■産地の条件同じ
「ケシは標高1300~1800メートルの高地で育つ、つまり高級コーヒーの産地と同じ。アジアではお茶からコーヒーへとニーズが変わっているし、将来性が見込める産業になりうる」。そう話すのは、国連薬物犯罪事務所(UNODC)ミャンマー事務所長のトロエルス・ベスター(44)だ。
UNODCによると、同国のケシ栽培面積は1996年の約16万ヘクタールから急激に減少。2017年は約4万ヘクタールと往時の4分の1になった。
栽培面積が減った理由の一つには、少数民族武装組織とミャンマー政府の和平が徐々に進み、人目に触れにくかったケシ栽培地に政府の手が入りやすくなったことがある。また、ミャンマーで取引される主流がケシ原料の麻薬から合成麻薬に代わり、ケシの栽培地がアフガニスタンに集中化していったことも大きい。
そこに、ささやかな取り組みとして加えられるのが、日本の国際協力機構(JICA)や国連などが、ケシから代替作物への転換を後押ししてきた成果だ。
UNODCは3年前からシャン州の農家とコーヒー栽培の取り組みを続けてきた。「グリーンゴールド協同組合」には、いま60村の農家968人が参加している。農家の中には、いまはまだ「畑の半分でケシを栽培し、半分でコーヒーを作り始めた」という人もいるという。それでも少しずつ栽培は増え、ベスターによるとおよそ1000ヘクタールがコーヒー畑に変わった。
コーヒーを作ることは農家にとってメリットになるとUNODCは強調する。ケシ栽培によって土地が傷めつけられてきたためだ。
■ケシと同額をコーヒーで稼げるよう
ミャンマー事務所のハイメ・ペレスによると、ケシは本来、日光を浴びて育つ作物だ。だがシャン州の場合、農家の土地は山の斜面にあり、森の中のため日光も差さないため、この地域では「焼き畑農業」によるケシ栽培が続いてきた。乾期にケシの収穫を終え、雨期になると雨が土中の養分をすべて洗い流す。2回か3回収穫をすると同じ畑で栽培は難しく、また別の畑を求めて移動しなければならない。十分な知識のないまま大量の化学薬品が使われ、土や水が汚染される問題もあった。
一方、コーヒーならその場にとどまり、畑を子や孫へと引き継いでいくことができる。UNODCは、森を維持しながら農業をしていく森林農法(アグロフォレストリー)も取り入れ、持続可能な産業にしていこうとしている。コロンビアやペルーのコーヒーの専門家が技術指導をし、途上国同士が協力するしくみも取り入れた。
UNODCのベスターの目標は「農家がケシ栽培と同等の年間2000ドル(約23万円)をコーヒーで稼げるようにすること」だ。フランスの高級コーヒー企業マロンゴが22年まで、グリーンゴールドのコーヒー豆を買い取るという契約も取り付けた。きわめて高品質のコーヒー豆ができる地域も生まれ、1キロあたり8ドル(約900円)と、従来のミャンマー産コーヒー豆の倍の価格でマロンゴが買い取った。
コーヒー豆は今年10月、最初のコンテナが欧州向けに出荷された。今後製品化され、来年3月にはマロンゴを扱うパリなどのカフェで飲むことができるようになる見込みだ。
国連主導で作るシャン州産のコーヒーは、マロンゴが全量を買い取る予定だったが、少量がミャンマー国内でも今後販売されることになった。UNODCのベスターによると、「このコーヒーはミャンマーの人たちの誇りになる」という、アウンサンスーチー国家顧問たっての希望で実現したという。
今後、フェアトレード認証の取得や、有機栽培コーヒーに注力するなど、さらに利益の高いコーヒー作りを目指す。日本でもいつか飲めるようになるかもしれない。そのときが楽しみだ。
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