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薬物依存の当事者が語る 日本でもできる「ハームリダクション」とは

World Now
秋元恵一郎氏(左)と古藤吾郎氏

秋元恵一郎 ダルク・セカンドチャンスのサービス管理責任者、精神保健福祉士。薬物依存症になった経験がある。ダルクには利用者として入所し、回復後は活動を支える側に回る。約25年間、断薬している。

古藤吾郎 日本薬物政策アドボカシーネットワークのディレクター、ソーシャルワーカー。ハームリダクションが専門で、共著に「ハームリダクションとは何か 薬物問題に対する、あるひとつの社会的選択」(中外医学社)がある。

「ハームリダクション」(harm reduction)とは、文字通り「害を減らす」ことを目的とした施策だ。欧州では多くの国が薬物政策に何らかの形で採り入れている。個人の違法薬物の所持や使用を罰するだけでは使用者やコミュニティーへの悪影響は減らず、問題解決にならないという考えが根底にある。

具体的には、ヘロインと同じような効果があり、効き目が長い鎮痛剤メタドンを投与する「メタドン維持療法」や、注射器の配布、注射室の設置のほか、住居や医療に関する相談や手続き支援もある。

――オーストラリアに、ハームリダクションがどのように実施されているかを視察に行ったと聞いた。

秋元 僕は3年ほど前、注射室(MSIC: Medically Supervised Injecting Centre)や注射器の自動販売機がどういうものなのか興味があり、シドニーにあるWHOS(We Help Ourselvesの略。1972年の設立で、オーストラリア国内に複数の施設がある。施設入所者は断薬を目指す)の施設に行った。

ここはダルクのように元薬物使用者が立ち上げた治療共同体だ。1周が3キロほどもある広大な敷地に男子棟、女子棟などに分かれて薬物依存者らが居住し、そこでアルコール依存症や薬物依存症のリハビリや治療をしていた。

――実際に注射室を見た感想は?

秋元 実は僕らのような依存症当事者からすると、「ここで薬を使ってもおもしろくないな」と思った。清潔な部屋で、新品の注射器が用意されていて、専門家スタッフが張り付いている。使用者からすると、ハームリダクションは型にはめようとする感じがして、ここで薬を使うと罪悪感が高まる感じがした。僕だったら、よほど切羽詰まらないと来ないかな、というのが第一印象だった。

――その思いは今も変わらない?

秋元 いろいろ変化している。薬物使用者たちは最終的にはこういう注射室に行き着くのかなと思ったり、ハームリダクションによって使用者が分けられてしまうのではないかと思ったりした。つまり、(注射室で)お行儀よく薬物を使う層と、自分なりに楽しんで使う層とに。どうすれば日本の現状にあったハームリダクションが生まれるのか、悩ましい。

秋元恵一郎氏

古藤 少し補足したい。あの地域に薬物使用者がきっと何万人といる中で、注射室を利用するのはせいぜい数百人。だから、あそこに来る人は、切羽詰まった人たちと言える。1人で家で使ったら死んでしまうかもしれないから不安だとか、普段は誰とも会わずに孤立していたり、重複障害があったりする人だと説明を受けた。

また、施設を造ったから利用しなさいと押し付けているわけではなく、あそこの地域で使用者たちのニーズがあって、その人たちを中心とした運動によって造られた。

ただ、行きづらい、使いづらいという人たちがいても不思議ではないし、その都度、ニーズに応じたプログラムをデザインするのがハームリダクションだ。実際のところシドニーには、ハームリダクションでも断薬プログラムやメタドン維持療法など様々なものがある。

――オーストラリアの基本的な薬物政策や、採用されているハームリダクションの主な内容は?

古藤 国レベルではハームリダクションが採用され、新品の注射器配布や(ヘロイン中毒者向けの)オピオイド維持療法などが実施されているし、依存症回復のプログラムも充実している。注射室については、公設民営のようで、現在はシドニーとメルボルンの2カ所にある。

細かな薬物規制は、州や準州で決められていて地域差がある。ニューサウスウェールズ州ではドラッグコート(※2)もあるが、それは薬物の個人使用や所持ではなく、盗みや住居侵入といった軽犯罪の背景に薬物依存があった場合に対象となる。また、日本からすると、かなり進んでいるように思うが、豪州でハームリダクションを推進する活動家に聞くと、それでもまだ予算がハームリダクションよりも(薬物関連の犯罪者を収容する刑務所の運営費といった)司法に偏っていると指摘していた。

秋元 豪州も欧州と同様に1980年代に(ヘロインを打つための注射器の使い回しで)HIVが一気に広まって死者が急増したため、公衆衛生の観点からハームリダクションが採用された。

薬物経験、「それもあるよね」のアプローチ

秋元 僕らが視察に行った時、ちょうど注射器を自販機で買っている人がいた。注射器を買って、ポケットに入れていた。そういう光景が普通にあるのが、日本に住んでいる者からすると不思議だった。でも、使用者や依存症の回復支援をしている者からすると、非常に住みやすいところだなと思った。

スイス・ベルンの注射室。手前には消毒用のカット綿や、薬物をあぶるためのスプーンが整然と並べられていた

――日本とは違う?

