなるべく離れた場所に設けた=沖縄県恩納村
2020年5月当時のPCR専用ラボ。検体持ち込みによる感染の危険が危惧されたため、他の施設からなるべく離れた場所に設けた=沖縄県恩納村

ところで、OISTがPCR検査に取り組んだのは、当初は教職員のためではなく、沖縄県全体のひっ迫した医療体制をサポートするのが目的でした。

きっかけは昨年3月26日にさかのぼります。この頃、国内での感染者数は1日100人前後となり、累計感染数も1000を超えていました。コロナの深刻さがいよいよ認識されるようになっていました。

この日、学長とプロボスト(研究・学務総括副学長)、複数の教員が中心となって、全学向けのオンラインディスカッションを開きました。

テーマは「私たちができる新型コロナ感染症関連研究及び公衆衛生への貢献」です。OISTとして研究や地域へ何ができるのかについて、教員やポスドク、そして学生からも活発に意見が出されました。

最大の懸念は、沖縄県で感染が蔓延した場合の医療体制でした。島であることから感染者の流入を管理することは比較的安易である一方、人口145万人ほどに対し、コロナ病床数は200ほど、PCR検査に関しては実施できる機関が限られ、1日の検体採取可能件数は数百にすぎないという「脆弱さ」でした。

OISTの研究者たちは島であるからこそ、何かあったときのために沖縄県内だけで全て対応できる体制を立てておく必要性について同意しました。

そこで浮上したのが、沖縄県内のPCR検査体制を強化するための取り組みです。OISTがPCR検査体制を確立して検査を実施してしまおうというアイデアです。

他にも以下のような地域貢献のアイデアが出てきました。

  1. 感染者数を把握するための抗体検査の確立
  2. ウイルスを理解するための基礎研究の諸アイデア
  3. 当時入手困難となっていたアルコールジェルの代用品の製造と配布
  4. 県内の病院で使ってもらえるようなフェイスシールドの製作
  5. 地域住民に対する手洗いの普及活動など

そして、これらは後日、すべて実現することができました。

さらにこの話し合いに触発された研究者が、この場では話題に上がらなかった研究にも着手しました。これまでに約15のプロジェクトを発表することができました。

PCR検査立ち上げにあたっては多くの人による多種多様な準備がありました。3月のディスカッションから検査の立ち上げまで最も尽力した一人が、OISTの研究活動を安全衛生面で支えているスタッフの田中俊憲さんです。

田中さんは、OISTでPCR検査ができるように、法律の確認や条件を揃えるべく、国立感染症研究所、沖縄県の新型インフルエンザ等対策本部などとの調整をしました。

当時は対策本部も立ち上げられたばかりであり、前例もほとんどないことなどから、様々な調整に時間も労力もかかりました。一時は50名を超える県職員の関係者をもCCに入れたメールをやり取りしたそうです。

検査センターとしての必須条件を整えると、次は県とOISTとの間での契約手続き、衛生検査所登録手続き、そして当時唯一県内でPCR検査をしていた衛生環境研究所から検査方法を見せてもらったり、検査前の技術チェックのための陽性検体を取り寄せたりと多くの調整や交渉、ペーパーワークを一つひとつこなしていきました。

さらには、検査を担当する技術スペシャリストたちに危険が及ぶことも考えると、普段の研究の仕事とは違う仕事をしてもらうために契約上の職務記述書を変更する必要もあり、本人たちはもとより大学の担当部署もすばやく動きました。

OISTによる新型コロナウイルスへの対応について説明する田中俊憲さんたち

そしてとうとう2020年5月1日、OISTは県内で3番目の検査提供機関となりました。そして6月からは、学内の関係者にも無料で検査を実施する仕組みが始まったのです。

2021年5月現在で、県や近隣の市町村の委託で検査をした検体は2万件に上ります。

医学部も付属病院もない小規模の研究機関であるOISTですが、危機に直面して逼迫した地域医療を支えようと迅速に動けたのは、最先端の研究を行うための国内でも有数の技術力と、研究者がやりたいことを側面から支えるサポート体制を普段から持っていたからだと言えます。

技術スペシャリスト軍団「シーケンシングセクション」で技術主任を務める藤江学さんは、その高い技術で研究者を支えてきました。

OISTシーケンシングセクションの藤江学さん。OIST独自のPCR検査を実現した立役者の一人=沖縄県恩納村
OISTシーケンシングセクションの藤江学さん。OIST独自のPCR検査を実現した立役者の一人=沖縄県恩納村

OISTは、世界で初めてサンゴ、オニヒトデやアコヤガイ(真珠貝)の全ゲノム解読をし、科学界でも注目を集めてきましたが、藤江さんたちシーケンシングセクションの力なしではそうした研究は成し遂げられなかったと研究者は口を揃えます。

藤江さんは、普段の仕事の範囲外であるPCR検査をやってほしいと持ちかけられたとき、「我々の実験技術を組み合わせれば、より効率的で正確な検査を実施できるかもしれない」と思いました。

また、「離島である沖縄県で検査を完結するシステムを沖縄県が一丸となって作らなければ。それにOISTの専門技術が貢献できる良い機会だ」という強い思いもありました。

藤江さんは既存の実験機器にプログラミングを行って必要な機器を組み合わせ、作業を自動化させています。現在は一日当たり2000から3000検体をより少ない検査人員で処理することを目指しています。

PCR検査試薬を自動分注するための準備をしている藤江学さん。藤江さんはPCR検査を始めるに当たり、それまで使っていた実験機器などを活用して効率さと正確さを上げることに成功したという=沖縄県恩納村
PCR検査試薬を自動分注するための準備をしている藤江学さん。藤江さんはPCR検査を始めるに当たり、それまで使っていた実験機器などを活用して効率さと正確さを上げることに成功したという=沖縄県恩納村

研究のために培ってきた技術が、リアルに起こっている社会的課題にすぐに役に立ち、またそれを地域への貢献という形にするためにスタッフが一丸となって取り組んだこの経験は、創立10周年というまだ新しい研究機関であるOISTを一回り成長させただけでなく、より地域に根付かせたのではないか、と感じています。

(OISTメディア連携セクション 大久保知美)