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ドイツ発ハチのための自動販売機 「ガチャガチャ」をアップサイクル 生息地増やせ

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ハチの自販機1号機と考案者のエバーディングさん
ハチの自販機1号機と考案者のエバーディングさん=2023年2月14日、ドイツ・ドルトムント、中川竜児撮影

50セント投入 カプセル内には草花の種

ドイツ西部に位置するドルトムント。郊外の静かな住宅街に、それはあった。商店の外壁に設置された黄色地でカラフルな自販機。正面には、かわいらしいハチと花々が描かれていて、「ハチのごはん自販機」とある。

「2019年秋に造った1号機です。50セント硬貨を入れてみて」と、実業家のセバスチャン・エバーディングさん(40)。硬貨を入れてハンドルを回すと、コロンコロンと音がした。取り出し口を開けると、親指の先ほどの大きさのカプセルが転がっている。

ハチの自販機から出てくるカプセル。ひまわり、コリアンダー、ディルなど地域にあわせた植物の種が詰まっている
ハチの自販機から出てくるカプセル。ひまわり、コリアンダー、ディルなど地域にあわせた植物の種が詰まっている=2023年2月14日、ドイツ・ドルトムント、中川竜児撮影

カプセルに入っていたのは、たくさんの植物の種だ。「家に持って帰って、庭やベランダにまくんだ。やがて草花が育ち、ハチがやって来るというわけ」

自販機の隣には、種をまいた後のカプセルを返却する箱がある。「回収したらきれいに洗浄して、また種を入れて使ってもらえるようにしている」

チューインガムのガチャガチャをアップサイクル

機械はもともと、子ども向けにチューインガムやおもちゃを売るガチャガチャだった。エバーディングさんはそれらを修理して、新たな用途に使えるように「アップサイクル」している。

遊び心をうまくくすぐるこのアイデア、エバーディングさんによれば、もともとは有名コメディアンがガチャガチャを利用して「ジョークの自販機」を造ったのが始まりだった。

カプセルの中にジョークを書いた紙を入れて、買った人に笑ってもらう仕掛けだ。そのアイデアをエバーディングさんはいたく気に入り、コメディアンに連絡。自分もすぐに造ってみた。秀逸なジャーマンジョークもひねりだした。自宅の前に設置したところ、なかなか好評で、時折聞こえてくる笑い声に満足もしていた。ただ、当時のパートナーの女性にこう言われたという。「次はもっと人のためになるものを造ったら良いね」

エバーディングさん(右)が最初に造ったジョークの自販機。20セント硬貨を入れると、ジョークが書かれた紙が入ったカプセルが出てくる。現在は知人のマルティンさん(左)が経営する印刷会社の前に設置してある。たまったお金は自然保護団体などに寄付しているという
エバーディングさん(右)が最初に造ったジョークの自販機。20セント硬貨を入れると、ジョークが書かれた紙が入ったカプセルが出てくる。現在は知人のマルティンさん(左)が経営する印刷会社の前に設置してある。たまったお金は自然保護団体などに寄付しているという=2023年2月14日、ドイツ・ドルトムント、中川竜児撮影

そうは言っても、手間のかかる作業だ。自販機の多くは風雨にさらされているし、時には心ない人に壊されていることもある。通貨ユーロの導入前の古い自販機は、投入口も取り換えなければならない。自販機を覆う鉄のカバーを磨いたり、塗装したりする工程は外注しているが、自販機そのものを修理したり、ステッカーを貼ったりするのは全てエバーディングさんの手作業。1台修理するのに2~5時間かかるという。

設置する人は自販機を買い、カプセルを入れる。中の種はエバーディングさんに賛同するドイツ西部フランクフルトの会社が補充し、設置した人に送る仕組みだ。

エバーディングさんの作業スペース。古いガチャガチャや交換のための部品がずらりと並ぶ
エバーディングさんの作業スペース。古いガチャガチャや交換のための部品がずらりと並ぶ=2023年2月14日、ドイツ・ドルトムント、中川竜児撮影

農作物の花粉を媒介するハチ 生息地は減少

なぜハチなのか。ドイツが児童文学「みつばちマーヤの冒険」で知られているから?

エバーディングさんは「最初みんなそれを連想するんだけど、僕の自販機はむしろ野生のハチのためなんだ。ミツバチは養蜂家が大切にしているけど、野生のハチのことはほとんどの人が気にしない。生息地はどんどん少なくなっている」。野生動物が好きで、保護団体でボランティア活動をした経験もあるという。

国連食糧農業機関によれば、花粉を媒介するハチや鳥の働きは、農作物生産の4割近くに影響を与え、果実や種子として栽培される作物の75%がハチの恩恵を受けている。国連は、近代養蜂のパイオニア、スロベニアのアントン・ヤンシャの誕生日にちなみ、5月20日を「世界ミツバチの日」としている。

街中にある古いチューインガムのガチャガチャ。壊れているものも多い
街中にある古いチューインガムのガチャガチャ。壊れているものも多い=2023年2月14日、ドイツ・ドルトムント、中川竜児撮影

ハチの生息地を生み出すこの自販機、エバーディングさんがこつこつと始めただけだったが、わずか3年半でドイツ全土に広がり、現在稼働中のものが約300台もある。一つのカプセルで1~2平方メートルの植栽ができると仮定すると、これまでに100万平方メートル以上になる計算という。

エバーディングさんは、人気をこう分析している。

「僕たちの世代は、学校帰りに自販機でガムやおもちゃを買うのが楽しみだった。何味が出るかな、どんなおもちゃかな、って。自販機はそういうワクワクを生み出す。今の子どもたちにとっても同じだ。それに、環境のために何かしなければならない、と多くの人が思っている時代だ。子どもがお小遣いでハチのための種を買って、『お父さん、お母さん、植えようよ』と言ったら断る理由なんてないよ」

これですべての問題が解決するわけではないことはエバーディングさんも分かっているが、人々の意識を変えるきっかけになれば、と願っている。

街中のバス停のそばにあったガチャガチャ。かなり古い。右がチューインガム、左がおもちゃだった
街中のバス停のそばにあったガチャガチャ。かなり古い。右がチューインガム、左がおもちゃだった=2023年2月14日、ドイツ・ドルトムント、中川竜児撮影

稼働中300台 注文待ち80台 海外から要望も

エバーディングさんが自販機から得る利益はほとんどなく、ほぼボランティア。自販機を設置する人も同じで、利益を生む仕組みではない。「大変だけど、学校や自治体からどうしても置きたいという依頼が来るから」。訪れたのは冬のさなかの2月中旬だったが、約80台分の注文がたまっているという。「種まきの時期が来れば、もっと増えるよ」

オーストリアやスイスなどにも自販機とカプセルを輸出している。ただし、種は入れない。どんな植物なら地域の生態系を損ねないか、設置者に考えてもらう必要があるからだ。米紙ワシントン・ポストの取材を受けた後には、アメリカからの注文も来た。

「自分の周りのできることから、がコンセプトの自販機だ。ドイツ国内の注文をまず終えないと。トランプ(前大統領)は『アメリカ・ファースト』と言ったけど、この自販機に関しては、僕は『ドイツ・ファースト』だ」と笑った。

バス停のそばにあった稼働中のガチャガチャ。右にチューインガム、左におもちゃが入っていた
バス停のそばにあった稼働中のガチャガチャ。右にチューインガム、左におもちゃが入っていた=2023年2月14日、ドイツ・ドルトムント、中川竜児撮影