秋元 豪州では約3人に1人が、これまでの人生で薬物を使った経験がある。日本は50人に1人だ。3人に1人が経験したことのある国では、「人生のどこかで使ってしまうこともあったよね」「必要な時期もあったよね」と受け止められる。薬物をやめようと思った時には、そういう国では支援の受け皿がしっかりとあり、支援を受ける側の意識も違う。

ところが、日本では「薬物を使う人間など、別世界に行ってしまった人間」とされるので、人びとの気持ちは責任や厳罰、排除の方向に進んでしまう。しかし、豪州や欧州には「社会にはそういう人がいてもいいんだよ」という「保障や承認」という意識がある。

――日本の社会は包摂的ではない?

秋元 排除という意識が生まれてしまうと思う。そういう社会に生きていると、僕らのような回復を支援する立場からすると非常にやりにくい。

また、薬物依存症の人は、薬物を使う理由があったから使ったとも言える。使うことによって(気持ちが落ち着くなどして)社会に適応できて生き延びたり、生き延びるために薬物を使い続けてきたり。僕も好奇心や友人に流されて使い始めたけれど、なぜやめられなくなったのかを考えると、使う前から生きづらく、自分が底を突いていた感じがあった。

――日本では断薬が唯一の、そして最終のゴールだ。しかし、海外で薬物政策の担当者らに取材すると、完全に断薬できる人は、実際のところごく少数だと言われ、日本で断薬できない人はどうするのかと逆に質問された。断薬できない人のための方策はないのか?

秋元 そういう人は排除される。ダルクもアルコールや薬物をやめていくためのプログラムを採用しているので、そこは変えられない。だから注射器交換に協力することはないけれど、ただ、薬物使用者の生命や生活を守ることには大いに協力する準備はある。

ハームリダクションでも人権に焦点を当てたら、ずっと僕たちダルクがやってきたことと同じだ。薬物をやめられないことを責めないし、強要しない。何度でもやり直せるし、安全に生活できると保障される。そうしたことは決してハームリダクションから離れていると思わない。

古藤 (政策をつくり、実施する)行政側にぜひ、問うてみてほしい。

――世界と日本では薬物の違法、合法の線引きが違ったり、違法薬物に対する向き合い方が違ったりする。そうしたなかで日本は今後、東京五輪などが開催され、海外観光客が増える。外国人労働者も増えるだろう。日本でも薬物との向き合い方、感覚が変わってくるかもしれない。注射室やメタドン維持療法は日本では現実的ではないが、ハームリダクションにつながることで、何か採用できそうなことはあるか?

秋元 まず薬物使用はだれにでも起こり得ることだという認識をもつべきだろう。失恋や失業、成績が上がらないなど、人生ではいろいろなことが起きる。そんな時にたまたま薬物に出合ってしまうこともある。しかし日本の現状では、薬物使用について誰にも言えなかったり、容易に治療できなかったりする。それが依存症を悪化させる原因にもなる。メディアが薬物使用者に対してつくる(誤った)イメージの影響も大きい。

古藤 医療や行政機関、福祉関係者の薬物使用者を見る目は変わってきただろうか。

秋元 だいぶ変わってきた。以前は「なるべく付き合いたくない」という空気が強かった。僕が20年ほど前、使用者に付き添って福祉事務所に行ったら「あんたらみたいな半端者に、なんで大切な税金を使わなければいけないのか」って怒られた。すごく傷ついた。

僕らもこの20年、いろいろな人と交流して、だんだんと分かってもらってきた。理解者を増やして、僕たちだけではできないことに関わってもらっている。そうやって理解してくれる人、寄り添ってくれる人がいるから、僕らも回復に向かえ、薬物が必要のない生き方に転換できる。

古藤 ハームリダクションは断薬を否定するものではなく、補完している。つまり、断薬を望む人がNA(ナルコティクス アノニマス。薬物依存からの回復を目指す薬物依存者たちの国際的、地域的な集まり)やダルクのプログラムなどにつながることをサポートすることができる。

ハームリダクションをハード面とソフト面で考えると、ハード面では注射室や注射器交換、メタドン維持法がある。例えば、覚醒剤をあぶって使用する人がいるが、そういう人には注射器や(ヘロインの代替薬物である)メタドンは必要ない。でも、そんな人が困ってクリニックや保健・福祉サービスを受けに行くと、そこでは善悪の判定を下さずに、より暮らしやすくなるための接し方をしている。

日本でも覚醒剤使用者に「使ったらダメ」と言うだけでは、困っている使用者とうまく関われず、きっと援助職者も困ってしまう。薬物使用者には薬物の違法性に関係なく、他の人と同様に適切な保健・福祉サービスを受ける権利があり、援助職者はその人の生活の向上や健康リスクの減少を最優先にして関わることができる。ハームリダクションは、ソーシャルワーカーとして私を働きやすくしてくれる。